学者との出会い
定期的に討伐しているのもあるからか、この森には大した魔物は棲みついていないらしい。
魔力に引き寄せられ襲ってくる魔物をパパっと討伐すること小一時間。
計測器を見てみれば、針が半分ほど進んでいた。
ちょくちょく拾った魔物の素材も結構な量になってきたしなぁ。
持って来ていた布に包んでまとめているが、溢れちまいそうだし、ここらで一旦帰るとするかねぇ。
「ステラ、そろそろ帰るぞー」
「わかった」
近くの木の根元に座り、じっと見学していたステラへ声を掛ける。
見学するっつっても、ただひたすら魔法で魔物をぶっ飛ばしてただけなんだがな。
一応ステラが後で真似できるよう、色んな魔法を使うようにしていたが、それだけだ。
それなのによくそんなにじっと見ていられるよなー。オレなら絶対すぐ飽きてると思う。
長居しても魔物に群がられるだけなのもあり、ちょいと急ぎ気味に森を離れて来た道を戻っていく。
門には行きと同じく列ができていて、街から出るより念入りに検問されているのか。
列はオレ達が出た時よりも明らかにゆっくりと進んでいる。
こりゃあちょいと時間が掛かりそうだなぁなんて思っていたのだが、動くぬいぐるみなんてのはとても目立つらしい。
列に並ぼうとしたところで門番に声を掛けられたかと思うと、すぐさま通行許可が下りた。早くて助かるが良いのかそれで。
順番を抜かすようなものだから、列に並んでいた人達から反感を買うかと思ったものの、割と良くある光景なのか。
ちらりと視線は感じるものの、特に文句が飛んでくることも無くすんなりと門を潜る。
そのまま真っ直ぐギルドへ戻れば、オレ達を待っていてくれたらしい。
広場のすぐ目に入る場所に爺さんがいて、オレ達と目が合うと自分の元へ招くように会釈をされた。
「どーも、依頼の報告ってのは受付かい?」
「えぇ、素材もお持ちでしたら受付に申し出てください。
少量でしたらそのまま対応しますので」
そういや街で会ったご婦人方がギルドで素材を渡す時の搬入口がどうの言ってたっけか。
爺さんも少量ならそのまま対応するって言ってたし、あの傭兵みたいに荷台で運ぶほどの量であれば別の搬入口に持っていけって事かねぇ。
今回は小袋一つ程度の量なので、受付でも対応してくれるだろう。
ご丁寧にここからの案内もしてくれるようで、爺さんも一緒に受付へ向かう。
そして促されるまま登録証明書と計測器、素材を包んだ布を差し出せば、すぐに査定を行ってくれるようだ。
少し待つよう告げて作業を始めた受付の兄ちゃんをぼんやり眺めていたところ、何やら強烈な視線を感じて振り返る。
するとそこには全身真っ黒な服装をした眼鏡の男が、何故かこちらを凝視していて――
「――ヤァァっっっと見つけましたぁぁああああ!!!」
「っ、!?」
「なんだぁ!?」
発狂するかの如く、突然奇声が鳴り響く。
咄嗟に声も無く驚いているステラの前に躍り出たが、ぬいぐるみの壁なんて気にならないといったところか。
周りの目も、何だったら制止の声すら上がっていても、男は気にせずこちらへとドタバタ駆け寄ってきた。ホント何ぃ?
「こうして偶然お会いできるなんて何という奇跡! もしやこれが運命というモノなのでしょうカ!?
はじめまして! ワタクシ、魔法学者のヒイラギと申します!! 是非お二人にご挨拶したく!!」
「え、えと……?」
「ど、どーも……?」
口を挟む暇すらない怒涛の言葉の波に押し流され、ステラと二人、訳も分からず顔を見合わせる。
お前さんも知らないよな、うん。オレも知らねぇ。でも向こうはこっちのことを知ってるみたいだな?
だとしても、突然奇声を上げて詰め寄ってくるやつなんてただの不審者でしかないんだが。
とりあえず、魔法で動けなくしてから警備にでも突き出しゃ良いか?
それともギルド内での揉め事になるからギルドの職員に突き出した方が良いか?
