君の変化
話が終わるのを待っていてくれたんだろう。
応接室から広場まで戻ったところで、爺さんに声を掛けられる。
その手には手の平に収まる大きさの小袋があり、聞けば今回の報酬だそうだ。
そういや魔物の素材を査定している時に捕まったんだったか。
爺さんに余計な手間を掛けさせてしまった事を軽く謝罪しておき、報酬を受け取る。
その間にもさっきの騒ぎで気になるのか、ちらほらと視線を感じるものだから、とりあえずその場を離れるべくオレはステラの手を引いてギルドを後にした。
「――ステラー? ちゃんと前見てるかー?」
「……うん」
帰り道、緩く手を引きながらステラの様子を窺ってみるが、随分と考え込んでいるらしい。
紅い瞳は前を見てはいるものの、どこかぼんやりとしていて、若干心配になってくる。
あの男のこともそうだが、そもそも結構歩いてて疲れも溜まってるだろうしなぁ。
こりゃあ、変に寄り道せず真っ直ぐ帰った方が良さそうだ。
できれば依頼で稼いだ金で手紙の一式などを買っておきたかったが、また今度でも良いだろう。
マルス国王に一応確認の手紙を送っておきたかったんだが、まぁ、今回は急ぎってことで護衛の兄ちゃん達に伝言でも頼むとするかね。
それに、そろそろ周りの視線が鬱陶しくなってきたのもあって、帰りたさの方が強くなってきたわ。
屋敷を出てまだ数時間といったぐらいだが、動くぬいぐるみの噂はもう街に広まっているのだろう。
さっきから遠巻きに指差してこそこそと話したりされてて鬱陶しいのなんの。
この姿が相当珍しいのは理解しているつもりだが、オレは見世物じゃないっての。
幸い話しかけてくるような度胸がある奴は居ないようなので、魔法で軽く認識を阻害しつつ、屋敷への道を辿って行く。
そして屋敷を囲む林まで来たところで、魔法を用いてパっと屋敷まで飛んでいった。
詳しくは知らないが、この辺りは立ち入り禁止区域らしいからな。
ご丁寧に見張りも配置しているような場所だし、あまり出入りしているところを見られても面倒なだけだろう。
だから魔法で飛んだわけだが……そもそもこじんまりとはしているが、ちゃんとした林だからなぁ。
手入れされているとしても、正直あの辺りはそんなに歩きたくないんだわ。虫とかいるだろ絶対。
「到着っと、ステラは手ぇ洗って来な」
「……うん」
突然屋敷の前まで飛ばされたというのに、ステラの反応は相変わらず鈍いままだ。
そんな状態でも習慣付いていることはしっかりしてくれるようで、のろのろとはしているものの迷わず洗面所の方へと歩いていく。
そろそろ晩飯の準備を始めないとなんだが……あの様子だと、今日はオレ一人で作った方が良いかもしれない。
また包丁を振り下ろされても困るからなぁ。ぼんやりしてる奴に刃物なんて持たせらんねぇって。
昼に作ったスープが残ってたはずだから、サラダと……あとは肉でもパパっと焼くか。
そうと決まれば早速厨房へ向かい、手早く材料を見繕って調理を始めていく。
魔法も使ってテキパキと進めていると、音か匂いで気付いたのか、ステラが厨房へと入ってきた。
「……手伝う」
「いんや、お前さんはこっちな」
いつものように手伝おうとしたステラを椅子に座らせつつ、魔法で飲み物を淹れてやる。
そのまま目の前に置かれたコップを見て、困ったようにこちらを見てくるステラへニッコリ笑ってやった。
「沢山歩いたし、今日は休憩してな」
「でも……」
「良いから良いから。大人しくそれ飲んでるんだぞー」
料理を手伝わせると危なそうってのもあるが、水分補給は大事だからな。
出かけるってんで水筒は持たせていたが、飲んでるところは見てなかったし。
……もしかして脱水でぼんやりしてたとか言わないよな? オレが魔物を狩ってる時とかに飲んでたよな? え? ちょ、水筒出してみなさい。怒らないから。
慌てて鞄の中から水筒を引っ張りだし、チャプチャプと揺らしてみるが、相当な量が残っているようだ。
えぇ……ほとんど残ってんじゃねぇかこれ……喉が渇いたとかは流石にわかってる、よな……?
