暴風の中へ
亀裂を貫くように、強風が結界の中へと入り込む。
突然襲い掛かった風は目を開けていられないほど強いもので、流石のトバリ族も体勢を維持できなかったらしい。
ヒイラギの翼が大きく反り返り、それに伴いオレ達の体も傾いていく。
どうにか体勢を整えようと翼に力を込めているのが伝わってくるが、この状況でそんな猶予など与えられるはずもなく。
ガラスが割れるような音と共に結界が砕け散り、オレ達の体は荒れ狂う風の中へと放り出されてしまった。
「っ!?」
「お、落ちますぅ!!」
「だろうなぁ!!」
悲鳴じみた宣言が響くよりも先に、魔法を使ってオレ達の体を結び付ける。
これでバラバラに飛ばされるのは避けられたが、翼を持つ者にとって風の影響は良くも悪くも大きいのだろう。
轟々と耳を掠める風の中、ヒイラギが翼をどうにか動かそうとしているが、まともに動かせないまま重力に従い地上へと落ちていく。
まだ相当距離はあるが、このままでは上手く着陸できずに地面に衝突してしまう。
そうなる前にオレは手を伸ばし、ヒイラギの腕ごと魔道具を引っ掴んだ。
「ロア殿!? 何を……!」
「良いからじっとしてろ!」
突然翼の付け根を掴まれ驚いているが、構わず魔道具を握りしめる。
魔道具の仕組みを十分理解しているわけではないが、このヒビさえどうにかすれば魔力の道筋は元通り繋がるはず。
そうすればきっと、結界魔導とやらも使えるようになるだろう。
元在った通りに戻るように、傷口を塞ぐように、祈りを込めて魔力を注ぐ。
魔石の魔力に波長を合わせて、溢れそうな魔力は圧縮して詰め込んで。
そうしてヒビが埋まり始めたところで、オレの予想通り魔道具に刻まれた魔法は発動する状態になったのだろう。
魔力に反応して再び淡く光出した魔道具をそのまま起動させてやれば、先ほどと同じ、強風を防ぐ結界が周囲に現れた。
「なんと! 直したのですか!?」
「無理矢理な! 長くはもたねぇから今のうちに着地しろ!」
「い、今すぐにー!」
再び現れた結界にヒイラギが驚いているが、これはあくまでも一時的なもの。
少しでも魔力が減れば、揺らげば、多ければ、すぐにヒビが広がり結界はまた崩壊してしまう。
だから相変わらず余裕なんて無いのだと声を張り上げれば、ヒイラギは翼を大きく羽ばたかせる。
そして一度、二度、力一杯空を掻き、どうにか軌道に乗れたのだろう。
滑空しながら地上へと近付いたヒイラギは、ドサっと胴体から落ちるように着地した。
「……な、なんとかなりましたねぇ……」
相当負荷がかかったのか、ヒイラギはオレ達を乗せたままその場にパタリと倒れ込んでしまう。
このまま乗ってるのも申し訳ないっつーか、可哀そうっつーか。
とりあえずヒイラギの背中から飛び降りれば、オレに倣うようにステラもそっと降りてくる。
「おーい、大丈夫かー?」
「はー……久々にあんな無茶しましたよ。絶対明日翼痛いじゃないですかもぉ」
意識確認を兼ねて、ヒイラギの目の前でゆらゆらと手を振り反応を窺えば、キツイのは体だけで意識ははっきりしているんだろう。
ヒイラギは深く息を吐いた後、へらりと笑って翼を小さくはためかせる。
流石に心配したんだが、この様子なら放っておいて大丈夫そうだな。
「ステラは大丈夫そうか? 気持ち悪いとか無いか?」
「……びっくり、した」
元々白い肌がちょいと青白くなっているが、幸い吐き気などは無いのか。
オレの問いかけに緩く首を振ったステラは、いつになく強張った声で呟く。
そりゃあ今まで屋敷に籠ってた子供が、空を飛ぶってだけでも驚きだったろうに、それが暴風に襲われて墜落しかけたらそうなるわなぁ。
まずは落ち着かせるべく、ステラに座るよう促す。
しかしステラは座らずに、ヒイラギの方へと近寄っていった。
「いやぁ申し訳ない、まさか魔道具が壊れるとは思いもせず……」
「だい、じょうぶ……ヒイラギは翼、痛いの?」
「ちょこっと痛いですが、これぐらいなら平気ですよ。
心配してくださってありがとうございます、ステラ殿」
さっき痛いと騒いでいたから気になったんだろう。
そっと傍に腰を下ろし、労わるように翼へ手を伸ばすステラに、ヒイラギは余裕たっぷりに笑ってみせる。
そう言い張る割りには倒れたまんまで、一向に起き上がる気配はないんだがな。絶対見栄を張ってるだけだろ。
自由気ままな奴だが、一応大人の意地は持ち合わせてるのか。
ステラは言葉通り受け取っているし、指摘してやる理由も無いので黙っていれば、ヒイラギが話の流れを変えるように口を開いた。
「それにしてもおかしいですねぇ……つい先日調整してもらったばかりなのに、どうして壊れてしまったのやら」
「……まぁ、そういう日もあるわなぁ」
形あるものはいつか壊れるって言うし、壊れたもんはどうしようもねぇからなぁ。
いくら手入れをしていても壊れる時は壊れるし、たまたま運悪く今日がそうだったってだけの話だろう。
「あの暴風をどうにかできねぇなら調査も何もねぇし、今日はもう帰るか?」
「そうですねー。とはいえ、飛べるようになるまで少しお待ちいただきたくはあります」
「おうおう、ゆっくり休め。周りはオレが見といてやるよ」
空から見ていてわかっちゃいたが、王都から随分離れたところまで来ちまってるからなぁ。
来た時と同じように飛んで帰らないと、こっから徒歩じゃどれだけ掛かるやら。
途中までオレが魔法で飛ばしてやっても良いかもなぁなんて考えつつ、周囲に探知を広げながらオレもその場に座り込んだ。




