ひとりぼっちな君のため
これからどうするか。
契約の主であるステラとはある程度話し合っておかなければと口を開こうとした時、きゅう、と聞こえた音に視線を向ける。
どうやらステラの腹が鳴ってしまったようだ。
キョトンと自分の腹部を見下ろしているステラに、オレは思わずポリポリと頭を掻いた。
「あーすまんすまん、腹減ったよな。
オレはこの部屋で大人しくしてっから、気にせず朝メシ食ってきな」
無意識に魔法を使ってしまったとはいえ、オレを呼ぶのに相当魔力を使ったはず。
魔力の消耗には十分な食事と休息が必要だ。
見たところ本人は消耗している自覚が無いみたいだが、体は正直といったところか。
オレに気を遣わずゆっくり食べられるように、ベッドに寝転んだのだが、ステラはただ不思議そうに首を傾げていた。
「……一緒に行かないの?」
「一緒にって言われてもなぁ……お前さんの家族がオレを見たら驚いちまうだろ?
今何か聞かれてもろくに説明できそうにねぇし……」
ステラの容姿から察するに、まだまだ独り立ちするような年齢ではないだろう。
しかもこの部屋、すっげぇ広いし。絶対金持ちの子供だろこの子。
家具も見た感じどれも高そうな物ばっかだしな。これは間違いなくお嬢様ってやつに違いない。
そんなお嬢様の親御さんやら家族やらに会った時、一体どう説明すれば良いのやら。
オレだったらすぐ処分だね。誰も心当たりのない動くぬいぐるみとか、不審物以外の何物でもないだろ。
ぬいぐるみが動くようになった原因はステラなのだが、本人に自覚がなければ説明なんてできるはずもない。
オレ自身が一生懸命説明しても良いが、怪しさは拭いきれないだろうからなぁ。ここは一旦待機が良さそうだ。
そう、ゴロゴロと寝やすいところを探してベッドを転がっていたのだが、ステラが口にした言葉に思わず飛び起きた。
「好きにして良いよ。ここ、わたし以外住んでないから」
「は? こんなデカそうな家でか?」
まだこの一部屋しか見ていないが、部屋の広さから家自体相当立派なはず。
というか、屋敷、だよなここ。そんなところに子供一人で住んでるっつったか? どういうこと?
今度はオレが首を傾げてしまったが、ステラからすれば当たり前のことらしい。
オレが戸惑っているのにも関わらず、ベッドを降りて扉の方へと向かったステラがこちらを振り返る。
そしてついてこないのかと問いかけるような視線を向けてくるものだから、オレは慌ててベッドを飛び降りその後を追いかけた。
ステラを追って部屋を出れば、やはりここは屋敷だったようだ。
廊下には絨毯が敷かれており、汚れ一つ無い窓の近くには磨かれた花瓶に生き生きとした花が活けられている。
到底一人で住むような場所とは思えないが、こんなところに本当に一人で住んでいるのか。
嘘を吐いている様子はないが、念のため魔力を操り周囲を探ってみれば、どうやら誰かはいるらしい。
離れた場所で複数人が動いている気配があるものだから、先を行くステラを追いかけ問いかけた。
「なぁステラ、ここって住んでるのはお前さんだけだっつってたが、出入りしてる奴は他にいるんじゃねぇのか?」
「……そういえばここの掃除とかしてる人がいるって聞いたことある。
でも、関わることはないから気にしたら駄目だって言われたよ」
「ほーん……」
随分と広そうな屋敷だから、掃除専門の人間でも雇っているのか。
だとしても『気にしなくて良い』じゃなく『気にしたら駄目だ』ってのが少し引っ掛かるが、この屋敷の住人であるステラが把握しているのなら、問題はない、のだろうか。
金持ちの暮らしがどうかなんて知らないが、それが当たり前なのかもしれないしなぁ。
少なくとも会ったばかりのオレがどうこう言える話じゃないだろう。
向こうがオレに接触してくるなら話は別だが、今のところその様子も無いようだし、オレもステラと同じく気にしないでおけば良いか。
一応魔力は操ったまま、屋敷の中でどこに誰が居るのかだけは軽く把握したまま、ステラについていくこと数分。
ステラが入っていったのはこの屋敷の厨房のようで、調理器具が収まった棚や、何やら魔法を使った調理設備などが壁際に並んでいる。
パッと見たところ料理が用意されているわけでもないようだし、食事は自分で用意しろって感じなのかねぇ?
