学者の夢
会って早々研究に付き合えとか、ホント、何言ってんだコイツ。
突然の申し出に顔を引き攣らせながら後ろへとずり下がっていると、隣で見守っていた爺さんがコホンと小さく咳払いをする。
「話をするのであれば奥へどうぞ。周りの目も気になりましょう」
そうね、大の大人が子供とぬいぐるみに詰め寄って行ったり、大声で騒いでたりしてたもんね。
主にこの男のせいだが、周囲の視線が痛いほど集まっている状況だ。
これ以上はギルドにも迷惑だろうと、爺さんの案内に従って男と共にギルドの奥へと入れさせてもらう。
案内されたのは応接室のようで、部屋の中心にある広いテーブルを挟み、オレ達がそれぞれソファに腰かけたところで爺さんは静かに去っていった。
正直、こいつとまともに話せる自信がないので一緒に居てほしかった気もするが、爺さんも仕事があるだろうしなぁ。
落ち着いて話せる場所を提供してもらえただけありがたい事だと切り替えて、オレは口火を切った。
「まずは一旦自己紹介といこうか。オレはロア、こっちはステラ。
で、お前さんは一体何者だ?」
「先ほども申した通り、魔法学者のヒイラギです。こちら身分証となります」
怪しまれるのはいつものことなのか。
手慣れた様子で差し出された身分証を確認してみると、魔法研究所と書かれている。
魔法研究所っつーと、あれか。あの計測器を作ったところか。
オレからすると魔法研究所がどれほどの組織なのかわからないが、それなりにちゃんとした組織なんだろうか。
怪しさは何一つ変わらないというのに、何一つ怪しいところは無いと言い張るように堂々としている男へ身分証を返す。
「それで? オレ達に何の研究を手伝えってんだ? 生涯を掛けたってなると、また随分と大層なもんに聞こえるが」
「そうですねぇ……その説明をするには、まずお二人を知ったきっかけをお話させていただいた方が良いかもしれません」
身分証を懐へ仕舞った男は、顎に手を当てながらそう告げる。
研究が何かも、この男がオレ達を知ったきっかけとやらもわからないオレが口を挟んでもややこしい事になるだけだろう。
なので黙って頷き先を促せば、男はにこやかに語り始めた。
「ワタクシがお二人のことを知ったのはつい先日、立ち入り禁止の森で水と火の柱が空へと昇った時です。
一度目の柱はあまりにも自然で、二度目の柱はあまりにも清らかで……一体誰が、と思っていたら随分と可愛らしいことになったものですから、ワタクシは己の目を疑いましたよ」
「あー、うん、アレね。うん」
あれだろ、ステラが初めて魔法を使ったあの時の事だろ。
水と火の柱が、プリティキュートなぬいぐるみがぐるぐる回ってく柱になっちまったやつ。
それなりに派手な魔法だったし、誰が見ていてもおかしくない魔法だったが、こいつも見てたわけね。
大方、あの時の魔法からどんな魔力か覚え、それを頼りにオレ達を探していたってところかねぇ。
相当魔法を使い慣れていないとできない芸当だが、あれだけ上手く変化の魔法を使える男だ。それぐらいの実力はあるだろう。
そんな学者さんがオレ達をわざわざ探し出し、人目もはばからず声を掛けるとは、一体どんな理由なんだか。
わざわざ魔法の話をするぐらいだし、ステラとオレの魔力にでも関係ある話なのかねぇ?
相変わらず怪訝そうにしているオレに対して、何を考えているのやら。
男は頬に手を当て、どこか恍惚とした表情で続ける。
「あれは本当に美しい魔法でしたねぇ。
つい見惚れてしまうほどでしたが……それだけではなく、お二人が魔法を使ったあの日、実は空島に変化が起きたのです」
「空島……?」
「おや、ご存じありませんでしたか」
ステラでも知らない存在らしく、首を傾げてぽつりと呟かれた小さな問いかけに男が軽く目を見開く。
続いて確認するように視線を向けられたので、緩く首を振って答えてやれば、男はそっと窓の方へと視線を向けた。
「空を揺蕩うように浮かび続ける謎の島ですよ。
今から五十年ほど前、突然現れて以来、フォルテリア王国を巡るように上空を漂っているのです。
多くの学者や探検者が調査を行いましたが……分厚い雲と荒れ狂う風に阻まれ、誰一人足を踏み入れたことのない未開の地となっています」
「……そんなもん見えねぇけど?」
「この時期は南の方にありましてねぇ。王都からはあまり見えないんですよ」
空島とやらは時期によっては見えない場所もあるようだ。
窓から見える空には青しか広がっておらず、疑問を呈せば、残念そうに首を振られる。
ちらりとステラの反応を窺うが、いくら説明されても思い当たる存在が無いらしい。
黙って首を傾げているステラと目が合ったので、また緩く首を振っておく。
ま、言葉の通り雲に覆われてるってんなら、もし見ていたとしても普通の雲と区別がつくかわかんねぇしな。
空に島があるなんて知らなけりゃ、ただの雲だと思っても仕方ないんじゃねぇの?
