第55話:初恋伝説 特攻の愛彩(こいでんせつ ぶっこみのめあ)
ハゼリソウ、青いヤグルマギク、オルレア。葉物としてラベンダー。そんなボタニカルな花束が愛彩の部屋に飾られている。
これは入院中、花園君がお見舞いに持って来てくれたものだった。彼は、オカマデショーン事件の時に愛彩がハゼリソウに興味を示していたのを憶えていて、入院した彼女を心配したのだ。
「ハゼリソウ、咲いたから。華道部の友達に花束にしてもらったけど、綺麗だろ?元気出してね」
「あ、うん、花園先輩。ありがとう」
花園君はほとんど最低限の会話だけをして退出した。
彼の主観では、これは「入院している」という情報に接して、たまたまハゼリソウが開花していたことを思い出したことによる気まぐれな行動だ。
だが、華道部の口の硬い友人にアレンジメントをしてもらい、100均で花瓶になる水差を買い、他の中学生に目撃されにくい時間帯を狙って病棟に行くなど、気まぐれにしては用意がやけに周到だった。
だが、その光景は同室の入院患者の見舞いに来ていた一人の女性に目撃されていた。そして彼女はふたば中学校の生徒の保護者で、たまたま花園君と愛彩の両方を知っていたのだ。
彼女は帰宅するなり家族に報告した。
「ちょっとちょっと!おじいちゃんの病院に行ってきたのだけど、もー、キュンキュンしちゃうことがあって……」
◆
生徒会役員の花園と、1年生の千道とが付き合っているらしい──
そんな噂が流れるのに、ほとんど時間は必要なかった。入院を終えた愛彩は周囲の視線が少しおかしいことにはすぐに気付いたが、なかなかその理由が分からない。それがはっきりしたのはクラスの女子生徒とのこんなやり取りがあったからだった。
「ねえねえ千道さん」
「何?」
「秘密にしておくから教えて欲しいんだけどさ?」
「だから何のこと?」
「…………ここだけの話、花園先輩と付き合ってるって、マジなの?」
愛彩としては寝耳に水である。花園先輩は、オカマデショーン事件でほんの少し知り合い、先日なぜか病室に花束──それ自体は愛彩は気に入ったのだけれども──を持って来ただけの人だ。
「それは事実と違う」
愛彩は言ったが、クラスメートは食い下がった。
「だいたいみんな、そうやって否定するのよ。私は絶対に秘密にするから、本当のことを教えて?」
「そんなことを言われても……花園先輩とは2回しか会ったことがないし」
「2回!?あー、運命って、会った回数じゃないのね!いいなあ……」
(ダメだこれは。話が通じない)
愛彩は困った。嫌いだとでも言ってしまえば誤解は解けるかもしれないが、罪もない花園先輩を嫌いというのもかわいそうなことだ。悩むあまり奇怪なポーズを2つ3つ披露した挙句、彼女はこう言った。
「花園先輩は優しいと思うけど、それ以上のことは何もないよ」
生徒会役員2年の花園和樹は1年生の千道愛彩に熱烈にアプローチしているが、千道はそれを拒んでいる──噂がそう変わったのはすぐのことだった。
◆
「あたっ!」
「どうしたのですか、千道さん?」
「……何でもありません」
嘘である。さっき、愛彩の頭に固く丸めた紙がぶつけられたのだ。彼女は、それを口にしても状況は改善せず、かえって攻撃が陰湿になる可能性があることを知っていた。
「授業をちゃんと聞きなさい」
「はい、ごめんなさい」
クラスの一角からクスクス笑い。英語の教師は、それに気付かないフリをして授業を再開した。
(困ったな……)
花園君は、頼りない印象だが人気の高い男子だ。先日のオカマデショーン事件のとき、後輩が植えた花のプランターを守ろうとしたことでちょっとした英雄になっているのである。
そんな花園君にアプローチされ、あまつさえそれを断ったことが一部の女子の嫉妬を買っている──愛彩はそのことを正しく把握していた。
だが、彼女は恋心というものをよく分かっているわけではなかった。
◆
ガラガラ ピシャーン!
2年3組の引き戸が乱暴に引き開けられる。そして、愛彩の声が響いた。
「花園先輩、いますか!?」
一瞬、その教室は静まりかえった。
「……いる、けど?」
か細い花園君の声が沈黙を破り、そして消えた。再び響いたのは愛彩の声だ。
「先輩、わたしのこと、好きなの?付き合いたいの?」
教室にいた生徒はみな息を詰めて花園君を見た。その顔は茹で蛸のように真っ赤に染まっている。教室を沈黙が支配し、誰もが耳鳴りを感じるほどだった。長い沈黙の果てに、絞り出すような花園君の声が落ちた。
「ごめん、分からない」
他の誰も声を発することはなかったが、教室を安堵と苛立ちの空気が支配した。愛彩はそれを気にすることもなく続けた。
「どうして、花をくれたの?」
また長い沈黙。そして──
「千道さんが入院したっていうときに、たまたま一緒に世話したやつが咲いたから、持って行っただけだよ!何か悪いんかよ!」
最後の方は、ほとんど怒鳴り声だ。そして、一転して沈んだ調子で続けた。
「迷惑だったら、悪かったよ。ごめんな」
その顔面は一転して蒼白だった。これには愛彩も黙り込み、また少しの沈黙。
「迷惑じゃ、ない。先輩ごめんね」
そう言うと、引き戸をそっと閉めて愛彩は去った。
それと同時に大騒ぎとなった教室の片隅では、不良生徒、紅明がシャープペンシルをくるくると片手で器用に回しながら呟いた。
「ふうん、あの二人、こんなことになってるんだ?」
その顔には邪悪な微笑が浮かんでいた。
【タイトルのネタ元】
佐木飛朗斗と所十三による漫画「疾風伝説 特攻の拓」(1991〜1997年)




