夕暮れの空で
目的である学者の家は王都の東側にあるのだろう。
沈む太陽を背に飛んで行くヒイラギは、空島へ向かった時と違ってどこかゆったりと飛んでいる。
そんなに遠くないって言ってたし、この速度でも十分って事かねぇ。
ちょいと急いでほしさもあるにはあるが、さっきの騒動もあったし、ここらで一息吐いておいた方がステラの負担的に良さそうか。
空を飛ぶのにも慣れてきたのか、静かに周りを見ているステラを横目に、オレは夜に染まり始めた地上を見下ろした。
広大な平原に聳え立つ王城と、それを囲うように作られた街。
外壁に守られた街を出れば十字に伸びた街道沿いに畑や放牧地が広がっており、その先には河があるようだ。
北から西へと曲線を描くように流れているその河は随分と大きなもので、運河として利用されているのだろう。
河の上は様々な船が行き交っており、河沿いにはそれなりに大きな街も見える。
王都ほどってわけじゃないが、運河の傍にある街とあって結構賑わってるっぽいな。
ちょいと距離はあるものの、暗くなってきたのもあってはっきりと見える明かりの数はとても多い。
それこそ王都に負けず劣らずといった数が灯っていて、それだけ人々が活動しているのが窺える。
いつかあの街にもステラと行ってみたいもんだな。
あの街だけに限らず、どこだって良い。
何も知らないこの子に、色んな街を、世界を見せてやりたい。
丁度空を飛べるっつー最高の足ができたしな。
オレが魔法で飛んで行くより速いし楽だし、こんだけ飛べるならあの街どころかどこへだって飛んで行けるだろう。
ヒイラギの目的はあくまでも空島だが、わざわざオレ達が協力してやってんだ。
逆にヒイラギだってオレ達に協力してくれても良いよなぁ?
オレの企みなんて露知らず、ヒイラギは小高い丘の上、木々の中に隠れるように在る屋敷へと向かっていく。
きっとあれが魔道具を作った学者――ゴドリックとやらが住んでる屋敷なんだろう。
会う前にどんな人物なのか軽く知っておくべく、ヒイラギの背中をちょいちょいと叩いた。
「どうされました?」
「これから会うゴドリックってのがどんな奴なのか気になってよ」
「んーそうですねぇ……一言で言うならとても優しく器用な学者ですよ。
長年に渡って様々な魔道具を作ってきた人物で、主に生活用魔道具の開発に力を入れています。
お二方の知ってそうなものだと……洗濯機とかでしょうか? あれも彼の発明ですね」
「洗濯機……?」
「あー、あれか? 洗濯物と洗剤を入れれば後は自動で洗ってくれるやつか?」
「そうですそうです!」
洗濯機、と言われてステラも同じ物を思い浮かべたんだろう。
不思議そうに呟くステラに続いて聞いてみれば、ヒイラギがコクコクと頷く。
奇遇にもオレ達はゴドリックとやらに前々から世話になっていたようだ。
会った時に一言礼でも言った方が良いだろうか、なんて考えていると、ヒイラギはしみじみと語り出す。
「やはり王女の住むお屋敷ともなれば設備も整っているんですねぇ。
あれは魔道具の中でも高度な技術を用いているものですから、あまり作れないものでしてねー。
お値段も高くなっていて、余程の富豪でも無い限り設置できない代物になっているんですよ」
「へぇ」
確かに、便利だからと毎日使っていたが、洗濯から脱水までスイッチ一つでできるわけだからな。
ちょいと覗き見た魔力の流れも中々に複雑だったし、魔法研究所で見た無人車両並みにややこしい構造になっていてもおかしくない。
で、ややこしいってことはそんだけ手間が掛かっているわけだから、量産が難しいのも、値段が高くなるのも当然って事だわな。
「他にも調理台の形をした魔道具などもありますね。
調理中の火力調整や時間計測機能付きのオーブンなど、様々な機能を兼ね備えている調理台です」
「それもあるなぁ」
「うわぁ普通に羨ましい。それもお高いんですよねー」
