君のこと
食事が終われば次は後片付けなのだが、使った食器は一人分だけだ。
なのでステラと二人、どれが洗剤か、どれで洗うのかと頭を悩ませながら洗い始めて数分。
すぐに洗い終わった食器を水切り籠に置き、フワフワの手に付いてしまった水を振り払いながら、オレはステラをテーブルへと促した。
「どうかしたの?」
「色々と落ち着いたからなー。腰を据えて話すのには丁度良いタイミングだろ?」
オレの真似でもしているのか。
ステラが濡れた手を緩く振りながらこちらへ近寄ってくるものだから、パッと魔法で手を乾かしてやる。
最初にやっちまったオレが悪いんだけどさ、何でもかんでも真似するのは止めようなー。
突然乾いた手に少し驚いていたようだが、テーブルに腰を下ろしたオレに倣い、静かに椅子に座ったステラはじぃっとこちらを見つめてくる。
何か聞きたいことがあるのかと首を傾げてみたが、ステラも同じように首を傾げるだけで、何か質問しようとする素振りすら見せない。
オレが何者なのかとか、ステラは全く気にならないようだ。
普通、喋るぬいぐるみなんて気になることだらけだろうにな。
――まぁ聞かれてもちょいと答えに困るから助かるんだが。
ステラから聞きたいことが特に無いのなら、オレから切り出すしかないだろう。
今のところわかっているのはステラには乳母が付いていたことと、完全に放置されているわけじゃないってことぐらいか。
しかもこんなデカい屋敷で一人きりなんだ、何か事情があるに違いない。
かといってステラの様子を見ていると、自分が置かれている状況を把握できているとも思えないし、どうしたもんか。
ド直球にお前は何者だーなんて聞くのもなぁ。とりあえずステラでも答えられそうなことを聞いてみるか。
「そうだなぁ、じゃあまずはステラが今までどんな風に暮らしてたか教えてくれるか?」
「どんな風にって……」
「何でも良いぜ。お前さんがいつも何をしてたか教えてほしいんだ」
これまでどう暮らしていたか知ることができれば、何かわかることもあるだろう。
果たしてぬいぐるみの表情は変わるのか。
自分の表情筋がどうなっているか少々気になりつつも、気軽に答えられるよう笑いかけながら問いかける。
そんなオレに対し、ステラは少し黙り込んでから緩く首を振った。
「……何も」
沈黙の後、小さな声が零れ落ちる。
ぽつりと落ちてきたその声は、虚ろに染まり切っていて。
「何もしてない。ずっと外を眺めてた」
「外を眺めてただけ……?」
「……昔、あの人と勉強したこともあったけど……」
身の回りの世話は乳母がしていたのなら、時間なんて山ほどあっただろうに、本当に外を眺めていただけなのか。
あまりのことに戸惑いながら言葉を繰り返すオレに、ステラは絞り出すようにそう付け足す。
気にはなる。気にはなる、が、ただ外を眺めるだけの虚ろな時間について深掘りしても、大した情報は得られないだろう。
だから有難くステラの助け舟に乗って、オレはそちらへと話題を切り替えた。
「勉強ってのはどんな勉強だ?」
「作法。身に着けなければいけないからって教えてもらった」
「なるほどねぇ。さっきの朝メシもすっげー綺麗に食べてたもんなぁ」
料理の仕方は教えなかったのに、食事の仕方だけはきっちり教えられていたってわけか。
もっと教えるべきことはあるだろうに、なんで作法だけはしっかり教えていたんだか。
良いとこの嬢ちゃんっぽいし、そういうもんなのかもしれないが、もうちょっとこう、さぁ?
何もせずに外を眺めるだけの時間を過ごさせるのなら、その時間でもっと色んなことを教えられたはずだ。
作法もそうだが、料理だって教えればすぐにできていたし、ステラが壊滅的に不器用だなんてこともなかった。
だというのに作法以外教えなかったのは、それ相応の理由があってのことか。
「ステラはさ、貴族の娘とかなのか?」
「……私も、詳しくはしらないけど……」
わからないのならそれでも良かったが、自分が何者か知ってはいるらしい。
手掛かりでも良いから得られるのは助かるとホッとしたのもつかの間、オレはステラの言葉に固まることとなった。
「随分前に、第三王女って呼ばれたことがあるよ」
「だ、第三王女……!?」
お、王女ってあれだよな? どっかの国の王様の娘さんってことだよな?
そりゃあ良いとこの嬢ちゃんだろうとは思ってたけどさ!?
つーかなんで王女様が一人でこんな屋敷に放っておかれてるんだ!?
驚きやら疑問やらで呆けるオレを置いて、ステラはおもむろに立ち上がり窓の方へと歩いていく。
そして窓の傍に立ったステラは静かに窓の外を指差していて。
視線をそちらへ向ければ、生い茂った木々の向こう、白亜の城が聳え立っていた。
「時々、わたしの父親っていう人に呼ばれてあの城に行くことがあるの。
その時に兵士の人がわたしのことをそう呼んでた」
「……そりゃあ、王女様なんだろうなぁ……」
今オレがなんという国にいるのかすらもわかっていないが、あれほど立派な城だ。
きっとあれが王城ってやつなんだろう。
そんなところへ父親に呼ばれて行って、兵士に第三王女と呼ばれたのなら、きっとステラはこの国の第三王女なんだろう。
良いとこの嬢ちゃんだろうとは思ってたが、王女様とはなぁ。
今更だが言葉遣いとか改めた方が良かったりすんのかねぇ? 人形でも不敬罪とか言われたりする?
