未知の味
ちゃんと帰れるとわかっていても、あまり遅くなるのは避けたいところだ。
なのでヘタレ込んでいるヒイラギごと魔法で浮かせて空を飛んでみたところ、ヒイラギはあの短時間で相当な距離を飛んでいたようだ。
空中からうっすらと見えた王都は酷く遠いものだから、つい乾いた笑いが零れてしまう。
地上からも遠くまで来ていたのはわかっちゃいたが、こりゃあ戻るのに結構時間が掛かりそうだ。
やろうと思えばもっと早く飛べなくもないんだが、あんまり早くするとステラに負担が大きそうだからなぁ。
飛ぶのに慣れていそうなヒイラギはともかく、オレにとってはステラの安全が第一だ。
なので速度はそれほど出さず、景色を楽しめる程度の速さで飛んでいれば、王都に着くよりもヒイラギの体力の回復の方が早かったらしい。
途中で交代を申し出てきたので素直に譲れば、ヒイラギはオレ達を背負い、再び大きな翼を広げて追い風を起こして滑空していく。
その速さは行きよりは遅いものの十分に速いもので、難なく王都まで辿り着いた。
「ロア殿、着地する際に一応魔法の準備をしておいてもらえます?
大丈夫だとは思いますが、ちょっと翼に違和感があるんですよね」
「へいよー」
いくら体力が回復したところで、あれだけの暴風に晒されてたわけだしな。
着地に失敗しても問題無いよう軽く魔力を練っておけば、ヒイラギがすっと高度を下げていく。
そして少しよろけながら、裏通りの人気の無い小さな広場へとふわりと着地した。
「ステラ、手ぇ出しな」
「うん」
ヒイラギの背中からぴょこんと飛び降り、ステラへ手を差し伸べる。
オレのように飛び降りるまではできないようで、オレの手を頼りにそろそろとステラが降りてくるのを見守りながら、魔法で青い小鳥を作って空へと放つ。
王都に戻ってこれたわけだから、護衛の兄ちゃん達が合流できるようにしてやらねぇとなー。
魔力で探知した感じ、門の近くに居るみたいだし、案内してやりゃあすぐ来るだろ。
「いやー流石に疲れましたねぇ、ちょっとお茶でもしません? 丁度近くに良いカフェがあるんですよ」
兄ちゃん達の魔力を頼りに飛んでいく青い小鳥の姿が見えなくなったところで、人の姿に戻ったヒイラギが疲れを主張するようにわざとらしく肩を回しながらそう提案してくる。
そこまで遠くは無いとはいえ、そんなすぐに合流できる距離じゃなさそうだからなぁ。
ステラも疲れているだろうから、どっかで休めるのはこっちとしても有難いか。
「カフェ、って何?」
「色んな飲み物や軽食、デザートなどを提供してくれる飲食店ですよ。
休憩をするのにぴったりなところでしてね。ささ、こちらです」
まだ行くとは言っていないのに、もうヒイラギの中では向かう事が決定しているらしい。
ステラの疑問に答えながら、人が賑わう大通りの方へと歩き出すヒイラギ。
大まかな方角はわかるとはいえ、知らないところに置いて行かれちゃ困るんだが。お前ホント自由だな。
ステラと顔を見合わせつつヒイラギの後をついて行けば、ヒイラギは大通りに出て反対側へ渡って横道へと入っていく。
目的のカフェは随分と奥まった所に店を構えているようだ。
ちらほらと並ぶ店を素通りし、一度、二度と曲がっていったところでヒイラギはとある店の方を指差した。
「着きましたよー。
ここがワタクシもよく行くカフェ、『桃ノ木』です」
ヒイラギの行きつけの店は随分と小さな店ようだ。
大通りで見かけた店と比べるととてもこじんまりとしたその店は、ランプが吊るされている看板が入口の上に設けられている以外、周りの民家と同じような外見をしている。
入口に小さな木札で『開店中』と書かれているから店だとわかるが、この木札が無ければここが店だとは思いもしないだろう。
カランカランとドアベルを鳴らしながら入っていったヒイラギに続いてオレ達も店内に入ると、カウンターの奥で椅子に座っていた婆さんがゆっくりと顔を上げ、眼鏡の奥の小さな瞳をパチパチと瞬かせた。
