オレと君と学者と
翌日、まだ眠っているステラを起こさないようこっそりベッドを抜け出す。
考えすぎてあんまり眠れなかったっぽいからなー。別に予定があるわけでもないし、もうちょい寝かしてて良いだろ。
ステラが寝ている間に、オレは朝食の準備やら確認やら済ませるとするか。
物音を立てないように厨房へ向かい、いつものように片隅に置かれていた籠を確認する。
マルス国王にも昨日の件は報告が入ってるはずだが、今日は特に手紙などは添えられていないようだ。
あの男に関わって欲しくなけりゃそう言われるだろうし、好きにして良いって事かねぇ。
マルス国王はオレ達の行動をどこまで許容するつもりなんだか。
そのうち知らないところで逆鱗に触れてそうで、ちょいとおっかねぇや。
考えたところでマルス国王の考えなんてわからないので、これ以上は気にせず食材を手に調理台へと向かう。
そしていつも通り朝食を作りながら考えるのは、今日の予定である。
とりあえずいつも通り洗濯をするのは決まっているが、その後どうするかだよなー。
ステラが答えを出せたなら、あの男に会いにいくという目的ができるが、一晩で答えを出せるかどうか。
まだ悩んでいるようだったら気分転換に街を歩くとかもアリかもしれない。昨日ちょいと稼いだわけだし。買い食いとかした事無いだろあの子。
今後も魔物討伐で稼ぐってなると一応武器の類は持っていたいし、一度値段を確認しに行くのも良いだろう。
となると、一旦街に行くのは確定かねぇ。ステラが元気そうならってのが大前提だが。
昨日の疲れが残っているようなら、無理はさせずに屋敷でのんびりコースだな。
なんて考えていたら、丁度起きてきたらしい。
ステラの魔力が近付いてくるのを感じ、入口の方へと視線を向ける。
するとすぐに寝惚け眼なステラが顔を現した。
「おはよーさん。朝メシできてっぞー」
「……ありがと」
起きてすぐ、身支度を整えないまま来たんだろう。
ちょいとぼさぼさ頭なステラに、つい笑いながら声を掛ける。
いやー綺麗な銀色の髪をしてるもんだから、一種の芸術品みたいになってるわ。後で整えてやるかねぇ。
「ほれ、スープは熱いから気を付けろよ」
「……ねぇ、ロア」
「ん? どした?」
席に着いたステラの前へちまちまと配膳している途中、ステラに呼び止められる。
何か食べられない物でもあったかと一瞬心配になったが、ステラの瞳は真っ直ぐオレへと向けられていて。
昨日まであった揺らぎがなくなっているものだから、オレは手に持っていたサラダをテーブルへ置いた。
「昨日の返事、なんだけど」
「……どうするか決めたんだな?」
「……うん」
数秒ほど時間を掛けた小さな頷きを受け、黙ってステラの言葉を待つ。
ハクハクと、言葉にならない声がいくつか零れた後、ステラは深く息を吸って。
「わたし、あの人のこと手伝ってみたい。
できることがあるなら、やりたい、と思う」
「おう、良いと思うぜ」
きっとステラにとって、これは初めて下した大きな決断になるだろう。
はっきりと告げられたステラの意思にすぐさま頷き返す。
そしてオレは魔法を使ってパパっと配膳を終わらせた。
「んじゃ、早速返事しに行くか」
口では急がないって言ってたが、あの様子じゃ絶対そんなわけないだろうからなぁ。
どうせ大人として余裕のあるフリをしていたとかだろ。
良い心がけだと思うが、そう振舞うならその前からちゃんとしてもらっとかねぇと説得力が無いんだよな。
確かあいつは魔法研究所とやらで働いてるんだったか。
勤め先は知っているためすぐに会えそうではあるが、肝心の魔法研究所とはどこにあるのやら。
一度ギルドへ行ってあの爺さんに聞いてみるのが早そうか?
ステラが朝食を食べている間に洗濯物を粗方済ませ、ギルドへ向かう。
そして爺さんを呼ぶべく受付に向かおうとしたら、受付横に設けられたベンチにあの男が座っていた。おっと?
「おや! 奇遇ですね!! こんにちはお二人共!!」
「お、おう……」
今日も今日とて大きな声で声を掛けられ、嫌でも集まる視線にステラと共にたじろぎながら緩く手を挙げる。
探す手間が省けたのは良いが、なんつーか、偶然会ったと片付けるにはおかしい気がする。
それに周りの視線もなんだか妙なもので、どことなく生暖かい雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
なんだろな。動くぬいぐるみだからとか、怪しい男に声を掛けられて心配しているとかでもなさそうなんだが……一体何なんだ?