「多くの学者が頭を悩ませる謎の存在。
けれど、ワタクシは確かに見たのです。
お二人があの魔法を使われた後、現れて以来、ただ空を漂い続けたあの空島に、変化が起きたのを」
膝の上でグッと両手を握りしめ、漆黒の瞳がこちらに向き直る。
その瞳には夜空に輝く星のようにキラキラとした希望が輝いていた。
「ほんの少しだけ、風が変わりました。
トバリ族の我々でなければわからない――物心ついた頃から焦がれ続けたワタクシだから気付けた、そんな小さな変化が起きたのです」
風が変わる。そんなの自然では良くあることだ。
天気が変わるのと同じように、風は刻一刻と変わっている。
しかし、その時起きた変化とやらはこの男にとって見逃せないものだったんだろう。
「お二人とは何の関係も無いかもしれません。ただの偶然なのかもしれません。
ですがワタクシは思うのです。これは決して見逃してはならない兆しなのだと」
「兆し、ねぇ」
オレ達が魔法を使った時に起きた小さな変化。
それも鳥の要素を強く持つ、トバリ族だから気付けた些細なもの。
長年研究してきたのなら、その変化は何かの兆しなのだと希望を持つのも当然のことだろう。
探求心があるのは良い事だ。些細な変化を見逃さなかったのも素晴らしい事なんだろう。
だが、何のために空島を研究しているのか。
それがわからない限り、オレは首を縦に振る事はできない。
「お前はどうしてあの島を研究しているんだ?」
「そんなの決まっています! お宝のためですよ!!」
これはまた、随分とはっきり言い切るもんだ。
キラキラとしていた希望は、ギラギラとした欲望へと変わり、熱の籠った声が応接室に響き渡る。
外にも聞こえていそうな声量だが、勢いがついた男はもう止まらないんだろう。
オレが何か言うよりも先に、男は席を立って拳を握りしめた。
「未開の地! それは宝の山であり宝物庫に他なりません!!
突如現れた空の島、何のために空にあり、何のために姿を見せたのか!
それを知るためにあの島を目指した者は数知れず! 諦めた者も数知れない!!
そんな未開の土地が目の前にあるのですよ!? であれば! 何としてもその秘密を解き明かしたいと思うのは探求者の性というもの!!」
要するに、単なる探求心って事だろう。
学者なんて職業に就くぐらいだから、そういった欲求は人一倍強いのかねぇ。
「何にもない、ただの島だとしてもか」
未知の存在に期待を抱くのは本人の自由だ。勝手にすればいい。
だが、それで何も無かった時、この男はどうするのか。
手伝うにしろ手伝わないにしろ、オレ達に八つ当たりされても面倒だ。
その辺りの感情の処理は自分自身でできそうか、試しに問いかけたオレへ、男は満面の笑みを浮かべた。
「それはそれで面白いではありませんか!!
何の変哲もない島が空を漂っている!
一体どのような魔法が施されたのか、一体誰がそのような魔法を施したのか!
ワタクシにとって何も無いことも宝と言えるのです!」
あー、大丈夫そうだわこいつ。無かったら無かったで楽しめる性格してるわ。
それならもうオレから聞く事はねぇかなぁ、とステラへ視線を向ければ、あまりの熱量に驚いていたらしい。
キョトンとしているステラに、男もハッと気付いた様子を見せ、誤魔化すようにコホンと咳払いをして席に着く。
勢い任せに話していたせいで、どこまで話したかわからなくなったのか。
何やらもごもごと言葉を探していた男は、大きく息を吸い込んで改めて姿勢を正した。
「何もワタクシのように四六時中空島について調べてくれとは言いません。
お二人の事情もあるでしょうから、すぐに返事が欲しいとも言いません。
とにかくですね、時々ワタクシの話に付き合って、調査に協力していただければありがたいな、というお話です。
一度考えてはいただけませんカ?」
凄まじい欲求を抱えてはいるが、一応こちらの事情も配慮してくれるらしい。
先程の演説とは打って変わってどこか控えめな申し出に、思わず腕を組んで頭を悩ませる。
別に引き受けても良さそうっちゃ良さそうなんだよなぁ。
これからの事なんて、ギルドでちょくちょく依頼をこなして貯金しとくか? ぐらいにしか考えてなかったし、やる事が無い状況ではあったからな。
それに、こんだけ探求心に溢れる男と関わっていけば、ステラにも何かしら影響を与えてくれそうだ。
あれぐらい熱量を持ってほしいわけじゃないが、ステラにゃもっと自分から色々知りたいって思えるようになってほしいんだよなぁ。
万が一ステラがこの男のような探求心マシマシな子になっちまったらどうしよう。
なんて考えていたら、視線を感じてふと顔を上げる。
きっとどうすれば良いのかわからないんだろう。
戸惑いに揺れる紅い瞳がこちらに向けられていて。
そっと躊躇いがちに手が伸ばされていて。
オレはステラのぬいぐるみだってのに、遠慮してるのかねぇ。
触れるか触れないか、微妙な距離を彷徨っている小さな手をぽんぽんと撫でてやる。
そうだなぁ……オレが決めちまっても良いが、せっかくの機会だ。ちょいと考える時間をもらうとするか。
「んじゃ、遠慮なく一旦持ち帰らせてもらうわ」
「えぇ、是非ゆっくり考えてください」
想定通りの回答だったのか、そう告げて席を立つオレに対して男はすんなりと頷く。
いつまでに返事をする、なんて取り決めの一つもしていないが、それでも構わないらしい。
オレと男の間で視線を彷徨わせているステラに対しても、男はにこやかに微笑んでいるものだから、オレはステラの手を引いて応接室を後にした。