金持ちならそういったことも人を雇ってやらせていそうだと思ったが、食事は違うのか。
厨房の隅に置いてあった籠へと近付いたステラは、ガサゴソと籠を漁り始め、芋の入った紙袋を取り出した。
紙袋を抱えて調理台の方へと向かうステラを横目に籠の中身を覗いてみれば、野菜やパン、肉など様々な食材が詰め込まれているようだ。
ステラが買ってきたにしては随分と重そうだし、特に魔法も施されていないからこの状態で保管しているわけでもなさそうだ。
となると、これも屋敷に出入りしている誰かが用意したって感じかねぇ?
そういや、ぬいぐるみって飯とか食えるのかな。
口は開くみたいだが、歯も無けりゃ喉も無いから飲み込むとかは難しそうだよなぁ。
たとえ飲み込めたとしても、綿しか詰まってない腹の中じゃ消化はできなさそうだ。
なんて考えながらステラの方を見れば、細い手を大きく振り上げている姿が視界に入る。
その手の先には、しっかりと包丁が握られていて。
まさか、と思った瞬間、ステラがまな板の上に転がされている芋へと包丁を振り下ろそうとしたものだから、オレは慌てて声を張り上げた。なんつーことしてんのこの嬢ちゃん!?
「待て待て待て!? その切り方は危ないって!?」
「……でも芋は切ってたから」
「だとしても切り方ってもんがあってな!? 今までどうやって飯食ってたんだよ!?」
「食事はあなたをくれた人が用意してた。乳母だからって」
「乳母ねぇ……?」
包丁が芋に当たる直前、どうにか止まったステラから包丁を取り上げつつ聞いてみれば、どうやら料理は乳母とやらがやっていたようだ。
このデカそうな屋敷もそうだが、乳母まで付いてたってことは、ステラは相当良いとこの嬢ちゃんなんだろうなぁ。
だから料理も初めてなんだろうな。とはいえその乳母もそんな芋の切り方はしてないと思うよ。
このまな板、使った跡こそあるもののそんな包丁を振り下ろしたような深い傷は一切ないからさ。
「その乳母さんはどうしたんだ? 探せばどっかにいるんじゃねぇか?」
「……わからない。昨日さよならって言われた。もう来れないって」
「……そっかぁ」
表情は変わらないものの、どこか寂し気なステラに、オレもそれ以上は何も言えなくなってしまう。
だってさ、乳母ってあれだろ? 母親の代わりに育ててくれた人とか、そんなんだろ?
そんな存在がいたのに、料理もできない状態で突然放っておかれるなんて、どんな理由があるんだか。
この様子だと突然の別れだったみてぇだしなぁ。
乳母側にもどうしようもない理由があったのかもしれないが、もうちょいどうにかならなかったんだか。
きっとこの一人ぼっちのお嬢様にとっては大事な人だったんだろう。
ステラの様子を窺えば、感情の読めない瞳でどこかをぼうっと見つめていて。
オレは一息吐いて、ふわふわの手で包丁を握り直した。
「しゃあねぇ、ここはオレに任せときな!」
ステラができないってんなら、オレがやってやるしかねぇってもんだ。
そうと決まれば早速と、包丁をまな板に置いて籠の方へと駆け寄る。
いくらなんでも芋だけなんてバランスが悪いからなー。
さっきちらっと見ただけでも、パンやら野菜やら肉やらあったんだ。
もっと色々あるだろうと籠の中へと顔を突っ込んでガサゴソと漁り始めれば、ステラがそっとオレの隣へと屈みこんできた。
「……ロアって料理、できるの?」
「多少はなー。好きな時に好きなモンが食えるし、覚えといて損はねぇのさ。
お、卵あった! これは焼くとしてー、この干し肉っぽいのはなんだ? ベーコンか?」
「……それ、あの人は焼いてたよ」
「んじゃあこれも焼いちまおう。
あーでもこんな体だからなー、ステラも手伝ってくれねぇか?」
「良い、けど……」
籠を漁るのは止めずにめぼしい食材を魔法で運びつつ、不思議そうに首を傾げていたステラへと頼めば、ステラは戸惑いながらも小さく頷く。
