初めての空は
早速空島に行こうと言われても、そもそもオレ達にとってはどこにあるかもわかっていない場所だ。
そんなすぐに行ける場所にあるのか? 今の時期だとこっからは見えねぇんだよな?
オレだけでなく、爺さんからも呆れた視線が向けられているというのに、ヒイラギはすっかりそのつもりになってしまったらしい。
返事を待たず黒い腕が伸びてきて、オレとステラの腕を掴む。
そしてそのままギルドの外へと向かって勢いよく走り出した。
「わ……!?」
「なっ、こらヒイラギ!! 待ちなさい!!」
ステラの驚いた声と、爺さんの焦り交じりの制止が飛んでいるが、ヒイラギには聞こえていないのか。
ギルド内に居た人々の間を掻き分け進むヒイラギの姿は、どんどん鳥の姿へと変化していく。
空島ってのは名前の通り空に浮かんでるんだよなぁ。
で、こいつは人の姿から空を飛べるだろう鳥の姿へと変わっていってるわけだよなぁ。
もう、そういう事だよな。うん。
この後ヒイラギがどうするつもりか。
ぬいぐるみという軽い体のせいで、宙をぶらぶらと浮かぶしかできないオレにはすぐさま予想がついてしまって。
何があっても対処できるよう、黙って魔力を集めることにした。
「え……!?」
「しっかり掴まってくださいねぇ!」
ギルドの外に出た途端、ヒイラギはステラの手を引っぱり、軽く背負い上げる。
それと同時、もう片方の手で掴んでいたオレの事はぐるんと腕を回して上空へと放り投げて。
あー、空が近いなー。んで地面が遠いなー。なんでオレの扱い雑なんだろうなー。
高く投げようとして変な勢いがついてしまったらしく、ぐるんと回る視界の中、地上で黒い大きな翼が広がる。
それは間違いなくヒイラギの翼で、ステラを乗せたまま強く羽ばたいた一羽の鳥は、空へと舞い上がりながらオレを背中で受け止めた。
「あ、わ、わ」
「お、上手く受け止められたじゃねぇか。ありがとなー」
羽毛に覆われた背中のせいでポフンと跳ねたオレに、慌てて手を伸ばしぎゅうっと抱え込むステラ。
いざとなれば魔法で飛ぶなんて造作もないが、ステラには突然過ぎてそんな事考える余裕が無かったんだろう。
トクトクと速い心臓の音が顔に伝わってくるが、距離を取るよりも先に崩れかけているステラの体勢を整えてやるべく、ちょいと魔法で軽く支えてやる。
「大丈夫か?」
「だ、いじょうぶ……?」
「ったく、ヒイラギ! こういう事するなら先に言え! 先に!」
「えぇ? 先ほど空島へ行こうと言いましたよね?」
「言葉足らずにもほどがあらぁ」
そりゃあ確かに空島に行くって言ってたけども、オレ達了承も何もしてねぇからな。
爺さんが心配していたのが良くわかった気がするわ。
多分これがヒイラギの通常なんだろ? 付き合う側は相当振り回される事になりそうだ。
今からでも手伝うのは止めた方が良いかもしれない。
なんて考えている間にも、ヒイラギの翼は上手く風を掴んだのだろう。
北へと真っ直ぐ向かっていくヒイラギを横目に下を見れば、王都の街並みはどんどん小さくなり、遠ざかっていく。
魔法も使って追い風を起こしてるのか、すげぇ速度出てんなー。
護衛の兄ちゃん達、流石に空までは付いてこられないよなー。
護衛兼監視が対象から離れちまったらどうなるんだろうなー。後で謝っとこ……。
この突発的な遠出のせいで彼らが叱責を受けないことを祈りつつ、ヒイラギの背に乗って空を飛ぶことしばらく。
王都がすっかり見えなくなるほど遠くまで来た所で、青い世界に真白の塊が現れた。
「見えてきましたよぉー!」
「……あれが空島か」
晴れ渡った空の中、ただ一つ浮かぶ巨大な雲の塊。
