魔物の在り方
王都ともなれば随分と広い物で、ちょいと休憩を挟みながら歩くことしばらく。
街を囲うように設けられた壁と、それに見合う大きな門が見えてくる。
門番も控えていて、まるで王城に行った時にも見たような雰囲気だが、どうやらこの先は完全に街の外になるらしい。
ちらっと門の先へと目を向ければ、広大な畑といくつかの民家、そして街道だろう整備された道が続いていた。
方角は間違って無いし、きっと森はこの門を越えた先だろう。
早速通りたいのだが、街と外を区切る門とあってか、門番が一人一人確認しているらしい。
左の門番が目を光らせる中、右の門番の前には何人か人が並んでいて、なんとなく並ばなければならないという圧を感じる。
なんか先頭の商人っぽい人が許可書みたいなモン見せてるんだが、んなもん渡されて無いよな……? ギルドの登録証明書で行けんのかな。
とりあえず並んでみて、無理なら一回ギルドに戻るしかなさそうだ。
ステラと共に最後尾に並べば、案外確認は手早く行われているらしい。
列はゆっくり歩く程度の早さで進んでいき、あっという間にオレ達の番になった。
「次の方ーどうぞー……って、へ?」
流れ作業で確認していたところにこんなプリティなぬいぐるみがくりゃあ、そりゃあ驚くのも当然というもので。
それまで慣れた様子で手早く確認を済ませていた門番が、オレの姿を見てピタリと固まる。
今日何度目かの似たような反応に、やはり動くぬいぐるみは珍しいんだと改めて認識しながら、オレはゆるく手を挙げた。
「どーも」
「ぬ、ぬいぐるみが動いて……?」
「ロアってんだ、よろしくー」
なんか門番達が魔道具だとかなんだとか言ってるが、実際オレってどういう扱いになるんだろうなぁ。
オレとしては普通にしているだけだが、生き物とは言えないだろうし、括り的にはどうなんのかね?
少なくとも魔道具ってやつでは無さそうだよなぁと思いつつ、ギルドの登録証明書であるカードを差し出す。
「ギルドの依頼で森に行きたいんだが、この先で合ってるよな?」
「あ、あぁフィルインの森ですね。この先で合ってますよ。
道沿いに行けばすぐに着くので、そう迷う事も無いかと思います」
オレの言葉とカードに、ハッとした門番が街道を指差す。
良く見れば街道の先に森らしき姿がちょこっとだけ見えていて、確かに迷う事は無さそうだ。
っつーかギルドからここまでの距離より短い気がするんだが。ホントに近場なんだな。
確認もカードで良かったようで、特に止められる事も無く通されたオレ達は、門番に軽く会釈をして門を潜った。
王都に繋がる街道とあって、きっちり整備されているんだろう。
平らな道を歩いて行けば、すぐに森が見えてくる。
これだけ近い森に魔物が棲みついてるってなりゃ、そりゃあ定期的に討伐依頼を出すわなぁ。
なんて森へと近付きながら一人納得していると、オレ達の魔力に惹かれたのか。
奥から淀んだ魔力が漂ってきた。
音は立てずに来ているようだが、その殺意を隠す気なんて一切無いのだろう。
静かににじり寄ってくる魔力はこちらの様子を窺うように茂みに潜む。
ステラもそれが何かはわかっていないが、魔力が近付いて来たのは感じ取れたらしい。
不思議そうにその紅い瞳を森へと向けているのを横目に、オレはステラの前へと歩み出した。
「……そこ、何かいる……?」
「魔物だな。丁度良い」
正直もっと森の奥に入らないと出くわさないかもなーとか考えてたんだけどな。
本来ならちょいと森に近付いただけで狙われるなんてたまったもんじゃないが、今回はステラに魔物とは何か教えなきゃいけない。
こんだけ近付いて来てくれたのはむしろ有難いってもんだ。
魔力もそんなに強く無いし、まずはこいつで勉強の時間とすっかねぇ。
とはいえ隠れたままじゃ教えにくいので、オレは魔法で光輪を五つほど作り出し、魔物へと放った。
【グゥッ!?】
「おーおー、あっけなく捕まったな」
狼を模した魔物なのだろう。
口、首、前脚、後ろ脚、胴体を光の輪で拘束された獣が茂みから浮かび上がる。
怒りを滲ませた唸り声を発し、拘束から逃れようと暴れているが、そんな事で解けるような魔法を使うわけがない。
身動きを封じられ、抵抗すらまともにできない。
そんな状態でも魔物は昏く淀んだ瞳でオレ達を睨みつけ、その牙を、爪を届かせようと藻掻き続ける。
藻掻けば藻掻くほど、足掻けば足掻くほど、光輪はその身に食い込むというのに、自分の身が傷付こうとも暴れ続ける魔物に固まるステラに、オレはそっと口を開いた。
「魔物ってのはな、魔力によって作られた存在なんだよ」
「……どういうこと?」
「祈りと願いが奇跡を形作る。それが魔法だって前に言ったよな?
