魔法研究所
ヒイラギ曰く、魔法研究所は王都の北の端にあるらしい。
少し遠いというので、遠慮なくヒイラギの背中に乗れば、ヒイラギは真っ直ぐ北へと飛んでいく。
一体どんなところなのか。街並みを眺めつつ軽く探してみれば、王都の北端だろう場所に一際大きな建物が見えてきた。
「あのデカい建物がそうか?」
「えぇその通りです。やはり結界など張ってあると遠くても目立ちますよねー」
魔力がどうとか関係なく、単にデカいから聞いただけだったが、あれが魔法研究所で合っていたようだ。
王城と同じぐらいか、それ以上か。
幾度も増設を繰り返したような複雑な構造をしたその建物は、厳重な警備が敷かれているらしい。
建物を取り囲む外壁と出入口だろう門にはヒイラギの言う通り、魔力を放つ障壁が張り巡らされている。
魔法研究所って名前だけあって、魔法による守りが分厚いんだろうな。
魔法の気配はしても人の気配はあまり感じられないその建物の近くへ降り立ったヒイラギは、そのまま門の傍に設けられた受付へと近付いていった。
「ヒイラギです。こちらの方々に許可証をお願いできますカ? ワタクシの協力者です」
「あら! ヒイラギさんに協力者なんて初めてじゃない!?」
「そうですねぇ」
ヒイラギが受付にいたふくよかな女性に話しかけたかと思うと、何やら受付の中がにわかに騒がしくなる。
オレ達が入れるよう手続きをしてくれてるんだろうが、協力者ってのは何のことやら。
そりゃあ研究を手伝うのには了承したが、そんなもんになった覚えはねぇんだが。
黙ってヒイラギへ視線を向ければ、察したのだろう。
バタバタとしている受付から一歩離れたヒイラギは、何故か上機嫌な様子でオレ達へ頷いた。
「協力者というのはその名の通り、魔法研究所に所属する学者の協力者です。
魔法研究所には開発中の魔導や魔道具など、機密情報が山ほどあります。
そういった物を保護するため、施設内は関係者以外立ち入りが制限されているのですが、研究を進めるためには人手が必要になってくるもの。
なので学者には協力者として外部の方を魔法研究所内へ招き入れる権限を与えられているんです」
なるほどねぇ。魔法研究所に入るなら、どのみちその協力者ってのにならなきゃいけないわけだ。
その割にオレ達へ確認の一つも無いまま手続きが進んでいるが、この場合、ヒイラギが身元保証人にでもなるのだろうか。
オレが言うのもなんだが、子供とぬいぐるみっつー変わった二人組をそんな簡単に入れちまっていいのかねぇ?
厳重そうに見えて案外緩いのか、それとも研究所では学者という身分にそれほど力があるのか。
言っちゃぁ悪いが、ヒイラギみたいに自由そうなやつにそういう権力やらを持たせると大変なことになりそうだがなぁ。
何とも言えず微妙な視線を向けてみたものの、ヒイラギは全く意に介していないらしく、そのまま説明を続ける。
「調査の護衛として傭兵と契約している方もいれば、魔道具の素材を仕入れるため商人と契約している方など、学者によって様々いるそうでしてね。
色々と制限はありますが、多い方だと十人近く協力者がいるとかなんとか」
「で、お前さんはそういうのが今までいなかったと」
「まぁ、ワタクシ優秀なので、自分の身を守る程度の技量は持ち合わせておりますよ。
商人に関してはそもそも魔法研究所と商人組合は協定を結んでいますからねぇ。
大抵の素材は商人組合に問い合わせれば手配していただけますし、魔道具もあまり作りませんし、必要だと感じなくて」
確かに、ヒイラギの魔道具なんて風を操る魔物の素材とか使ってそうだったしな。
傭兵に魔物を討伐させるにしろ、商人に頼んで素材を入手するにしろ、ああいった魔道具の作り手からすりゃあ、素材の入手経路なんて多ければ多いほど良いに決まってるわな。
そうこうしているうちに手続きが済んだのか、先程の女性がヒイラギへ書類の束と二枚のカードを手渡す。
書類の束へ軽く目を通したヒイラギは、小さく頷いてから書類とカードへ何か書き込んで、書類は受付へ、カードはそれぞれオレ達へと手渡した。
「こちらが許可証です。
頻繁に提示するよう求められると思いますので、研究所内を歩く際は常に取り出しやすいようにしておいた方が楽ですよ」
「おぉ……マジか」
オレの分まで作ってもらったのは良いんだが、オレ、ぬいぐるみだからポケットなんて便利なもん無いんだよな。
フワフワさとキュートさとプリティーさ重視なこの体では、カード一枚持ち歩くのも手間だ。
だからギルドの証明書と同じでステラに持っててもらおうと思ったんだが、研究所内を歩く時だけはオレも自分で持っておいた方が良さそうか。
片手が埋まっちまうのはちょいと避けたいんだが、しょうがねぇ。
諦めてカードを手に持ち先へ進もうとしたところで、受付から声が飛んできた。
「あ、ヒイラギさん! 良かったらコレ使ってちょうだいな!
