第58話:む……っちゃくちゃ格好いい予感 み〜て〜 み〜て〜
施恩が新型車椅子、モタルドスティードを学校で使用する許可を取り付けた翌日。
「おはようございます、舞ちゃん、千道さん」
「おはよう、施恩ちゃん!」
「おはよー、先輩。ふわぁ〜ぁ」
「千道さん、眠そうですね?どうされたのですか?」
施恩は尋ねながら、車椅子を小刻みに左右にフリフリと旋回させた。
「何だか眠れなかった。心がざわつく」
「何か心配事でもあるのですか?」
「心配事というか、何というか」
「あのね、施恩ちゃん。2年の花園先輩っているでしょ?」
「ああ、オカマデショーンの時の」
「そうそう。その花園先輩と愛彩ちゃんがお互いに好きだとか付き合ってるとか、噂が凄いことになってて」
「付き合ってないよ」
「それは何といいますか、大変ですね。でも、こう言っては何ですが、千道さんはその手の噂を気にする方には見えませんが?」
「確かに、噂が気になってザワザワするのとは違うと思う。だけどよく分かんない」
キーン コーン カーン コーン
話は途中だったが、予鈴が鳴る。施恩の眉間に小さく皺が寄った。
「誰しもそんな日はあるものですが、続くようであれば心配ですね。何かお困りのことがあれば力になりますから仰って下さいね。それでは」
そう言って車椅子をその場でターンさせると2年の教室の方へと走らせる。その途中、チラリと一度、舞たちのことを振り返り、そしてそのまま立ち去った。
「施恩ちゃんの新しい車椅子、格好いいね」
「舞ちゃん、それ、ちゃんと口にしたら堂峰先輩喜んだはず」
「そうだね。後で言おう」
「というか、多分、先輩は舞ちゃんに新しい車椅子を見せに来たんだよ」
「?」
「やっぱり舞ちゃんは鈍い」
「えー」
◇
実際のところ、愛彩の見立ては正しかった。
(舞ちゃんは、このモタルドスティードに気付かなかったのかもしれませんね!)
そんな施恩に対して、ローザは辛辣だった。
「自慢したくて仕方ないくせに、お育ちが良くて言い出せないだなんて滑稽だわ」
図星を突かれた施恩は、顔を赤らめながら黙って口を尖らせた。
◆
「もってもての花園モテ夫!」
「もー、やめろよ」
「モ・テ・夫!」
「違うって!」
「あっ、千道さん!」
「えっ、どこ?」
「うっそでーす!」
「クソが!」
花園君がクラスメートとじゃれている。
紅明はその様子を教室の隅から見ながら囁いた。
「マスチェン、次はあいつ」
すると、紅明の近くに浮遊していたアンチメントル、アノニマス・エコーチェンバーがフッと姿を消し、そして花園君を揶揄っているクラスメートの頭上に姿を現す。引き続いて、黒いフラコンからどす黒い雫を垂らした──が、何も起きない。
「ちっ、またハズレか」
紅明は舌打ちした。
「どこかに思い込みの激しいやつがいると思うのだけど……」
紅明は、花園君と愛彩のことを噂していたり、花園君が揶揄われていたりするのを見る度にこうやって黒い雫を垂らし、デショーン化しないかを確かめていた。だが、デショーン化するほど強く思い込みを抱いている生徒はなかなか見つからない。
「この件でデショーンが現れたら、絶対に面白いことになるのに」
紅明は独りごちながら席を立ち、廊下に出た。
◆
「あんた花園君から離れなさいよ!」
「花園君のことは玲奈ちゃんがずっと好きだったんだよ!横入りしないで!」
「1年生のくせに、魔法少女だからって出しゃばるんじゃないよ!」
「わたし何もしてない」
1年生教室の廊下では、愛彩が上級生3人に詰め寄られていた。愛彩が否定すると、3人はますます激高して口々に彼女を罵り始める。
「やってるやってる……」
そこにやってきた紅明が早速アノニマス・エコーチェンバーを向かわせようとした。だが──
「あら、紅明さん。こんな所で何をなさっているのですか?」
背後から施恩の声がかかる。
「決まってるじゃない。デショーンのスカウトよ。行け、マスチェン!あいつらよ」
それを聞いた施恩は叫んだ。
「皆さん逃げて下さい!デショーンにされますよ!」
「ちょっと何してくれるのよバカ!」
紅明は怒った。廊下にいた生徒たちは悲鳴を上げながら散り散りに逃げ出し、後には困り顔の愛彩だけが残される。生徒の動きが素早く、アノニマス・エコーチェンバーは黒い雫を垂らすのに失敗したようだ。
「丹生先輩、本当に登校してるんだ」
愛彩の声が廊下に落ちる。
「クソっ!」
紅明は悪態をつきながら愛彩と施恩を見比べると、施恩の方へと駆け出して、すれ違うようにその脇を通り過ぎた。
「待ちなさい!」
施恩は車椅子をターンさせるとそれを追いかける。
「マジックウェイク!魔導機関作動!」
そう唱えるとモタルドスティードの各所から青い魔法光が放たれ、一気に加速した。
「紅明ちゃん!?」
教室から舞が顔を出す。上級生に詰め寄られる愛彩を心配して教室の出入口からその様子を窺っていた彼女は、教室に逃げ込んだ生徒にぶつかられて尻もちをついていた。ようやく廊下に顔を出してみれば、既に紅明と施恩はいなくなっていて、どこに行ったか分からなかった。
「堂峰先輩、凄い」
そう呟いた愛彩を、舞は不思議そうに見詰めた。
◇
キュイーン
モタルドスティードは基本的には電動車椅子だが、魔導機関を起動させるとそのスピードは圧倒的となる。学校の廊下という環境を考慮して施恩はスピードを抑えているが、紅明から離されることなく後を追うことができた。
「しつこい!」
紅明は階段を駆け下りる。
「階段に逃げてもムダですよ!」
モタルドスティードはスピードを落とすことなく階段へと突入した。
ダン ダン ダン
その車椅子は階段の上からジャンプすると、車軸を下へと伸ばした。そして接地すれば膝を曲げるように車軸を引っ込めて衝撃を吸収する。有り余る魔導機関のパワーがそんな制御を可能にし、モタルドスティードはバランスを保ちながら階段を3段飛ばしで駆け下りた。
「何よその車椅子!」
「モタルドスティードですよ!逃しませんからね!」
「クソ!メタモルフォーシス・イン・ペッカトリクス・レミニシェンディ……ユビキタス・マリス」
紅明は老婆の仮面を取り出して変身すると、そのまま姿を消した。
「消えられては、どうしようもありませんか……」
施恩は車椅子を止める。
「しかし、このスピードは素晴らしいですね。柄にもなく興奮してしまいました」
施恩はその場でターンすると階段に向かった。モタルドスティードは2つの車軸を交互に階段に乗せて階段を駆け上がる。本当はデショーンに関わる時以外には魔導機関は使わない約束なのだが、今日の施恩は少しだけ「悪い子」だった。
【タイトルのネタ元】
ナガノの漫画「ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ」(2020年〜)
花見でのモモンガのセリフ「む……っちゃくちゃかわいい予感 み〜て〜 み〜て〜」