「あぁいらっしゃいヒイラギさん、今日は随分と可愛らしい方々とご一緒のようで」
「こんにちはエルフィー殿、こちらはステラ殿とロア殿です。
この度ワタクシの研究を手伝ってくれる事になりまして」
「あらまぁ、それはよぅございましたねぇ」
エルフィーと呼ばれた婆さんがまるで孫にでも会ったかのような朗らかな微笑みを浮かべていると、カウンターの奥からひょこっと爺さんが顔を出す。
目が悪いのか、眉間に皺を寄せてヒイラギを凝視したその爺さんは、一度手を振ったかと思うと、すぐに奥へと戻っていってしまった。
「あらあら……うちの旦那がごめんなさいねぇ。
見ての通り不愛想でねぇ……せっかくヒイラギさんが新しいお客様を連れてきてくれたんだから挨拶の一つや二つすれば良いのに」
「うんにゃ、気にしてねぇから構わねぇよ」
眉を下げ、苦笑いをしながらフォローを入れる婆さんへ、こちらも苦笑い交じりに返す。
この様子だと、接客は婆さんが、料理は爺さんが担当してるんだろうな。
そんで婆さんからすると爺さんの態度にちょいと思うところがあると。よくありそうな話だ。
「さ、何を頼みます? 飲み物は紅茶がよろしいでしょうか? デザートでしたらこの辺りとかおすすめですよー」
オレ達のやり取りが落ち着いたのを見計らい、ヒイラギはそう言ってカウンターに置かれていた冊子を手に取り、ステラに広げて見せる。
どうやらこの店のメニュー表のようで、少し癖のある字で料理名と値段がずらりと並んでいた。
「え、と……じゃあ、これで……?」
「ロア殿はどうなさいます?」
「あ、オレは良いわ。ステラの分だけ頼む」
「ではコーヒーと紅茶、スフレパンケーキを一つずつお願いします」
「かしこまりました。お好きな席で座ってお待ちくださいね」
注文を聞いた婆さんはそう言い残し、ゆっくり爺さんのいる店の奥へと入っていく。
良く知る客だから店番とか気にせず行ったんだろうが、ちょいと不用心すぎやしねぇか?
会計のところとか丸見えだからその、やろうと思えばやれちまうんだが。
この様子だと、普段からこんな感じで売り上げとか気にせずのんびりやってるんだろうなぁ。
きっと王都の治安の良さの表れだろうと信じる事にし、とりあえず手近なテーブル席の方へと近寄りステラを先に座らせ、オレもその横へとよじ登る。
そして向かいにヒイラギが座ってしばらく待っていれば、婆さんがトレーを持ってやってきた。
「はい、コーヒーと紅茶です。スフレパンケーキもすぐに持ってきますからね」
「ありがとうございまーす」
「あ、ありがとうござい、ます……?」
今までこういう店に入る事が無かったからだろう。
戸惑いながらもヒイラギに倣い、婆さんへ小さく感謝の言葉を呟くステラ。
そういった事を真似するのはもちろん良い事なんだが、ヒイラギの真似をするのはちょっくら心配になるのはなんでだろうな。
ステラには是非良い事だけ吸収してもらいたいと思いつつ、コーヒーという聞いたことのない飲み物が気になり、ちょいとヒイラギのカップを覗き込んだ。
「これがコーヒーってやつか。なんつーか、すっげぇ黒いな」
「最近南の国から輸入するようになった豆を使った飲み物でしてね。
香りを楽しむのも良いですが、飲むと目が冴えるんですよねー」
「ほーん」
学者だっつってたし、考え事をするのに眠気は邪魔ってことなのかねぇ。
しかし眠いのに無理して起きるのって体に良くなさそうなもんだが、どうなんだか。
そう、オレが覗き込んでいるのにつられてか、じっとコーヒーを見つめていたステラがこてんと首を傾げた。
「コーヒーってどんな味?」
「おや、城では出されないのですか?」
「……たぶん、紅茶しか飲んだ事ない」
「でしたら一度試してみますか? ハマるともう止められませんよ」
なんかそう言われるとヤバそうな飲み物にしか聞こえてこねぇんだが、本当に大丈夫な飲み物なんだよな?