それと同じで、魔物は誰かの感情を元に形作られる。
言ってしまえば魔物と魔法は本質的に同じ物なのさ」
祈りも願いも、感情を持つが故に抱く物。
そしてこの世界には本来、誰の物でもない魔力が溢れている。
ならば誰かの感情が、揺蕩う魔力に呼び掛け、魔法を引き起こすのも必然だったんだろう。
「怒り、憎しみ、悲しみ。
そういった誰かが抱いた感情が『他者を傷付けたい』という願いとなり、魔物として生まれ落ちる。
そしてその願いを叶えるために、魔物は牙を振るう」
もしも喜びが魔法となったのなら、それは誰かを喜ばせるだけの奇跡になるだろう。
もしも幸福が魔法となったのなら、それは誰かを幸せにするだけの奇跡になるだろう。
だから恨みが魔法となったのなら、それは誰かを傷付けるだけの奇跡となってしまう。
「そもそも魔物に命なんて物はない。ただの現象に過ぎないもの。
火事が起きたら火を消すように、目の前に迫る危険を排除するのはオレ達が生きるのに必要なことなのさ」
自身が傷付くことも厭わず、全てを壊すことしかできない存在。
魔力によって存在するが故に、魔力さえあれば存在できてしまう歪な存在。
生き物の姿を模していながら、生き物ですらない紛い物。
魔法と定義するにも、生き物と定義するにもあまりにも異質とされた存在。それが魔物だ。
だからこそ、魔物を命として見てはならない。
何があろうとも、どんな奇跡が起ころうとも、魔物と共存する事はできない。
ただ破壊をもたらすだけの狂気そのものなのだから。
ただの現象だと、対処する他ないのだから。
だが、現象だと片付けるには、その姿が一つの命にしか見えないからだろう。
戸惑いを露わにオレと魔物の間に視線を彷徨わせるステラ。
難しい事を言っているのはわかっているが、こればかりはきちんと教えておかなければならない。
だからこそ、オレは戸惑うステラを横目に、光の槍を魔物へと突き刺した。
「……体が、消えてく……?」
「元が魔力だからな。肉体を維持できなくなりゃ、ああやって霧散していくんだ」
胴体を貫かれた魔物はピタリと時が止まったかのように動きを止め、肉体の端から残滓となって宙に消えていく。
まるで灰が空へ舞うようなその光景が収まった時、ころんと小さな結晶が転がり落ちた。
魔力が肉体を形作ると言っても、元は誰ともわからない不確かな感情だ。
不安定な祈りではまともな魔法にならないように、不安定な感情だけでは魔物が形作られる事は無い。
それ故、ほとんどの魔物は依り代となった器か、核となった何かが存在する。
きっとあの結晶があの魔物の核だったんだろう。
草を掻き分け、見失ってしまいそうなほど小さな結晶を拾い上げる。
深い青色の結晶は少し淀んだ魔力を宿しているが、この程度なら自然と浄化されていくだろう。
さて、この結晶は素材として売るとして、ちゃんと計測できてんだか。
ちらっと計測器に視線を向ければ、受け取った時と比べ、中心の針が一つ進んでいる。
特に弄ったりしていないし、魔物を倒したタイミングで針が進んだわけだから、計測できてるって事で良さそうか?
依頼にはこの数を討伐してこい、なんて指定は無かったが、たったこれだけじゃもらえる額もたかが知れている。
ここまで来たならもう少し討伐しておきたいんだが、問題はステラの状態か。
魔物が居た場所を見つめたまま微動だにしていないステラの手を軽く引き、その視線をこちらへと向けさせた。
「で、どうだ? やれそうか?」
「……魔物を殺すの、だよね」
「無理なら無理で良いからな。何事も向き不向きってのがあるし」
なんせあの見た目だ。
生き物だと思うな、なんて言われてもすぐにはできないだろう。
自衛のために魔物とは戦えるようになっていてほしいのが本音だが、オレだって無理をさせたいわけじゃない。
そもそもステラの立場なら、無理に働かなくても良いっちゃ良いしなー。
オレが勝手に将来の心配をして、我儘言って付き合わせてるようなもんなんだ。
どうしても無理ってんなら、オレがギルドで荒稼ぎして、将来困らないぐらいの貯蓄を作ってやりゃあ良いだけの事。
顔が青くなったりしていないか、吐き気を催したりしていないか。
軽く目を伏せ考え込んでしまったステラの様子を黙って窺っていれば、ぽつりと小さな声が零れ落ちた。
「……わからない、から……見てるだけでも良い……?」
「おう、無理はしちゃダメだからな」
「うん……」
果たしてわからないのは自分が魔物を殺せるか、それとも魔物を殺す方法か。
どちらにせよ、見学だけでもステラには十分勉強になるだろう。
とりあえず、ちょくちょく様子を見ながらお仕事と行きますかねぇ。気持ち悪くなったりしたらすぐに言うんだぞー。