屋敷にあった洗濯機も調理台も、学者であるヒイラギですらあまり使えない代物のようだ。
率直に羨ましいと言われ、つい苦笑いが零れる。
ヒイラギがそういうのなら、あの魔道具達は貴重な物なんだろう。
だが、あの魔道具達を用意したのはステラの乳母だ。
しかもステラが王城に呼び出される度、国王から与えられたドレスや宝石を売って得た金で揃えた物だったはず。
少なくともヒイラギの言うような『王女の住むお屋敷だから設備が整っている』なんて理由で在った物ではない。
本当ならヒイラギの言う通り、マルス国王がそういった気遣いをしててくれたら良かったんだけどな。
少なくとも、ステラは住む場所の設備すら整えてもらえない、ひとりぼっちのお姫様なわけだ。
しかし昨日出会ったばかりのヒイラギがそんな事情を知るわけもなく、ステラ自身もオレが何故微妙な反応をしているのかわからないとばかりに首を傾げている。
だからオレは何も言わず、ただ星が輝き始めた空を眺めていれば、ヒイラギは緩やかに高度を下げ、屋敷の前へと降り立った。
「さ、着きましたよ。この少々古ぼけた屋敷がゴドリックの家です」
ヒイラギの言う通りちょいと古ぼけてはいるが、手入れはしっかりされているらしい。
綺麗に保たれた屋敷の前には、昏くなった世界でも華やかな黄色い薔薇が咲き誇る庭園が広がっている。
あの薔薇の香りか、どこか甘い香りが漂う中、玄関へと近付くヒイラギの後ろを付いて行けば、ヒイラギは扉に手を掛け、大きく息を吸い込んだ。
「ゴドリックー! ヒイラギですー! お邪魔しますよー!!」
呼び鈴など無いのか、そもそも鳴らすつもりが無かったのか。
返事も無いのにそのまま中に入ろうとするヒイラギだが、お前さん、さっき似たような事してえらい目に遭ってなかったか?
とても既視感のある光景に何だか嫌な予感がして、そっとステラの手を引き、ヒイラギからちょいと距離を取る。
ステラが不思議そうに首を傾げてオレを見下ろすと同時、ヒイラギが迷い無く扉を開け放って――
――カチリ、という扉を開けたにしては妙な音と、近くで動いた魔力の気配にオレはすぐさま魔法を放った。
オレ達が居た場所、正確にはヒイラギが開けた扉付近へ向けて、無数の矢が降り注ぐ。
数はあれど勢いはあまりない矢に対し、オレは結界で、ヒイラギは風の魔法で防ぎ、バラバラに散った矢がいくつか地面へと突き刺さる。
それだけで済めば良かったのだが、今度は矢に込められていた魔力が地面を流れ、別の仕掛けへ繋がったらしい。
ガシャン、という音と浮遊感に襲われ、瞬時に魔法で足場を作り、ステラを抱えて飛び退けば、続けざまに大きな網が降ってきた。
「なに、これ」
「なんだろうなぁ!?」
戸惑うステラを背に庇い、網へと手を伸ばす。
魔法で切り裂いてやろうかと思ったが、何やら仕込みがされているようだ。
妙な魔力の気配に切り裂くのは止めて弾き飛ばせば、地面に落ちた網がバチバチと小さな雷を放つ。
おいおい、あの網、雷の魔法が施されてんだが? 死ぬほどじゃ無さそうだが、ちょっとでも触れてたら痺れて動けなくなってたぞ。
矢も殺す気があるようには思えなかったし、落とし穴も下に槍が仕掛けられたりしておらず、ただ落ちるだけ。
どれもこれもあくまで捕縛目的の物のみたいだが、なんでこんな罠を仕掛けてやがんだこの屋敷は。
罠の連鎖がどう続くか読めず、周囲へと視線を巡らせていたその時、コツコツと屋敷の奥から足音が聞こえてきた。
「おや、ちゃんとしたお客様だったや」
「――ちょっとゴドリック! なんですかこの罠は! 危ないじゃないですカァ!」
「ごめんごめん、ちょっと色々あってね」
のんびりとした口調で現れたのは、金色の瞳をしたこげ茶色の髪の男で。
二人のやり取りから察するに、この男がこの屋敷の主、ゴドリックか。
ヒイラギに詰められているその男はただ困ったように微笑んでいた。




