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ひとりぼっちの姫と不思議なぬいぐるみ  作者: 空桜歌
第二章 空の孤島と孤月の館
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門番の仕事

 どうやら口頭で説明するのではなく、店主自らその男の顔を描いてくれるようだ。

 商品の野菜が入っているだろう木箱にペンと紙を置き、椅子を引き寄せどっかりと座わった店主は、すぐさま絵を描き始める。

 そりゃあ言葉で説明するより絵で描いてくれた方がわかりやすいだろうが、人の顔って描くの難しくねぇか?

 それもちょいと接客しただけの相手だろ? そんなすぐ描けるもんなのかねぇ?


 いっその事、今からでもあの男を追いかけた方が良さそうか。

 男が去っていった方向へと視線を向けかけたオレとは違い、店主の手元を覗き込んでいたヒイラギが感心したように息を漏らした。



「ほぉ……これはまた、お上手ですねぇ」


「いやぁ、これでも昔は絵描きを目指してたことがありましてね。人の顔は得意なんですわ」



 オレからは野菜が置かれている棚のせいで全く見えないが、店主の絵は随分と上手いらしい。

 ヒイラギに褒められた店主は顔をほころばせ、鼻歌交じりに手を動かし続ける。

 改めて見るとその筆遣いは確かに慣れたもので、迷いなんて一欠片も見当たらない。


 この様子なら少なくとも後ろ姿しか見ていない男を人混みの中から探すよりマシだろうと、待つ事数分。

 出来上がった絵をヒイラギが受け取り、オレ達にも見えるように少し屈んでくれたのでそちらへと体を寄せれば、ようやくオレ達の事を認識したらしい。

 店主がオレの方を見て目を見開き、息を呑んでいた。



「ぬ、ぬいぐるみ……!?」


「どーも」



 ヒイラギに視線が行ってたのもあるだろうが、向こうからも棚で見えなかったんだろうなー。

 だけど悪いな、もういちいち挨拶するのはちょいとめんどくさくてさ。

 最早慣れた反応と好奇心溢れる視線を軽く流しつつ、ヒイラギの手にある絵を覗き込む。

 そこには、ものの数分で描かれたとは思えない男の顔が描かれていた。



「……へぇ、こりゃ上手いもんだ」



 細い目と痩せこけた頬、それから右眉に傷があるのだろう。

 白黒で描かれた男の顔は実際に見たわけではないが、そっくりなんだろうなと思わせるものだ。

 紙にあちこちシミがあるのがちょいと勿体ねぇな。ちゃんとした物に描いてたら売り物になりそうなもんだぞ。



「ご協力感謝します」



 オレとステラが絵を眺めていると、ヒイラギがそう言って店主の前へと手を伸ばす。

 見れば店主の前に硬貨が数枚置かれていて、それまでオレ達の褒め言葉を嬉しそうに聞いていた店主の顔が一気に驚きに染まった。



「え、い、良いんですか!?」


「えぇ、こちらは貴方の技術に対する正当な報酬ですよ」



 えらく驚いてるが、短時間でこれだけ描けるんだから金ぐらい取って良いだろ。

 むしろこれで金を払わない方が悪いぐらいだわ。

 まだ驚いている店主へ会釈をし、店から離れるヒイラギ。

 向かう先は門の方向で、少し離れた所でオレ達の様子を見ていたクロムが怪訝そうに口を開いた。



「何かあったか」


「今はまだ、ですね」



 含みのある言い方にクロムの眉がピクリと揺れる。

 そして一歩、こちらへと近付いたところで、ヒイラギはひらりと絵を揺らしてクロムへと見せた。



「こちらの人物に見覚えは?」


「あー……あるが、こいつがどうかしたか」


「確証はありませんが、盗賊の可能性があります」


「……そういう事か」



 まだニンニクを大量に買っていただけで、証拠なんて一つも無い。

 それでも盗賊と言われれば門番としては見過ごせないんだろう。

 ちらりと門の方を見たクロムは、数秒思案した後、ヒイラギの肩へと腕を回して顔を近付けた。



「王都への訪問時間は昨日の昼過ぎ、全員男で十八人。

 少し前にその内の十二人が外に出ていて、残りの六名も夜間通行の申請が出てる。

 理由としては夜に出る魔物の討伐とその採取。ギルドは通していない、個人的な依頼だと。

 俺の権限で出せる情報はここまでだ」


「いつもありがとうございます」



 コイツは本当にあの高笑いしていた門番なのだろうか。

 近くにいたオレ達にしか聞こえない声量で情報を落とすクロム。

 つらつらと淀みなく語られたその情報は十分過ぎるもので、ヒイラギも満足そうに頷いていた。



「今ならまだこっちで止められるが、どうするよ」


「本隊は既に外でしょうし、無理に引き留めれば本隊が逃げてしまうかもしれません。

 一旦泳がせておいてください」


「それはそうかもしれねぇが……なぁ」



 怪しいやつらをみすみす見逃せと言われているわけだからな。

 理解はできるが納得はできないと言ったところだろう。

 ヒイラギの指示に対し、顔を顰めるクロム。

