吸血鬼の館
「……あなたは人じゃないってこと?」
「……もしかして吸血鬼って聞いたこと無い? 人の間じゃ吸血鬼はよく物語の題材にもなってるんだけど」
オレも魔力と気配で人ではないとわかっただけだったが、どうやら吸血鬼というのは人の間でも有名な種族らしい。
ピンと来ていないオレ達にゴドリックが困ったように頬を掻くが、ステラは聞いたことが無いと首を振る。
そういや物語の本なんて屋敷にあったっけか。
全部確かめたわけじゃないが、書斎にあった本は数が少なかった上に、ほとんどが料理やら手芸やら実用的な物ばかりだった気がする。
探せばあったかもしれねぇけど、ステラはあの書斎の本をほとんど読んでないみたいだからなぁ。
ステラはオレと出会うまで、書斎に本が在る事は知っていても読んだ事は無いと言っていた。
だからゴドリックの言う吸血鬼の物語なんて、屋敷にあったとしても内容はおろか表紙すら見た事が無いだろう。
ステラとゴドリックの間に何とも言えない沈黙が流れる中、それまでゴドリックにへばり付いていたヒイラギが納得するように頷いた。
「そういえば最近は吸血鬼の物語なんてあまり見かけませんねぇ。流行遅れなのでは?」
「え? ホントに? ちょっと前まで物語といえば吸血鬼が出てたよ?」
「多分それ十年近く前の話ですよ」
「うっそだぁ」
ヒイラギを引き剥がそうとしていた手を止め、驚きのあまり固まるゴドリック。
人は精々長生きしても百年が良い所だが、ゴドリックは二百年も生きているわけだからなぁ。
たとえ姿かたちは似ていても、命の長さがこれほど違ってくるんだ。
そうなりゃ時間の感覚も違ってくるだろうし、流行り廃れなんてあっという間に変わってんだろうな。
「吸血鬼ってどんな人達なの?」
「吸血鬼っていうのはその名の通り、血を糧に生きる一族だよ。
まぁ長生きして、ちょっと特別な魔法を使える一族だと思ってくれればいいかな。
血を吸わなくとも人と同じ食事だけで生きていけるし、そもそも元は普通の人だったらしいから」
「おや、それは初耳ですね。何か文献でもありましたか」
「最近始祖とされる人物の手記が見つかったらしくてね。
『ある時蝙蝠に噛まれて病に罹り、生死を彷徨った後、吸血鬼になっていた』と書かれてたんだって」
世間との認識の違いに数秒固まっていたゴドリックだが、ステラの問いにすぐ答えてくれる辺り、まだ傷は浅かったようだ。
軽く語られる吸血鬼について聞きながら、オレは静かに腕を組む。
その蝙蝠は、他の種族へ干渉して自分の因子を残そうとしたのかねぇ。
トバリ族もそうだったが、生き物ってのは色んな進化の過程を経ていくもんなんだな。
なんとなく感慨深く感じていると、話が逸れたと思ったんだろう。
ゴドリックは「あ」とわざとらしく声を漏らし、話の流れを途切れさせた。
「ついお喋りしちゃったね。
とりあえず魔道具は預かるけど、しばらくは取り掛かれないかな。
先に罠の方を終わらせなきゃいけないや」
常に朗らかな声色だから余裕があるように見えるが、少なからず焦りがあるのか。
ゴドリックはそう言いながら懐から布を取り出し、手早く魔道具を包み、魔法で封を施す。
その様子を見つめながらヒイラギが心底不思議そうに首を傾げた。
「吸血鬼専門の盗賊団でしたか。そんな命知らずの考え無し集団が本当にいるんです?」
「信じられないけどねぇ、実際に親類の屋敷が二軒被害に遭っててさ。
どっちも夜中に人が入り込んで、屋敷中に大量のニンニクがばら撒かれていたそうだよ」
「あぁ……吸血鬼はニンニクが苦手なんでしたっけ」
「人の中じゃそうなってるらしいねぇ」
朝起きたら家中ニンニクだらけになってんのかぁ……うわ、絶対嫌だなそれ。
盗みに入られるってだけでも最悪なのに、掃除までしなきゃならねぇんだろ? 想像しただけで頭が痛ぇわ。
最近家事をするようになっているせいか、そっち方面に思考が割かれているとは違い、ステラは別のところで思考が割かれたか。
ステラが静かに首を傾げていて、気付いたゴドリックが柔く微笑んだ。
「吸血鬼は物語の題材にされているって言ったでしょ?