単純に色々ありすぎて、飲むタイミングを見失っていただけであってほしい。後でそれとなく探りを入れとかねぇと。
とりあえず、これは古いかもしれないから捨てるとするか……。
そう、水筒を流しの方へと持っていったところで、ステラが小さくオレを呼び止めた。
「……ロア」
「お茶のおかわりか? ちょいと待ってろすぐに持ってくるから」
「違う」
はっきりとした否定に振り返れば、ステラはコップを見つめたままじっとしていて。
十中八九あの事だろうなぁと、水筒を流しに置くだけ置いて、ステラの向かいの椅子へとよじ登った。
「あの学者さんのことか」
「……うん」
よっこらせ、と椅子の上で姿勢を正し、ステラと向き合う。
その頷きは声と同じぐらいに小さくて、優しい声を意識して問いかけた。
「お前さんはどうしたい?」
「……わからない」
所帯無さげな両手でコップを包み、少し震えた声がぽつりと零れる。
瞬きを繰り返す紅い瞳はオレではなく小さく揺れる飲み物へと向けられていて、オレは黙ってその続きを待った。
「あの人と関わって良いのかな。わたしはここにいなきゃいけないのに」
それはきっと、ステラに刷り込まれてきた義務感から出た言葉だろう。
生まれてからずっとこの屋敷で過ごすよう言われてきたステラにとって、それが全てだったからだろう。
外に出かけて誰かと関わるなんて当たり前のことだろうに、外に出かけることも誰かと関わる事も無かったから、迷っているんだろう。
だが、迷えるだけまだ良い傾向だろうか。
関わって良いのかわからない。ここから出て良いのかわからない。
駄目だとすぐさま否定するのではなく、迷うことができる程度には、ステラの心が育っている証だろうから。
その辺りはきっと、乳母とやらのおかげなんだろうなぁ。
資金繰りの件もそうだが、乳母という立場でできる限りのことをしていたらしいオレの贈り主に内心感謝しつつ、言葉に詰まっているステラへ助け船を出してやる。
「少なくとも、お前の親父さんは外出するのもギルドに行くのも許可してくれてるからなぁ。
ご丁寧に紹介状まで用意してくれてさ。
なら、お前が外に行っても、誰と話しても良いって思ってんじゃねぇか?」
「……なんで、急に……」
確かに、いくらオレが許可を取ったとはいえ、今の今まで屋敷で過ごす事を強いていた人物が、外出許可だけでなく紹介状まで用意するなんて変な話だ。
マルス国王の態度の変化は乳母が居なくなったのがきっかけなのか、それともオレという存在がきっかけなのか。
どちらにせよ、渦中に置かれたステラからすれば、たまったもんじゃないわな。
「ロアは、どう思う……? わたしはあの人と関わって良いのかな……?」
「そうだなぁ……」
オレとしちゃあ、ステラにはそういった事も自分で決断できるようになってもらいたいが、相手があの変な男だからなぁ。
学者だと名乗ってはいたが、あそこまでおかしな相手と関わるなんて、普通なら即お断りだ。
だが、オレからすればステラに良い影響を与えてくれそうな相手で、何よりも、ステラは迷っている。
迷っているってことはもう、ステラの中に答えがあるようなものだからなぁ。
できればその答えに自分で辿り着いて欲しいが、どう促したもんか。
トントンと机を軽く手先で叩きながら、オレは口を開いた。
「気になるなら手伝ってやっても良いと思うぜ。
怪しさしかない奴だったが、あいつの魔力は春風みたいな柔らかさがあったからな。悪い奴じゃなさそうだ」
「魔力でその人がどんな人なのか、わかるものなの?」
「ある程度はなー」
ステラもあの男の魔力は感じていたと思うが、魔力の違いまでは気にならなかったか。
首を傾げるステラに、オレは二つの風の塊を作ってみせた。
「祈りと願いが魔法になるように、魔力は誰かの祈りや願いに干渉されるもんなんだよ。
だからそいつが歪な願いを持ってれば、魔力も自然と歪になっちまうってわけ」
始まりはどちらも同じ、小さな風の塊だった。
それが片方はあの男のような柔らかい風に、もう片方は嵐のような荒れ狂った風に変わっていって。
最後には全く異なる風となった二つの魔法に何を感じたか。
ステラは紅い瞳をただ瞬かせた。
「歪な願いって、どんなものなの?」
「あー……誰かを殺したい、とかがわかりやすいかねぇ?