 だが、次のヒイラギの一言でその心配は消え去った。



「狙われてるのはゴドリックの屋敷です。貴方の考えるような被害は出ませんよ」


「はぁ? あー……なら大丈夫そうか……?」



 門番であるクロムからしても、ゴドリックの館に盗みに入るのは無謀な事という括りになっているんだろう。

 呆れすぎて理解が追い付いていないとばかりに瞬きを繰り返しながら独り言ちるクロム。

 そんなクロムを横目に、ヒイラギがオレ達へ向けて頭を下げてきた。



「ワタクシは念のためゴドリックへこの情報を伝えてきます。

 お二人共、家までお送りできず申し訳ありません」


「んなの構いやしねぇって。早く行ってきな」


「では、また」



 確かに帰りは送ってもらうって話だったが、そっちの方が急を要する話なんだから気にしなくて良いのにな。

 律儀に謝るヒイラギへ早く行くよう手を振れば、ヒイラギはまた一礼して翼を広げる。

 そしてグッと足に力を入れた次の瞬間、突然風が巻き起こり、ヒイラギの姿は一気に空へと舞い上がっていく。


 オレ達という荷物を乗せていないから、最大限の速度を出しているのか。

 魔法による風も操り、瞬く間に門を飛び越えていくヒイラギ。

 その光景に、検問を終わらせて門を閉めようとしていた門番達が何事かとこちらを見てくるが、オレは気にせずステラの手を取った。



「さて、すっかり暗くなっちまったし、急いで帰るぞー」



 もう完全に夜になっちまったからなぁ。

 土地勘なんて一切無いが、方角はわかるからそっちに向かって行けばその内屋敷も見えてくんだろ。

 そう、大通りの方へと歩き出そうとしたのだが、繋いだ小さな手が引き留めるようにオレを引っ張った。



「ステラ?」



 振り返ればステラの紅い瞳は門の方へと向けられていて、ゆらゆらと手を揺らしながら問いかけても何の反応も返ってこない。

 まるでその場に縫い付けられたように動かないステラだが、その理由は明らかで。

 オレは黙って一歩、ステラへと歩み寄った。



「心配なのか」


「心配……?」


「気になるんだろ、ゴドリックのこと」


「……うん」



 きっと今まで心配なんてした事が無かったんだろう。

 心配という言葉を呑み込むように、数秒黙り込んだステラは、ちらりとオレを見てから再び門へと視線を向ける。

 門は既に閉じていて、外の景色なんて見えやしないが、ステラの目にはあの屋敷が映っているのだろうか。

 じっとその場から一歩も動かないステラに、オレはそっと息を吐く。



 ヒイラギやクロムが盗賊達に対して「命知らず」だの「考え無し」だの言ってるぐらいだ。

 実力は十分にあるんだろうし、オレから視てもそう簡単に死ぬような種族には思えない。

 それに、別れ際にステラへ向けたあの眼差し。

 決して悪意などなく、好意しかない物だったが、その好意の理由がわからないうちはどうしても警戒してしまって、オレは心配なんて欠片も抱けない。


 勿論、王女という立場に対しての好意の類かもしれないが、どんな好意であれ、今の段階ではゴドリックに対して警戒を緩めるわけにはいかない。

 だが、ステラのぬいぐるみであるオレが大事にすべきなのは、ステラの意思で。

 せっかく芽生えた『他者への心配』という人らしい感情を見過ごすのも違うだろうと、繋いだ手を緩く引いてやった。



「んじゃ、オレ達も戻るか」



 大通りへ向いていた体をくるりと回転させ、さっき通った門の方へと歩き出す。

 今度は引っ張られる事も無く、すんなりと歩き出したステラは、戸惑いがちにオレの手を握り締める。



「良いの?」


「誰かを心配して駆け付けるのに、良いも悪いもねぇさ」



 場合によっては心配でも駆け付けない方が良い時もあるだろう。

 だが、今回は相手がそれなりの数を揃えてる。

 それを一人残らずとっ捕まえるってんなら、人手はあっても困らねぇって。


 繋いだ手をぎゅうっと強く握り返し、魔法でオレ達の体を浮かせる。

 次いで速度を出せるよう防護の魔法を重ねて施すオレに、クロムは緩く笑って胸元へ手を当てた。



「緊急事態なんで許可しますが、今回限りですからね」


「おう、どーもな」



 恐らくこの国の敬礼なんだろう。

 左手を右胸に添え、ぴしっと姿勢を正すクロム。

 そんなクロムへ緩く手を振り返して、オレはフワフワと浮かぶステラを引き寄せた。



「しっかり掴まってろよ」


「うん……!」



 なんせオレはぬいぐるみだから、トバリ族みたいに飛ぶなんてどうやったってできやしない。

 それに、あの速度で飛んで行ったヒイラギと行き違いにならないよう、今回は速度優先にしておきたいんでな。

 だからちょいと揺れたり、ちょいと落ちかけたりしても我慢してくれよ。


 オレに言われた通り、ぎゅっと抱き着くステラ。

 そんな首に回った腕を魔法で固定しつつ、オレは今日何度目かの空へと飛び立ったのだった。

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