念のため毒が入っていないか魔法で探知していると、丁度婆さんが料理を持ってきてくれたらしい。
運ぶ振動だけでもフワフワと揺れているパンケーキがステラの前に置かれるや否や、ヒイラギがコーヒーの追加を頼んでしまう。
まだステラは飲むって言ってなかったと思うんだが……まぁ、毒も無く、眠気覚ましの成分も大量に飲まなければ問題無さそうだし、何事も経験だしなぁ。
せっかくステラが興味を持ってくれたわけだし、変に横槍を入れてしまわないよう黙っていれば、少しして婆さんが再びコーヒーを持って来てくれた。
「お試しみたいだからミルクも持ってきたけど、良かったかしら」
「おぉ有難い。ミルクは一口飲んでみてから入れるか決めましょうか」
「……コーヒーに入れるの?」
「結構苦いので、ミルクを入れて飲む方も多いんですよー」
ステラはあんまり好き嫌いしない子だからなぁ。
このぐらいの年齢の子供が嫌がりそうな野菜とかも平気で食ってるから、苦いのもそれなりに行けそうではあるが、どうなんだか。
オレ達に見守られる中、ゆっくりコーヒーの入ったカップを手に取り、口を付けるステラ。
そして一口飲んだところで、むっとした表情をしながらカップを下ろした。あー。
「……にがい……」
「ダメだったかぁ」
「ミルク入れてみます?」
「……いい」
よっぽど苦かったらしい。
ステラはフルフルと首を振ってカップをそっと押し、自分から少し遠ざけてしまう。
そんなステラにヒイラギはただ微笑ましそうに目元を細め、ステラのカップへと手を差し伸べた。
「なら、残りはワタクシが頂いても?」
「二杯も飲めんのか?」
「いつも研究所で飲んでますからねぇ。一杯でも二杯でもお任せあれ」
そう言われ、黙ってヒイラギの方へとコーヒーのカップを押し出すステラ。
その表情は若干わかりにくいものの、ホッとしているように見えて、オレは黙ってテーブルへ肩肘を突いた。
なんつーか、あれだな。こういう時ぬいぐるみの体だと、代わりに飲んでやることもできないのがちょいと歯痒いわ。
一緒に頼んでいたスフレパンケーキは口直しに丁度良かったようで、黙々と食べるステラを見守ることしばらく。
綺麗に食べきったステラが紅茶を飲んで一息吐いたところで、青い小鳥が窓の外に止まった。
どうやら護衛の兄ちゃん達も無事に合流できたようだ。
店から見えない位置へと飛んでいった青い小鳥が、空へと融けるように消えていく。
その光景を見ていたのか、偶然か。
ヒイラギが残っていたコーヒーを一気に飲み干し、ニコリと微笑んだ。
「さて、この後ワタクシは魔法研究所へ戻りますが、お二人は如何なさいます?
もし気になるのであればご案内しますよ」
「魔法研究所ねぇ……」
「基本的に関係者以外立ち入り禁止ですが、今ならワタクシの協力者として入れますのでね。
滅多に無い機会ですよ? いかがです?」
「来てほしいなら素直にそう言えば良いんじゃねぇの」
「えへ」
なんか妙だなーと思ったら、やっぱりお前さんが来てほしいだけじゃねぇか。
あと、かわいこぶっても図体のデカいお前さんじゃ似合わな過ぎて変なだけだぞ。
「あの魔道具、すぐに直るの?」
「どうでしょう? とりあえず作ってくれた同僚に見せない事には何とも」
「ん? お前が作ったんじゃなかったのか?」
「それがワタクシ、魔道具の作成はどうも苦手でして。
それにその同僚は魔道具の開発を主としているので、つい頼んじゃうんですよねー」
わざわざヒイラギが飛びやすいように風を調整する魔法だったから、てっきりヒイラギが自分で作ったと思ってたんだが、どうやら製作者は別だったようだ。
翼を持つ者にとって風は空を飛ぶのに重要な要素だろうし、何よりあの暴風の中へ飛び込むための魔道具だったわけだろ?
それを他人に任せられるってのは、よっぽどその作り手を信頼しているってことなのかねぇ。
一体どんな人物があの魔道具を作ったのか。
ちょいと気にはなるものの、ステラの意思が一番だと様子を窺えば、ステラは小さく首を傾げていた。
あー……こりゃあちょいと気になってそう、か?
「そうだなー、時間もあるし行ってみても良いけど、ステラはどうしたい?」
「……行ったら、ヒイラギは嬉しい?」
「えぇ! それはもう!
お二人の魔法はそれはもう見事な物でしたからね! 是非一度我が魔法研究所の魔導を見て感想など聞きたく思っておりまして! えぇ!」
「わ、わかった。行くよ」
「ありがとうございます!!」
お前さん、単にオレ達が魔導とやらを見てどう思うか知りたいだけだろ。
ここまで明け透けだとむしろ清々しいなーと思いつつ、驚きながらも頷いているステラの代わりに、ヒイラギの額を軽く押し返してやった。
誘ってもらえるのは良いんだが、そう前のめりになってくんなっての。近ぇわ。