どちらでも良いからとにかく拘束しておこうと、魔法を放とうとした時、傍で見ていた爺さんが深々と溜息を吐いた。
「もしやとは思っていたけれど、まさか本当にその方々だったのかい……」
どうやら爺さんはこの男の事を知っているらしい。
緩く首を横に振りながら、頭が痛いとばかりに額に手を当て呆れている爺さん。
そんな爺さんへこいつは一体誰なのかと尋ねようとしたが、それより先にヒイラギと名乗った男が爺さんへと詰め寄っていった。
「おや長官殿! それらしき方を見かけたらご連絡くださいとあれほどお頼みしたというのにどうしてしてくださらなかったのですカァ! ワタクシ毎日仕事を放り出して方々を探していたのですよ! おかげさまで事務局の皆サマからの視線が痛いのナンノ!」
「君がそう興奮するからだよ」
「おっとそれは失礼」
矢継ぎ早に爺さんに詰め寄ったかと思えば、爺さんの一言にパッと自身の手を口元に当てて止まる男。
まくし立てたり急に落ち着いたり、忙しない奴だな……てか、なんか、手が羽になってねぇか?
いつの間に変化していたのか。
気付けば男の腕は黒く艶めく大きな翼に変わっていて。
ひらりと落ちた、まるで鴉のような濡羽色の羽根に、つい視線が向いてしまったところで爺さんが小さく声を漏らす。
「あぁほら、羽根まで落として。お二人が驚いているじゃないか」
「アラアラ、あまりの興奮につい出してしまったようで。失敬失敬」
オレやステラと違って慣れているらしい。
驚く様子も無く窘める爺さんに、男は鋭い嘴を翼で隠しながら軽く頭を下げる。
その姿は鳥のようで、けれど人のようでもあって。
姿を変える魔法があるのはわかっていたが、ここまで良く変えられるもんだと、感嘆の溜息が出た。
「お前さん、人じゃなかったんだな」
「えぇ、トバリ族にございます。
王都にいる時は変化の魔法を使っていた方が色々と便利でしてね。
もしや鳥はお嫌いでしたかな? たまにいらっしゃいますからね、羽毛が駄目な方。すぐに変化しますので少々お待ちを」
古来、魔力を得た生き物たちは多種多様な進化を経てきた。
その中でもどうやらトバリ族というのは、鳥と人の要素を取り入れた種族なのだろう。
変化の魔法とやらを掛け直したのか、パタパタと揺らされた黒い翼が、さらりと風がなびくように人の腕へと変化していく。
その変化の仕方はあまりにも自然そのもので、それだけで相当な魔法の使い手である事が窺える。
詰め寄ってきた時、自分の事を魔法学者だとか言ってたしなぁ。
学者を名乗るぐらいだ。魔法の扱いには慣れてないと研究も何もないか。
だが、慣れているとしても、オレ達に気を遣って姿を変えてくれてるわけだからなぁ。流石にちょいと見過ぎたか。
「気分を害したならすまなかった。
オレもステラも、目の前で姿が変わったやつなんて初めて見たからよ」
「ほぉ、この時代にしては珍しいですねぇ。噂通り、随分と箱入りだったようだ」
軽く謝罪の言葉を告げると、どうやらステラのことを知っているらしい。
ステラへ向け、スッと細められた視線にこちらも姿勢を正す。
もしかしてマルス国王の関係者か。
だとしても、護衛すら関わらないように命じられているステラに対して、こんな大っぴらに近付こうとするだろうか。
一体何の目的か。オレが警戒を強めているにも関わらず、男はにこにこと微笑んだ。
「お二人がお住まいのお屋敷は立ち入り禁止区域にあり、国王陛下の許可がなければ近付く事もできませんからね。
流石のワタクシも国に喧嘩を売るような真似はできませんとも」
その発言はオレ達の警戒を更に強めるだけだというのをわかっているのか。
流石のステラも疑問を抱いていたようで、そっとオレの背中にステラの手が伸ばされる。
「……それで? オレ達に何の用だ」
「それはですねぇ……」
添えるだけだったステラの手を、後ろ手に繋いで男へ問いを投げつける。
すると男はにこやかだった微笑みを、どこか狂気じみた笑みに変え、ずいっと顔を近付け言い放った。
「是非! ワタクシの生涯を掛けた調査にお付き合いいただきたく!」
「……はぁ?」
何言ってんだコイツ。