その物語で『吸血鬼をニンニクで追い払う』っていう場面があってさ。
おかげで人の間ではニンニクさえあれば吸血鬼を追い払えるって思われてるんだ」
「……じゃあ、本当は平気なの?」
「うん、平気。
好きか嫌いかなら、まぁ、確かに血の匂いがきつくなっちゃうからあんまり好きじゃないけど、別に逃げ出すほど嫌いではないかなぁ」
どうやらゴドリックはそういった物語に対してあまり良い感情は抱いていないようだ。
あはは、と軽く苦笑いを浮かべるゴドリックの言葉からは、若干の呆れが感じ取れる。
追い払われるってぐらいだし、その物語じゃ吸血鬼は悪役として出てきてんのかねぇ。
少なくとも吸血鬼からすれば良い場面とは言えなさそうだもんな。そりゃあこんな微妙な反応にもなるか。
物語の題材にされるってのも厄介なもんだなぁと思うだけのオレとは違い、実害が出ているゴドリックは溜息交じりに続けた。
「運が良いのか悪いのか、留守にしていた屋敷に入り込んだだけなんだけど、上手く行ったと勘違いしちゃったみたいでね。
聞いた話によると、そのお馬鹿集団は徐々に勢力を増しながら吸血鬼の屋敷を狙って北上しているらしいんだ。
で、立地的に次はこの屋敷が狙われそうだからお出迎えの準備をしてるってわけ」
言い方こそ優しいが、嘲笑が入り混じる言葉に今度はこちらが苦笑いしてしまう。
そりゃあニンニクばら撒き集団なんていうはた迷惑な奴らが来るってなったらなぁ……呆れて笑うしかねぇわな。
「貴方も大変ですねぇ……あ、警備隊には連絡しました? なんなら研究所の警備も動いてくれそうですが」
「ここは街からちょっと離れてるからなぁ……警備隊を派遣してもらうのは難しいかな。
それに、いつ来るかもわからない相手だからさ。無暗に研究所の警備を薄くするわけにもいかないよ」
盗賊団なんて警備の人間からすれば捕まえなきゃならない相手だろうが、人は無尽蔵にいるわけじゃない。
しかもその予測も、言ってしまえばゴドリックの憶測でしかない状況だ。
それこそ確実に盗みに来るという確証でもない限り、警備の手は割けないだろう。
ゴドリックの魔力を視る限り、大抵の相手であれば余裕で戦える力量は持っているだろう。
だが相手は集団で、曲りなりにも吸血鬼専門だと名乗っている。
そんな相手に罠だけで守り切れるのか。
懸念を抱いたのはオレだけでは無かったようで、ヒイラギが眉を顰めながら問いかけた。
「確かにそうかもしれませんが、この屋敷には開発中の魔道具だってあるでしょう。
万が一盗まれたり壊されたりした場合、損失が大きすぎません?」
「大丈夫だよ」
こちらの懸念を切り捨てるように、はっきりと告げるゴドリック。
それは心配への拒絶ではなく、ただ揺るぎない自信からくる断言だろう。
現にゴドリックの微笑みは最初から何一つ変わっていなくて。
「ヒイラギの言う通り、研究所で保管し切れなかった物はこの屋敷に置いてるし、それなりに値打ちのありそうな物も色々あるね。
だからこそ、手薄だと見せかけて全員来てくれた方が片付けやすいと思うんだ」
「……自らを囮にするつもりですか」
「囮っていうか、そもそも俺は学者をやってる分、吸血鬼の中でも有名な方だからねぇ。
わざわざ吸血鬼の屋敷に狙いを定めて金目の物を狙っているのなら、この屋敷を見逃しはしないだろうさ。
――そんな汚らしい奴らに、手加減してやる程俺は優しくないよ」
優しい奴を怒らせると怖いってのはこういう事を言うんだろうな。
表情は酷く穏やかなものだが、確かな怒りが滲み出ている声色に自然と姿勢が正される。
そんなオレ達を見て、薄く細められた金色の瞳が静かに鋭く輝いていた。




