ぬいぐるみの実力
爺さんの後を付いて行けば、先程の広場とはまた違う、地面が見えている頑丈そうな作りの広場がオレ達を出迎える。
魔物と戦うこともあるわけだし、屋内の訓練場といったところだろうか。
入口付近にはギルドの職員らしきガタイの良い男もいて、オレ達を見たかと思うと驚きつつも軽く頭を下げてきた。
「アルフォンさん、この方達っすか?」
「あぁ、準備はできているかな?」
「こっちはいつでも行けますけど……」
何が何やらわかっちゃいないのだが、向こうも似たような状況なのか。
こちらに近付いてきた兄ちゃんは、オレ達と爺さんを見比べながら明らかに戸惑った様子を見せている。
歓迎しているとか、ギルド内を案内するってわけでも無さそうだが、今から何をするんだか。
その場にいる全員の視線が自然と爺さんの方に集まった時、爺さんはゆっくりこちらへと向き直った。
「……我がギルドは対魔物専門のギルドにございます。
いくら国王陛下の紹介状があろうとも、戦う術を持たない方を登録させるわけにはまいりません」
姿勢を正し、真剣な眼差しでオレ達を見据えながら静かにそう告げる爺さん。
老人特有の掠れた声には、確かな圧と重さがあり、責任者としての覚悟が窺える。
「オレ達の実力を見たいってことかい」
「そうなります」
「良い心がけじゃねぇか」
なんてったって国王直々の紹介だ。
そんな相手、下手に断れないだろうに、この爺さんはあくまでも実力を見たいと言っている。
権力に従うよりも安全を考える。それが爺さんの――ギルドの在り方なんだろう。
オレ達の見た目が子供とぬいぐるみなのもあるんだろうけどなー。
何も考えずに安請け合いするような相手はちょいと信用しにくいもんだ。
それぐらい慎重に対応してくれる方がこちらとしても安心感がある。
「んじゃ、まずはオレから行くとするか」
訓練用にと用意されている物だろう。
壁際に設けられていた武器置き場から、適当な剣を一本拝借する。
刃が潰されているその剣は、ぬいぐるみの体にはちょいとばかし大きいものの、これより小さいのだと短剣ぐらいしかなさそうだからなぁ。
流石に訓練用の短剣なんて用意していないようだし、相手を務めるだろう兄ちゃんが持ってる武器と同じ武器の方が実力もわかりやすいだろう。
剣を地面に引きずりながら広場の中心へと向かったのだが、まさかぬいぐるみと手合わせする事になるとは思っていなかったらしい。
オレが広場の真ん中まで辿り着いても兄ちゃんはまだ入り口付近で戸惑っているようで、オレはちょいちょいと手招きしてやった。
「遠慮しなさんな、先手はお前さんに譲ってやるぜ?」
正直、フワフワでプリティなぬいぐるみと戦うとか、おかしな光景過ぎるからなぁ。
戸惑うのも無理はないと、わかりやすく挑発してみたところ、一応効果はあったらしい。
怪訝そうに片眉を上げた兄ちゃんは、最後にもう一度爺さんへ確認するように視線を向けてからこちらへと足を進めてくれた。
「……自分も仕事なんで、相手が誰であろうと忖度はしませんよ」
「おう、全力で来てくれや」
そう啖呵を切った手前、口が裂けても言わないが、オレの戦い方って魔法が主体だから剣術とかは見様見真似なんだよなー。
しかもぬいぐるみの体ときたわけだ。負ける気は一切してないけどちょいと心配になるよね。
今のところこの体に不便を感じた事は無かったが、戦うとなるとどこまで動けるのやら。
とにかくやってみるしかねぇよなぁと、剣を担ぎ直したその瞬間、兄ちゃんが地面を蹴った。
隙を狙っての一閃だろう。
素早い動きで迫ってきた切っ先に、体を少しねじり、担いでいた剣で受け止める。
ただそれだけだったのだが、兄ちゃんからすれば驚愕だったらしい。
目を見開いて驚いている兄ちゃんの剣を軽く振り払ってやれば、軽やかな動きで二、三歩飛び退き、距離を取られた。
「今のが全力かい?」
この兄ちゃんの体格からしてもうちょい重い一撃が来ると思ったんだが、なんか、そんなにだったなぁ。
そう、思っていたより随分と軽い一撃だったもんだから、つい問い掛けちまったんだが……もしかしなくともこれ、煽ってる感じになる?
というか、試験的な意味合いもあるんだろうし、そりゃあ最初は手加減の一つや二つしているはずで。
あ、と思った時には既に遅く、完全に煽りと受け取られたらしい。
ピクリと兄ちゃんの眉が跳ねたかと思うと、今度は魔力を練り上げ肉体へと付与し始める。
あの気配は強化系統の魔法だろうなー。しかもあの練り上げ方、本気で来るつもりだなー。
まぁ、そうしてくれる方がこちらも自分の力量を確かめられるという物なので、オレはニッコリ笑ってもう一度手招きしてやった。かかってこいやオラ。
強化した脚力と、ぬいぐるみとの体格差を活かすためだろう。
今度は大きく振りかぶりながら切り掛かってきたので、剣に手を添え盾代わりにしてしっかりと受け止めてやる。
手加減無しの一撃だったからか、兄ちゃんはまた驚いてるみたいだが、こちとら中には綿と魔力が詰まってるんでね。
見た目はプリティでか弱いぬいぐるみでも、ちょちょいと強化してやりゃあこれぐらいできるとも。
とはいえ攻め手を譲る気は無いようで、続けざまに一度、二度と剣が振るわれる。
そして三度目の斬撃が来たところで、ちょいと剣をずらして横へと流してやれば、突然力の方向が変わったからだろう。
体勢が僅かに崩れたのを見逃さず足払いを入れれば、今度はオレが力を入れ過ぎたらしい。
兄ちゃんの体がぐるんとその場で回転するように宙を舞い、ドンと音を立てて地面に落ちたので、すかさず剣を振り抜いた。
「……やっぱし、合ってない武器を使うと手元が狂うな」
きっちり寸止めしたつもりだったが、ぬいぐるみの体では勢いを殺しきれなかったみたいだ。
首にほんの少し食い込んでしまった剣先をゆっくりと降ろす。
一か所だけ赤みを帯びた首を見てみるが、刃が潰されていたため血は出ていないようで、思わずホッと安堵の息が漏れた。
いやぁ……危うく兄ちゃんの首を刎ね飛ばすところだったわ。あっぶね。
実戦ならこれで決着だが、兄ちゃんからすればぬいぐるみ相手でやりにくいところがあっただろう。
剣で切り掛かるっつっても、子供より小さいもんだから、自分の足元に向かってやらなきゃいけねぇわけだからなぁ。
これでオレが普通の相手なら、兄ちゃんももう少し切り合いを続けられていたに違いない。
まぁ、オレの実力なら? むしろもっと早く決着がついてたかもしんねぇけど? もちろんオレの勝ちです。
あくまでも実力を測るための手合わせなのだから、もう二、三回やってみたって良いが、きっと結果は変わらないだろう。
それに、爺さんが実力を見たいのはオレだけじゃなく、もう一人いるだろうからなぁ。
ならばやる事は一つだろうと、オレは剣を地面へと突き刺した。