まぁ、調理なんて魔法を使えばどうにかなるんだが、せっかくだしな。
ぬいぐるみの体でも、料理の基本ぐらいは教えてやれるはずだ。
ざっと一人分の食材を選び終えたところでステラを促し、調理台の方へと向かう。
さぁて、随分と久しぶりの料理だし、気合いを入れてやらねぇとなー。
「んじゃ、ステラにはサラダを作ってもらうとするか。
そのレタスを手で千切ってくれるか?」
「……レタスってこれのこと?」
「そーそー。そいつをお前さんが食べやすい大きさに千切って、皿に盛っておいてくれ。
あ、一枚か二枚くらいで良いぞ。結構デカいし」
使い勝手のわからない台所ということもあり、少々手間取りはしたが、どこであろうと基本的な調理方法は変わらないのだろう。
戸惑いながらレタスを千切るステラを横目に、フライパンでベーコンを焼き始める。
いやぁ、火加減を自由に調整できるなんて、便利な設備ができたもんだな。
魔法で動いているっぽいが、どういった仕組みなんだか。
未知の設備に興味が湧いてくるが、今はステラの食事だ。
レタスだけってのもちょいと寂しいし、なんか他にも野菜を盛りたいところだなー。あ、この野菜食べたことある? じゃあそれも軽く切っといてくれ。
フライパンに卵を割り入れた後、ステラに包丁の握り方と切り方を教え、覚束ない手付きでゆっくりと野菜を切っていく様子を内心ハラハラしつつ見守っていれば、丁度良いタイミングだったんだろう。
焼き上がったベーコンと卵を皿に移したところで、無事サラダの盛り付けも完成したようで、仕上げにパンを食べやすい大きさに切って並べてやれば、立派な朝食ができあがった。
「我ながら完璧じゃね?」
「すごいね」
フライ返しを片手に出来上がった料理を見て呟いたオレに、ステラがパチパチと手を叩いてくれる。ドーモドーモ。
にしても目玉焼きにベーコン、サラダ、焼き立てっぽいパンだなんて、これぞまさに完璧な朝食だよね。あ、スープがないか。
今から作るにはちょいと時間が掛かるしなぁ。スープはまたの機会にしようかねぇ。
ステラに料理を盛り付けた皿をテーブルに運ぶよう頼み、オレは食器棚を漁ってフォークとナイフを引っ張り出す。
そうして一人分の朝食が用意し終わったところでステラを座らせれば、彼女は戸惑いがちにこちらを見つめてきた。
「ん? どした? 何か嫌いなもんでもあったか?」
「そうじゃなくて……ロアの分は……?」
「あー、まぁ、オレは今ぬいぐるみだからなぁ。
特に空腹を感じてるわけでもないし、食わなくても大丈夫っぽいんだよな」
どうやらオレの分が無い事を気にしてくれたようだ。腹が減ってるだろうに優しいねぇ。
オレもまだ良くわかっていないが、この体を動かしているのは魔力のはず。
しかし魔力の消耗は感覚的に気にするほどの量でもなく、周囲から得られる魔力で十分補える程度のものだ。
この程度なら回復や活動維持のために食事や休息を摂る必要もないだろう。
「気にしてくれてありがとな。ほれ、冷める前に食っちまいなー」
共に食べることはできないが、共に食卓を囲むことはできるだろう。
椅子に座ると背が足りなくなりそうなので、少々行儀は悪いがテーブルへと腰を下ろしてそう笑いかけてやれば、ステラも納得してくれたんだろう。
小さく頷いたステラはフォークとナイフを使って朝食を食べ始めた。
「美味いか?」
「…………たぶん、おいしい」
「そりゃあ良かった」
乳母に教えられたのか、綺麗な所作で目玉焼きを食べるステラに問いかければ、少し黙り込んだ後にそんな答えが返ってくる。
この様子だと、何が美味くて何が不味いかもわかってないんだろうなぁ。
この少女は一体どんな生活を送ってきたのやら。
これは後で色々と聞いた方が良さそうだ。
そう考えながらオレは胡坐を組み、頬杖をつきながらパンをかじるステラを眺めることにした。いやぁ、一口が小さいのなんのって。