最近できたばかりの試作品なんだけど、首から下げられるようになってるのよ。丁度良いでしょ?」
「おや、いつの間にそんなものが」
「私達の中でも許可証をいちいち引っ張り出すのが面倒だなって言っててねぇ。
それでこの間入った新人さんが考えてくれたのよ。
紐はこの部分で調整できるから、子供でもぬいぐるみの魔道具でも付けられると思うわ」
差し出されたのは調節が効く紐が取り付けられた透明なケースで、ちゃんと許可証が入るようになっているらしい。
早速許可証を差し込んでみれば、確認に必要なところはしっかり見えるように作ったのだろう。
端が隠れたりすることもなく、許可証の表面がはっきりと見えるように収まった。
不要な時は丸見えにならないようにカバーも付いているみたいだし、こりゃあ便利なもんだ。
早速紐を首にかけ、歩く時に邪魔にならないよう腹の辺りに収まるよう調整する。
次いでステラの調整もちょちょいとやってやったところで、研究所に繋がるだろう扉が独りでに開いた。
「さ、ここが我らが魔法学者の最高峰、魔法研究所です。
時々魔法が暴発する事があるので、なるべくワタクシから離れないようにしてくださいねー」
先に歩き出したヒイラギが誇らしげな様子で片手を広げて示した先は、魔法研究所のエントランスのようだ。
学者らしき人だけでなく、本や荷物などが魔法で飛び交う広場は随分と広く、端の方には上や下へ続く階段が設けられている。
吹き抜けになっている天井を見上げれば、どうやらステンドグラスをはめ込んでいるらしい。
太陽の光を通してキラキラと色鮮やかな光が降り注いでいて、どこか神秘的な雰囲気も感じる。
奥を見れば三方に向かって広い通路が伸びており、場所によってはそこからまた分岐しているようだ。
通路のあちこちに扉だけでなく細めの通路も繋がっていて、遠目で見ても随分入り組んでいそうなのが見て取れた。
見た目は綺麗な場所なんだがなぁ。
魔法が暴発するなんて、なんつー物騒な場所なんだか。
色んな所から色んな魔法の気配が漂ってくる中、ヒイラギは通路の中央に停まっていた、大きな車輪の付いた台車のような物へと向かっていった。
「お二人も乗ってください。
歩いていっても良いんですが、彼の研究室はちょっと遠いですから」
「なんだこれ? これも魔道具か?」
「移動専用の無人車両です。
登録してある目的地まで自動で向かってくれるんですよ。
運搬専用もありましてねぇ、中々便利な物ですよ」
パッと見ただけでも随分と広そうな建物だからなぁ。そりゃあ移動手段の一つや二つ用意するか。
ヒイラギに促されステラと共に乗り込むが、随分と簡単な作りになっているらしい。
座席なんて物は無く、ただ四人か五人程度が立っていられそうな空間を柵で囲っているだけだ。
ただ端には数字が書かれたボタンがいくつも配置された台座があり、横には同じく数字が書かれた地図が掲示されていて、あれで行き先を選ぶらしい。
オレ達が乗ったのを確認したヒイラギが七と書かれたボタンを押すと、入口が勝手に閉まり車両が独りでに動き出した。
「っと、大丈夫か?」
「う、うん……急に動いたね」
「いやぁこればかりは申し訳ない。
当初は出発の際に音が鳴るようにしていたんですが、この辺りに研究室を持つ学者から煩いと苦情が相次ぎまして。
改善しようとはしているそうなんですが、中々難しいんだとか」
急に動いたのもあってオレもステラも体勢を崩しかけたが、動き自体は安定しているようだ。
最初の動き出し以降、車両は大して揺れる事も無く、少し早く走る程度の速さで研究所内を進んでいく。
周りを見れば同じような車両が何台も行き交っていて、普段から利用されているのが良くわかる。
どんな音を鳴らしていたのか知らないが、この数が毎回ピーピーなってたらそりゃあ煩いだろうな。
騒音問題ってのはどこでも起きるんだなぁと思いつつ、オレは車両の奥に流れる魔力へ目を向けた。