おかしな雰囲気につい首を傾げていると、いつの間に来ていたのか。
爺さんが呆れながらその答えを告げた。
「なにが奇遇なんだか。朝からずっとここに居座ってたじゃないか」
「長官殿ったらそれは言わない約束というものではありませんカ!?」
そういうの、待ち伏せって言われてあんまりよろしくない行動とされてるんだが。
一応自覚はあるのか、オレに睨まれソワソワと視線を彷徨わせ始める男。
なるほどね、明らかに誰かを待ってたから、やっと仲間が来たって思われたわけだ。わかりたくなかったかもしれない。
事実この男に会いに来てはいるんだが、昨日と変わらず怪しさ満点なこの男の仲間と思われているとなると、なんだかちょっと複雑な気分だ。
せめて服装をもうちょいどうにかしたら怪しさも減ると思うんだがなぁ。
好みなのか全身真っ黒な服装に対し、指摘してやるべきかそっとしておくべきか。
そろそろ通報されそうな様子の男に対し、爺さんが深い溜息を吐いて拳を男の頭の上へ持っていく。あー。
「イッ、タァアアア!? 何するんですか長官殿!! ワタクシのまん丸頭にたんこぶできちゃうじゃないですカァ!!」
「すみませんね、どうも騒がしくしないと落ち着かないようでして」
「無視は止めてください。悲しくなります」
ゴンッっととても重い音と共に悲鳴が響くが、爺さんは何のその。
抗議の声を無視してにこやかにオレ達へと謝罪する爺さんへ、男はスンっと静かに訴える。
どういう関係なのかさっぱりわからないが、この二人にとってはこれが普通なんだろうか。
背の高い男がじぃーっと真後ろで見つめてきているというのに、全く意に介していない爺さんへつい顔が引き攣ってしまう。
「じ、爺さんはこいつと付き合いが長いみたいだな?」
「あぁ……こう見えて元王城務めだったものでしてね。
魔法研究所とも良くやり取りをしていたので……その頃からの知り合いといったところです」
「ほーん」
きっと爺さんはこの男が騒ぐ度にこうして黙らせていたんだろう。
見た目からどこか頼り無さそうだとか思っていたが、そんな事は無かったようだ。
現にさっきからあの騒がしかった男が静かにしているほどだし。無言で爺さんを見つめているから視界が騒がしくはあるけど。
「それで、お前さんはなんでまた朝からここに居座ってオレ達を待ってたんだ?」
「それはもう、お二人に空島についてお話ししたく!!」
あまりの鬱陶しさに話を振れば、黒い瞳が瞬時に輝きを溢れさせ、満面の笑みがこちらに向けられる。
その変わりように後ろへ半歩下がりかけたが、それより先に鞄から何やら紙の束を取り出した男が詰め寄ってきた。
「興味を持っていただかねば研究など手伝っていただけないと思いましてね!
なのでまずは是非こちらの資料を確認して頂きたいのですが今お時間よろしかったりしませんでしょうカ!?」
「手伝うよ」
「それは有難い! ではこちらの資料を……ん?」
最初に会った時のように、怒涛の勢いで話し出す男へステラが一言告げる。
男からすれば待ち望んでいた答えだろうに、すぐには気付かなかったのか。
構わず話を続けようと資料をめくり始めた手が止まって、不思議そうにこちらを見て。
「今、何と?」
「だから、あなたのこと手伝うよって言った」
ステラが改めて言葉にしたが、理解が追い付いていないらしい。
パチパチと瞬きを繰り返して固まる男へ、オレはちょいちょいと突いてやった。
「おーい、ヒイラギさんよー。
ステラは手伝うっつってるんだが、要るのか要らないのか、どっちなんだい?」
「……い」
ぬいぐるみの柔らかな手で腕を突かれ、ようやく意識が戻ってきたのか。男――ヒイラギが小さな声を漏らす。
そして次の瞬間、飛びつく勢いでステラの前へ進み出た。オイこらステラの手を掴むな。
「要ります要ります! 要りますともぉ!! ほ、本当によろしいのですカ!?」
「うん、良いよ」
「っ……ありがとうございます! ありがとうございます!!」
まるで縋り付くように黒い翼がステラの小さな手を覆い隠す。
こいつ、また変化の魔法が解けちまってるじゃねぇか……よっぽど嬉しかったのかねぇ?
別に研究の成果が出たわけでもなく、ただ手伝うと言っただけなのに、どうしてそこまで喜んでいるのやら。
そんなに人手が足りていないのか、なんて考えながらステラ達を見守っていたら、爺さんがこそっとオレに近付いてきた。
「ロア様」
「どした?」
「部外者が口を挟むのは良くないと思うのですが……本当によろしいので?」
「なんだ、随分と気になるみたいだな?」
興奮してステラへ空島の説明をしているヒイラギには聞こえないようにか、声を潜めて問いかけてくる爺さん。
元王城務めと言っていたし、ステラの行動が気になるのか。
軽く探りを入れてみると、爺さんは目尻を下げて困ったように微笑んだ。
「……あの子の事は小さい頃から知ってますから。
見ての通り、興奮するとすぐに周りが見えなくなる騒がしい子でしてね。
お二人にご迷惑をお掛けしないかと心配なのですよ」
確かに、あの騒がしさは相当なもんだからなぁ。
しかも子供の頃から知っているとなると、そりゃあ心配にもなるだろう。
まるで手のかかる子供を持った親の如く申し訳なさそうにしている爺さんへ、オレは緩く笑い返した。
「ま、ステラが物静かだからな。
一人ぐらい賑やかな奴が居てくれた方が丁度良いんじゃねぇか?」
オレもお喋りってほどでも無かったから、無口なステラと騒がしいヒイラギとで良い塩梅になるだろ。多分。
あんまり煩いようならオレも爺さんみたいに実力行使に出るとしよう。
そう考えていた矢先、ヒイラギは持っていた資料を放り投げ、ステラの手とオレの肩を掴んだ。
「では! 早速空島へ向かいましょう!!」
「はぁ?」
なんだ、もう拳骨の出番か?