なんて考えているオレを他所に、ステラは城を見つめたまま続けた。
「わたし、ずっとこの屋敷にいたの。たぶん、生まれた時から」
淡々とした声でそう語ったステラは、ゆっくりと振り返り、城からオレへと視線を移す。
その紅い瞳からは何の感情も読み取れなくて。
ただ虚ろな眼差しだけがあって。
「どうしてなのかは教えてもらえなかった。
ただ、わたしはここで過ごしていなさいって言われた。
だからここで過ごしてるの」
何でもないように、それが当たり前だというように語ったステラに、オレは眉を顰めるしかなかった。
「……んだそりゃ。意味わかんねぇな」
こんな立派な屋敷に住んでるのも、姿を見せない誰かが掃除をしているのも納得がいった。
ステラが王女だから、最低限の身の回りの世話をしているってことなんだろう。
王族だってんなら、権力争いか何かでここに隔離されてるってことなんだろう。
だが、こんな子供を突然一人にして良いわけがないだろう。
未来ある子供に、こんな虚ろな目をさせて良いわけがないだろう。
ステラをこんな状況にしただろう顔も知らない誰かに対し憤りを感じるが、ぬいぐるみなオレがここで怒鳴り散らしたところで何も変わらない。
何よりステラに見せて良いものでもないだろうから、怒りを抑えるべく深く息を吐いた。
「……話し合いはこの辺りにして、次は屋敷の中を探索でもすっかぁ」
ステラが話してくれたおかげで色々わかったし、きっとステラもこれ以上は何も知らないだろう。
何もせずぼーっと過ごすよりかは遥かにマシだし、これから生活していく上で、住んでるところの確認は大切だからな。
そうと決まれば早速行くかと、テーブルを飛び降り扉の方へとモフモフ歩く。
しかしステラは自分も行くとは思いもしなかったのか。
オレが扉を開けてもステラは窓の傍で立ち止まっていて、ちょいちょいと手招きしてみせれば、ステラは瞬きをした後、小走りで駆け寄ってきてくれた。
そうそう、お前さんも一緒に探索するんだぞー。オレ一人じゃ迷子になっちまうからなー。
今までほとんど自室で過ごしていたとはいえ、一応屋敷の中は歩いたことがあるそうで、ステラのたどたどしい案内で一部屋一部屋見ていく。
人気が一切無い屋敷だが、王女が暮らす屋敷だからだろう。
エントランスホールだの応接室だの客室だの、多種多様な部屋が揃っているけれど、どの部屋も整えられているだけで使われた気配の無い部屋ばかりだった。
唯一、ステラの自室近くにあった書斎は、他の部屋と違って作りかけの部屋とでもいうべきか。
まばらに揃った本や、整理途中だろう積まれた本など、人が出入りしていた痕跡が残っていた。
聞けば乳母が時折本を持ってきていて、ここに置いていたらしい。
ステラのために用意した物なのかわからないが、屋敷に置いてあるなら好きに使って良いだろう。
本ってのは情報の塊だからな。色々と知るのに使えるだろ。
後で暇な時間でもできたら読んでみるかと記憶しておき、屋敷の探索を続ける。
そうしてリビングだの家事室だのを見て回り、一階の奥に設けられた浴室にきたところで、ステラがふと足を止めた。
「……あ」
「どした?」
「……これ、昨日着てた服。
いつもはここに置いていたらあの人が洗ってくれてたけど……」
ステラがそう言って、浴室の横に置いてあった籠の中にあった白い布を手に取る。
良く見ればそれは今ステラが着ているものと同じ白いワンピースのようで、ステラの言う通り、昨日着ていたものなんだろう。
普段は乳母さんが洗っていたようだが、それがこうして放置されてるってことは……。
「つまり、誰かさんがするのは掃除だけってことか……」
掃除はするのに洗濯はしないって、一体どんな基準なんだか。
どうせやるなら洗濯と食事もどうにかしてやれば良いのにな。人間、衣食住揃ってこそでしょ。
ホント、オレがいなけりゃどうなってたんだか。
少なくともステラの指は傷だらけだったろうし、この様子だと洗濯のやり方もわかっちゃいないだろう。
乳母さんは突然居なくなる前に、ステラに生活の基礎だけは教えておいてほしかったもんである。
作法なんかよりそっちの方がよっぽど必要だって。
魔法もそうだが、これからステラが一人でも暮らしていけるように生活力も身に着けさせないとだな。
ちらっと近くの窓から外を確認すれば、まだ日は高く、天気も良いようだ。
気になることは山ほどあるが、まずは洗濯からやっていきますかねー。ほれステラ、お前さんも手伝ってくれー。




