第64話:と、まあ、そういった議論の末に、貴女方が保護しているジェンメイでしたか?彼女の起動実験に奇跡をもたらすことを主は御認めになられたのです。
「あー、畜生め!もう治ってるって言ってんじゃん」
入院病棟の廊下で、院内のコンビニで購入したミリタリー雑誌を手に友梨佳は悪態をついた。
「仕方ないのである。内臓にダメージがあったのだから、外から完全に状況を把握できるはずがなかろう。先生が退院に慎重になるのは当然なのである。それにしてもどうしてこの病院には、そのようなマニアックな雑誌が置いてあったのであろうな?」
空中を浮遊する小さなメントルの声に、すれ違う医療スタッフが珍しそうな目を向けた。ダニーといえば慣れたもので軽く手を挙げて挨拶すると、相手は思い出したように会釈を返して去っていった。
「分かんねえけど、誰かの趣味なんじゃねえかな?何冊かあったし、あたしが買ったからって困る人もいねえだろ」
そんな会話をしながら友梨佳はある病室の前に足を止める。患者名のプレートが掲示されていないその病室は、昏睡状態が続いているジェンメイの病室だ。
彼女は扉をおざなりにノックしながら、カードキーをかざして扉を開ける。
「お、愛彩ちゃんに舞ちゃん、来てたのか……って柚木さんまで揃って、一体何の騒ぎなんだ?」
思わぬ先客に驚く友梨佳。愛彩に至っては変身した姿である。
「あ、友梨佳ちゃん!もう大分いいみたいだね。明日退院なんでしょ?この後友梨佳ちゃんの病室にも行こうと思ってたんだ」
「もー暇でしょうがなくてよ、ちょっと顔を出してみたらみんないるからビックリしたじゃねえか。柚木さんがいるってことは、ジェンメイを起こすためにいよいよ何かおっぱじめようってのか?」
「さすがに察しが良いですね。様々検討した結果、千道さんの能力で脳の損傷を回復させてみることになったのです」
「ローザとも相談した。悪いことは特に起きないだろうってことになった」
柚木に続いて愛彩が答える。
「へえ、愛彩ちゃんすごいな!がんばれ!」
「間もなくドクターはじめ医療チームが来ますから、少し待ってください」
◇
間もなく、到着した医療チームがモニタリングなどの準備を整えた。柚木、舞、友梨佳は壁際の椅子に座らされた。
「では千道さん、始めてください」
「はい」
愛彩は巨大な注射器の針先をジェンメイの頭に近付ける。
「クイック・リジェネレイション」
◇
「あれ、ここどこ?」
気付けば愛彩は真っ暗な空間にいた。
「あ、どーも神です」
「え」
声がする方を振り返るが、誰もいない。代わりに、ローザが何か見えないものに押さえつけられてジタバタともがいていた。
「えーと、ローザ何してるの?」
「何って、見てわからないの!?捕まってるのよ!」
「あー、ごめんごめん、愛彩ちゃん。君には僕のこと見えないんだよ。で、この不良メントルは、頭にクイック・リジェネレイションを使うのは禁忌だということを無視しようとしたからこうやってお仕置きしてるの」
「そんな細かいこと、覚えてなかったのよ!」
「いや普通に考えて人の脳を魔法で弄るのはだめでしょ」
「キーッ!分かったから離して!」
奇怪な光景に困惑していた愛彩は、少し遠慮気味に口を開いた。
「えーと、神様?じゃあ、ジェンメイはもう治らない?」
「あ、それは大丈夫大丈夫、心配しないで」
気付くと愛彩の持っていた巨大な注射器は大鎌に変わっていた。服装も、Ver. 1.0の煽情的な赤いドレスになっている。
「特別に奇跡を起こしてあげるから、ジェンメイちゃんの心に巣食っているアンチ・メントルの残滓を、その鎌で狩り尽くしておいで」
「奇跡?」
◇
気付けば愛彩は見慣れないビルが立ち並ぶ街の中にいた。シンガポールである。ただ、そこには人もいなければ車も走っていなかった。
「ここ、どこ?」
愛彩は周囲をキョロキョロと見渡す。
ガシャーン!
「うわ!?」
突然、近くのビルの窓が破れ、2足歩行のパンダが飛び降りてきた。
「オまえ、誰ネ?分かっタ、ワたしの敵ネ!」
パンダはジェンメイの声でそう言うと、ドスドスと愛彩に向かってきた。
「えい」
愛彩は軽い足取りでそれに向かっていくと、ためらわず大鎌を振り抜く。すると、パンダは布を引き裂くように、声も発することなくかき消えた。
「弱い」
愛彩は困惑したように立ち尽くす。しかし、すぐに異変は起きた。
ガシャーン! ガシャーン!
あちらこちらのビルの窓を破り、パンダが飛び出してきたのだ。そして、それらは口々に敵だと叫びながら愛彩に向かってきた。
「あ、そういうこと」
何を納得したのか、彼女は大鎌を次々に振るい、パンダを切り裂いていく。そして何十頭ものパンダを消滅させていくと、やがて、あたりは静まり何も現れなくなった。
「ふー、終わったのかな?」
パンダを切り裂きながらも段々移動させられていた彼女は、今は公園のような空間にいた。
ドドドド
気付くと背後から水が流れる音がする。
振り返るとそこには有名なマーライオンがあった。
「残念観光地って聞いたけど、結構すごい」
マーライオンに近付いた愛彩は、そのすぐ前に黄色い瓶が置かれているのに気付く。
「もしかすると、フラコン?」
マーライオンの台座をよじ登り、よく見れば細い黒い鎖が巻きついている黄色い瓶をつかんだ。
◇
「あれ?病室?」
気付くと愛彩は、ジェンメイの病室に戻っていた。
「千道さん、気が付きましたか?ずっとその場に硬直していましたが、何があったのです?それに、その、黄色い瓶は何ですか?」
医師が声をかける。
「……瓶?」
愛彩が気付くと、横たわるジェンメイの上で空中に黄色い瓶――マーライオンの前にあったものと同じだ――が浮かんでいた。
「愛彩ちゃん、その、衣装が急に変わって……しばらくしたら、光の中からその瓶が現れたんだよ」
舞の説明で、愛彩は自分が現実でも大鎌を持ったドレス姿になっていることに気付いた。そして、自分がすべきことは何なのか、本能的に悟った。
「えい」
宙に浮く瓶に向かって大鎌を振り下ろす。
パキイイイン
瓶に巻きついていた黒い鎖が粉々に砕け散った
【タイトルのネタ元】
カルロ・ゼンの小説「幼女戦記」(オンライン小説版2011~2013年)
第十話の「存在Xよりは、いくばくか理知的な存在」のセリフ「と、まあ、そういった議論の末に、貴女方が開発されているエレニウム95式でしたか?これの起動実験に奇跡をもたらすことを主は御認めになられたのです。」