ステラも無暗に生き物を殺してはならないって言われてたんだろ?
それは殺意が魔力を歪ませるからってのもあるんだろうな」
また答えにくい事を聞かれたなぁと、二つの風を消しながらどうにか答えを絞り出す。
なんせ歪な願いなんてものは山ほど存在するものだ。
それこそ魔物が生まれる原因である怒りや憎しみだってそうだし、愛しているからこそ歪む祈りもあるわけで。
だから代表例として、魔力がこの世界に根付いたその時から変わらない理を教えてやる。
ステラにそう教えていた人物が本当にそれを知っていたのかは知らない。
だが、誰かの命を奪うこと――特に同族殺しはその者の魂すらもを歪める行いだ。
多少の歪みは自然と正されていくが、魂の歪みはそう簡単には正せない。
魂の歪みは魔力にも影響され、歪みを強めていくものだが、それを知る者はどれだけいるのだろうか。
もしかしたらちょいと余計な事を教えちまったかもしれないと、若干冷や汗を掻いているオレとは違い、ステラは単純に気になったようだ。
じっとオレを見つめた後、きょとんと首を傾げた。
「わたしはどんな魔力をしているの?」
「そうさなぁ……言葉で表現するなら真っ白、だな。
あの学者さんも言ってたろ? ステラの魔法は清らかだって。
お前さんの魔力はどこまでも澄んでいて、何にも染まってない、まっさらな魔力だよ」
あの学者はオレの魔法を自然だと言い、ステラの魔法を清らかだと言っていた。
その表現には納得しかないが、ステラの魔力に関しては間違いなくこの屋敷に隔離されていた影響だろう。
なんせ外の世界をほとんど知らない上に、関わる人間も限られていたわけだ。
そりゃあ染まる色も何も無いに決まってらぁな。
それより今は魔力のことよりこれからどうするか、考えてもらわないとだ。
逸れてしまった話を戻すべく、コホンと軽く咳払いをしてみせた。
「とにかくさ、返事は急がないっつってたし、ゆっくり考えてみな。
考えるのもステラにとっちゃ大事な経験になるからよ」
「……考えるって言われても、何を考えれば良いのかわからないよ」
「そうやってわかんねーわかんねーって悩むのも経験ってことさ」
今までこの屋敷でただひたすらぼんやりしていたステラにとって、こうやって考えるなんて事はほとんど無かっただろう。
だからこうして猶予がある時には、精一杯悩み、考えてみるのも良い経験になるはずだ。
流石に悩みすぎて辛そうだったら助けるけどな。
今回はもう答えがあるっぽいから、自力で答えを出してもらおうじゃねぇか。
「ほら、色々あって今日は疲れただろ。
腹いっぱいメシ食って、風呂にしっかり浸かって、早いところ寝ちまおうぜ」
「……うん」
期限を決めなかったのはあちらの方なのだから、ステラが答えを出すまで一週間でも一ヶ月でも待たせて良いだろう。
そもそもそこまで掛かるとは思えないしなー。あの男がこの屋敷に突撃してくる前には答えを出せる、とは思う。あの余りある熱量がちょいと懸念点ではあるが。
いくらなんでも国が立ち入り禁止にしてる場所には来ないと思いたいが、どうなんだろうか。
一抹の不安を覚えながら、オレはステラに早めの飯を用意してやるべく席を立った。




