第61話:思考力が なんらかの理由に拠って失われたとすれば……人は『欲望』のみに拠って動く獣……すなわちデショーンになるという事です
「舞ちゃんおはよう」
「お、おはよう、愛彩ちゃん。何だか物凄かったよ?」
騒ぎが一段落したところで、愛彩は何事もなかったかのように舞に挨拶した。舞はまだ、目を白黒させていた。
「かおるさんが言うんだ、その人のことがいつも気になってるのは恋か憎悪のせいだって。少なくとも花園先輩のことを憎んではいないから、恋に違いない」
「ふうん、あのかおるさんが言うならそうなのかも?凄いなあ愛彩ちゃん、恋したんだ」
「どうだ。えっへん」
「で、先に告白されちゃっていいの?」
「何か問題が?」
「だって花園先輩、取られちゃうかもしれないよ?」
「それと、わたしの気持ちは関係ない」
「えー!?花園先輩と付き合いたいとか、取られたくないとか、ないの?」
「うーん、花園先輩がわたしと付き合いたいって言うなら別にいいけど……ところで付き合うって何をするの?」
ガタガタッ
舞と愛彩の会話は教室中の注目を浴びていたのだが──ここで数名がずっこけた。
「え……知らないけど……でも愛彩ちゃん、それ、本当に恋?」
「分からない。とりあえず恋らしいということにしてるけど」
「そんなんでさっき、告白に行かせて良かったのかな?」
そんな会話をしていると脇から割り込むように声がかかった。
「大奈さん」
舞は声の主に向けて振り返った。
「深井君?どうしたの?」
舞と目が合うと、深井は息を飲んで目を見開き、慌てて目を逸した。
「ごごご、ごめん。何でもない」
不審な態度に、舞は怪訝そうに深井の様子を見た。傍らの愛彩は、居心地悪そうにもじもじしている。
教室に漂う妙に気まずい沈黙──そんなとき、パーンと出入口の扉が開いた。
「舞ちゃーん!新しいお菓子!」
翔星だ。手にしているのは、ずんだ餅である。枝豆をつぶし、砂糖を混ぜた餡で白玉餅を包んだ品だ。
普通は学校でのお菓子のやり取りは認められていないのだが、舞に限っては変身に備えて糖質を必要とする特性から「合理的配慮」として菓子類を与えることが認められていた。
舞は椅子をガタガタ言わせながら立ち上がると翔星に駆け寄った。
「おはよう翔ちゃん。また新しいお菓子作ってくれたの?ありがとう」
「ずんだ餅っていうんだ。緑色なのは枝豆使ってるからなんだ。高たんぱくで糖質たっぷり。特大サイズだよ!」
「おおー」
「はい、黒文字つけといたから手づかみで食べちゃだめだよ」
「えへへ、ありがとう」
「じゃあね」
「うん。また放課後ね」
皿を持って席に戻る舞。舞の席の近くに立っていた深井は、また舞と目が合うと踵を返し、翔星が去ったのとは反対の出入口から廊下へと駆け出して行った。遠くから、廊下を走るなと注意する加納先生の声が聞こえる。
「変な深井君。どうしたんだろう?」
「わたし、ちょっと様子見てくる」
愛彩が深井を追って出て行くと、教室のあちらこちらにざわめきが戻ってきた。
「うーん、上品な甘み……翔ちゃん天才」
やがて、舞が大きなずんだ餅をもぐもぐしていると窓の外から絶叫が響く。
『ツキアッテルンデショーン!』
《舞ちゃん!深井君、昇降口でデショーンになった》
「舞君、栄養補給は中止だ。すぐに向かいたまえ」
すぐに愛彩からの連絡が入る。ワーヌに促された舞は半分ほど残ったずんだ餅を置いて席を立った。そして、残った餅を名残惜しそうに一瞥すると窓の方へと視線を移す。
「マジカルバーン・シーケンス・イニシャライズ」
変身した舞はそのまま教室の窓を開け、振り返ることなく外へと飛び出した。
◆
『ドーセ、ツキアッテルンデショーン……』
舞が昇降口に着くと、横倒しになってヒビが入ったハートに筋肉質の脚が生えた姿のデショーンが暴れることなく泣いていた。
(どうなってるの?)
困惑した舞が見回すと、変身した愛彩がいた。空中の小さな何か──ジョセフ・マッカーシーが喚き散らしている。
「ヨーゼフ、ジュゼッペ、今度はヨシフですかぁ……絶対ワザとやっているだろうこのバカ娘がぁ!大人をからかうと痛い目を見るぞ!!」
「いちいち覚えてるんだ。執念深いね」
「口の減らないガキめぇっ!おい、ツキアッテルンデショーン!いつまでも泣いていないでこいつを叩きのめしなさい!」
『ドーセ、ツキアッテルンデショーン……』
「まだ泣いてる……変なデショーンだな。これでもわたし、割と自分のことでいっぱいいっぱいなのに、面倒くさいなあ。えい、ワクチン・インジェクション」
愛彩は隙を見て、マッカーシーの尻に注射針を突き立てた。
「ギャー!また毒を……た、助けてくれぇ」
叫びながらマッカーシーはどこかへと飛んで行く。珍妙なやり取りにどうしていいのか分からずにいた舞は、我に返って愛彩を呼んだ。
「愛彩ちゃーん!今のがマッカーシーっていうアンチ・メントル?」
「そうだよ」
『シブタニト、ツキアッテルンデショーン?』
愛彩が答えたのとデショーンが舞を見たのは同時だった。デショーンは泣き止むと、舞の方を向いた。
『ウラギリモノデショーン!』
デショーンがハートに入った亀裂から息を吸い込むと、その体がパンパンに膨れ上がる。そして、そこから一気に空気を吹き出した。
「きゃあ!いたたた!」
その激しい吐息には砂が混じっていたのだ。舞はそれをまともに浴びてしまった。
『ツキアッテルンデショーン!』
ドンドンドン
デショーンは甲高く叫び、地団駄を踏んだ。
「舞ちゃん大丈夫!?」
「ぺっ、ぺっ……もー、砂だらけ……最悪」
驚いた愛彩が声をかけると、舞は半泣きで答える。
「舞ちゃん、千道さん、待たせましたね!」
その時、昇降口から施恩──高機動車椅子モタルドスティードに座った魔法少女テイミングシオンが姿を見せた。
「モタルドスティードのデビュー戦です。張り切っていきますよ!」
恋に揺れる愛彩、困惑の舞、やる気十分の施恩……魔法少女たちは三者三様に、大概チグハグなのであった。
【タイトルのネタ元】
赤坂アカの漫画「かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜」(2015〜2022年)
早坂愛のセリフ「ですが『理性』の源である思考力が 何らかの理由に拠って失われたとすれば……人は『欲望』に拠って動く獣……すなわちアホになるという事です」




