疑惑の浮上
まだ罠を仕掛けるのなら、これ以上長居しても邪魔になってしまうだけだろう。
魔導の仕組みは魔法研究所で理解しているし、あちこち手本もあるので手伝おうと思えば手伝える。
だが、玄関の罠を思い返すと、連動していくつもの罠が作動するように仕組んでたはずだ。
どういった罠をどこに仕掛けたいというのもあるだろうし、ゴドリック一人で取り掛かる方が気も楽か。
勿論人手が欲しいのなら話は別だが、ゴドリックの様子を見る限りそうでもなさそうだ。
そのため、魔道具がすぐに直せないのがまだ不服らしく、若干渋るヒイラギを引きずり屋敷の外へ出る。
表まで出ればヒイラギも諦めがついたようで、どこかむすっとしつつも飛ぶ姿勢に入ってくれた。
「忙しいところに邪魔しちまってすまねぇな」
「ううん、むしろ良い息抜きになったよ」
本当はすぐにでも罠に取り掛かりたいだろうに、わざわざ見送りをしてくれるなんて律儀な奴だな。
黙って向けられるヒイラギの広い背中へステラと共に乗り込みつつ、軽く謝罪をしておけば、ゴドリックはニコリと微笑んで緩く首を振る。
「ここ数日誰とも会ってなかったからさ。
ステラさん達さえ良ければまた来てほしいな。次はゆっくり話したいや」
それは本心からの言葉か、単にオレ達が気にしないようにするための言葉か。
ステラへ向けてとびきり柔らかな笑みを向けるゴドリック。
どちらにせよ、ただゴドリックの優しさが垣間見えるだけの言葉だろう。
だが、妙な引っ掛かりを覚え、自然と頭の中で今の言葉が繰り返されて――
――なんでコイツ、ステラの名前知ってんだ?
ゴドリックが名乗った覚えはある。だが、吸血鬼云々の話になり、オレ達は名乗っていない。
ヒイラギから聞いたのか? いや、ここ数日誰とも会っていないと言っていたから違うはず。
なら考えられるのは、ステラの素性を知っていたからか。
ヒイラギが知っていたんだ。ゴドリックだって知っていてもおかしくはない。
だとしたら、先ほどステラに向けていた微笑みは、ただの優しさからくるものではなかったのか。
そう、降って湧いた疑惑が言葉になって出る前に、オレ達の体は空へと飛び上がっていた。
時間も時間とあって、ゴドリックの屋敷へ向かった時よりは少し早く飛ぶヒイラギ。
おかげで日が落ちきる前に門まで戻ってこれたところで、ヒイラギは門から少し離れたところに着地した。
「今回はちゃんと並ぶんだな」
「また絡めとられるのは嫌ですからねぇ」
よっぽどゴドリックの罠が嫌だったんだろう。
門の方を見ながら苦々し気に顔を顰めたヒイラギは、オレ達を下ろしてすぐさま人の姿へと変化する。
ちらっと周りを見てみれば、もう日没寸前なのもあって、街へ入ろうとしているのはオレ達を含めても数えられるほどしかいないらしい。
検問待ちの列は短く、組数で言えば四組ほどしか見当たらない。
検問自体は丁寧にやってて進みこそ遅いが、この分ならすぐに入れそうだな。
ちょいとできてしまった時間のせいで、さっきの疑惑が頭を過る中、ぼうっと門の方を見ていたステラがぽつりと呟いた。
「ねぇ、ロア」
「んー? どしたー?」
「あれ、ニンニクだよね」
……ん? ニンニクがなんだって?
良くわからず首を傾げるオレに、ステラは黙って自分の見ている先を指を差す。
指し示された方向を見てみるが、そこにはただの大通りがあるだけで。
ニンニクってなんなんだ? と思いつつ目を凝らしてよくよく見てみれば、大通り沿いにあるとある八百屋で大量のニンニクを買っている男の後ろ姿があった。
「ニンニク、だなぁ」
「ニンニク、ですねぇ」
目に映った光景がそのまま口から零れたオレと同じように、ヒイラギも頷きながら呟く。
男が抱えている袋は赤ん坊ぐらいありそうな大きさで、あの中にニンニクが詰まっているとしたら相当な量だろう。
そしてゴドリックから聞いた吸血鬼専門の盗賊団が使う手段は、屋敷中にニンニクをばら撒くという物で。
偶然だと片付けるには随分とタイミングが良すぎるわなぁ。
とはいえ、単に飲食店などを営んでいて、買い出しに来ているだけの可能性もある。
丁度金を支払い終えたようで、軽く会釈をして店から離れる怪しい男。
その姿を見て、何か言うよりも先にヒイラギが歩き出した。おいおい、まだ検問が済んでないんだが。
「おいコラヒイラギぃ! お前いい加減にしねぇとマジで罰金切るぞ!?」
「悪い、ちょいと急ぎなんだわ」
「はぁ!? あ、ちょ、アンタらまで!?」
検問なんて知ったものかといった様子ですいっと横を通り抜けていくヒイラギへ、クロムの怒鳴り声が響き渡る。
列に並んでた人々がこちらを見て何だ何だと言っているが、まぁ、今回は本当に急ぎだからなぁ。
とりあえずクロムへ一言断りを入れ、オレもステラの手を引きヒイラギの後を追えば、ヒイラギはあの男ではなく八百屋の方へと向かっていった。
「少々よろしいですか? ワタクシこういう者でして」
「な、なんですか!?」
ツカツカと足早に八百屋へ突撃するヒイラギだが、突然全身真っ黒な長身の男が迫ってくれば誰でも驚くというもので。
びくっと体を跳ねさせ、手近な野菜を引っ掴んで身構える店主に、ヒイラギはすかさず身分証を差し出す。
急な事で理解が追い付いていないのか。
ぱちぱちと瞬きを繰り返した店主は、怪訝そうな顔のまま身分証へと視線を向けて、次の瞬間には呆けた顔でヒイラギと身分証を見比べていた。
「魔法学者……? そのような方がなんでウチに……?」
「実は今、ちょっとした調査をしておりましてね。
先ほど大量のニンニクを買われた方がいたようですが、何故か理由は聞かれました?」
「えぇ?」
店主からすりゃ、魔法学者が何の調査でニンニクを買った男を調べてんだって話だよなぁ。
明らかに戸惑っている店主だが、隠すような事でもないからか。
掴んでいた野菜を元に戻しながら、戸惑いがちに口を開く。
「理由って言われても……なんか急に必要になったみたいでしたよ?
在庫を全部出してほしい! なんて言われて戸惑ってたら、多めに金を払ってくれましてね。
他の野菜は見向きもしなかったし、買ったらさっさと行っちまったし、よっぽどニンニクがほしかったんじゃないですか?」
「なるほど……その男性がどのような顔立ちをしていたか覚えてます?」
「あー、それなら……ちょいと待ってくださいます? すぐ描きますわ」
そう言って店主はゴソゴソと手近な棚を漁り始める。
何をするのかと見ていれば、薄汚れたペンと草臥れた紙を引っ張り出してきた。