風に流されていく他の雲と違い、悠然と空を揺蕩うその雲を良く見てみれば、微かに合間から何か島らしきものが見える。
周囲の雲は魔力によって集められているようだ。
そう仕組まれている、というよりは、島から放たれる魔力によって集まってしまったというべきか。
誰かが狙ってそうしたのではなく、どちらかというと自然発生に近いものだろう。
更に島が放つ魔力は雲を集めるだけでなく、風も生み出しているようで、近付けば近付くほどに風が強くなっていく。
まさしく自然の要塞ってやるだろうなぁ。
正直、こんな事になっているとは思いもしなかったわ。
恐らくあの雲の周囲は嵐にも似た暴風が吹き荒れている事だろう。
いくら飛ぶことに自信がある者でも、そんな状況下ではまともに飛んでいられないはず。
このまま近付いても強風に吹き飛ばされるだけだが、どうするつもりなのか。
そんなオレの疑問を知ってか知らずか、ヒイラギは翼の付け根に嵌めていた装飾品へ魔力を流した。
「なんだこれ」
「魔道具ですよ。これでワタクシの周囲に吹く風を調整したんです。結界魔導の一種だそうで」
魔道具に魔導と、あまり聞き馴染みの無い単語が聞こえたが、どうやら魔法の一種らしい。
装飾品から澄んだ緑色の光が溢れたかと思うと、ヒイラギを中心に光の壁が展開する。
それは攻撃を防ぐものではなく、あくまでも術者が飛びやすいように風を調整するための物のようだ。
荒れていたはずの風が穏やかになり、余裕そうにこちらを見たヒイラギは緩やかに翼をはためかせた。
「ワタクシ、見ての通り暴風の中を飛べるほど屈強な翼は持ち合わせておりませんし、なにより飛ぶのってそんなに得意じゃないんですよねー。
なので空島に近付くには、こういった魔道具などの工夫が必須なのですよ」
「あぁ……まぁ、確かにちょいと頼りないもんな」
「否定はしませんが、悲しくはありますからね?」
翼を持たない人からすれば十分立派な翼ではあるが、嵐の中を飛べるかって言われたらそうじゃなさそうだもんなぁ。
了承した覚えはないのに何故か命を預ける破目になっているのもあって素直に頷けば、ちょいと不服そうな声が聞こえてくる。
最初に自虐的な事を言ったのはお前さんなんだが……まぁ良いや。
「ワリィワリィ。それより魔道具を見せてもらっても良いか?」
「構いませんよー。落ちないようにだけ気を付けてくださいね」
ヒイラギの機嫌よりも魔道具の方が気になるので、適当に流して魔道具へと手を伸ばす。
なるほどなぁ……魔石の部分に魔力の道筋を刻み込むことで、指定した魔法を発動できるようにしてるのか。
しかも風を遮断する魔法じゃなくて、わざわざヒイラギが飛びやすい風速になるよう調整してる、と。
結界魔導がどうとか言ってたし、魔法とはまた別の代物なのかねぇ。
流し込んでいた魔力を収めていそいそと元居た場所へと戻る。
そんな中、オレとは違って体は寄せず、ただじっと魔道具を見つめていたステラが、小さく声を漏らした。
「あ」
「どうかしたか?」
「あの、魔道具? ヒビが入ったけど……?」
「おん?」
ステラの言葉に改めて魔道具へと視線を戻す。
目を凝らして良く見てみれば、確かにステラの言う通り、魔道具の核となるだろう魔石の部分にヒビが入っていて。
「……あー、ホントだな。大丈夫なのかこれ」
「…………大丈夫、ではありませんね!」
オレが見ていた時には無かったヒビは徐々に広がっているものだから、とりあえずヒイラギへと問いかける。
すると数秒の沈黙ののち、やけに晴れやかな答えが返されて。
その瞬間、魔道具からピシっと小さな音が鳴り、それに呼応するかの如く、周囲を覆っていた結界に亀裂が入った。




