第54話:His strongest emotion is fear, and the strongest kind is fear of her exam score.
登校した舞を待っていたものの一つは、先日行われた中間テストの答案返却だった。
「うーん、頑張ったつもりだったんだげど……」
「国語はかなり良い。数学も理科も平均的だから悲観するほどではないだろうね」
「国語は……エディのお陰だと思う」
舞とワーヌが言い合っていると、愛彩がやってきた。横紋筋融解症で入院していた彼女は、昨日から学校に復帰していた。
「どうだった?」
「いまいち。良かったのは国語だけ」
「そっか。わたしは逆に国語がだめだった」
「愛彩ちゃん、暗記系が凄いもんね。いいなあ」
「でも舞ちゃん、わたしがバツだったところほとんどマル貰ってるよ?」
舞は自分と愛彩の国語の答案を見比べた。
「本当だ!二人でテストを受けたら最強なのに」
「そうだね。それより、舞ちゃん塞ぎ込んで休んでたみたいだけど、ちょっと元気取り戻したみたいで良かった」
「うん、もう大丈夫……というのは違うけど、甘い物食べたら少し元気出た」
「また、かす巻き食べる?」
「えへへ、ありがとう」
すると突然、愛彩は舞に顔を近付けた。不意の接近に舞の頬がパッと紅く染まる──が、愛彩の表情が真剣なのを見てゴクリと唾を飲みこむ。
「ところで、紅明先輩のこと、聞いてる?」
「……あの後、何かあったの?」
「あったというか……学校来てるんだって。わたしはまだ会ってないけど」
「もしかして、紅明ちゃん、元に戻ったの!?」
舞は嬉しそうな声を上げる。しかし、愛彩は静かに首を振った。
「それが……何か不良みたいになっちゃったみたい。施恩先輩から、傷付くようなことを言われたり嫌がらせされたりするかもしれないから気を付けてって言われた」
「……そうなんだ……でも、学校に来なくなっちゃうよりは、いいんじゃないかな」
「そうだね」
そのとき、遠くから大声が聞こえた。
「デショーンだ!逃げろ!」
翔星の声だ。
「翔ちゃん!」
「行こう!」
二人が廊下に飛び出すと、男子トイレから破壊音がし、それに続いて狐面を被った身長2mほどのデショーンが姿を現して吠えた。
『カンニングデショーン!』
◇
「マジカルバーン・シーケンス・イニシャライズ!」
《変身シーケンスレディ、イニシャライズ……コンプリート。バーニングマイ、スタンディングバイ》
「マジックジーン・シーケンス・イニシャライズ」
《変身シーケンスレディ、イニシャライズ……コンプリート。ジェネティックメアVer.1.1、スタンディングバイ》
二人が変身すると、デショーンは廊下を歩きながら叫んだ。
『ダイナ、ドーセ、カンニングデショーン!』
「えっ、私?」
舞が驚くと、デショーンを追うようにアンチ・メントル、ジョセフ・マッカーシーが姿を現す。
「どうやらその少年の中ではそういうことらしいですなあ、バーニングマイ。あなたの国語の答案を盗み見て、自分より良かったことが信じられなかったそうですよぉ。バカっぽいくせに、分不相応に高得点を取るとは何という意地悪な娘なんだろうねぇ?」
「舞ちゃんはカンニングなんてしない。えーと……ヨシフ?何でわたしたちの学校に来た?」
「絶対にワザと名前を間違えてるだろう、ジェネティックメア!?話の腰をへし折りおって……カンニングデショーン、お前みたいな弱そうなデショーンに期待してもいないが、精々嫌がらせしろ!」
『カンニングデショーン!』
デショーンが吠えるとマッカーシーはあかんべえをしながら虚空へと姿を消した。
ドスドス
突進してくるデショーン。舞は体内の化学反応を加速してデショーンと組み合い、それを止める。
「クイック・リアクション!愛彩ちゃん、さっきのがジョセフ・マッカーシーっていうアンチ・メントル?」
「うん。舞ちゃん、そのデショーン、弱そうだけど手伝う?」
「クイック・リアクションするとお腹空くから、手伝ってくれるなら助かるかも?」
『バカニスルナ、カンニングデショーン!』
デショーンが怒って舞を押し込もうとする。だが、舞はビクともしなかった。
「ジェノム・エディター、ゴリラ・リムズ……えい!」
愛彩が四肢をゴリラに変えてデショーンに飛びかかり、デショーンの頭を叩き据える。
『イタイデショーン……』
デショーンはひっくり返り、あっさりと黒い靄を噴き出した。
「弱いなあ。あ、本屋君だったんだ」
倒れていたのはいつも教室の隅で本ばかり読んでいるせいで本屋とあだ名されている男子生徒だった。
「愛彩ちゃん強い!」
「かおるさんより強い舞ちゃんほどじゃないよ」
「このデショーンが弱かったんだよ。自分よりテストができるからカンニングしてるだろうだなんて、偏見のレベルが低いからかな?」
「何だかかわいそう」
二人は困ったように、靄を噴き出す「本屋」君を見下ろした。
◆
1年生の教室でデショーンが出たらしいという話が2年生の教室に伝わってきたとき、施恩は親切なクラスメートに声をかけられた。
「堂峰さん、いつもの車椅子じゃないから戦わないんでしょ?私が押すから一緒に避難しよう?」
「ありがとうございます。でも、少しやることがあって……そうですね、3組まで押していただけますか?」
「3組って……あ、丹生さんか!行こう行こう」
◇
「ありがとうございます、丹生さんは……中にいますね。もう大丈夫なので、避難してください」
「分かった、気をつけてね」
親切なクラスメートが去るのを見届けて、施恩は3組の教室に入る。全員が避難した無人の教室で、紅明は机の一つに行儀悪く腰掛けていた。
「あれぇ、逃げないのぉ?その車椅子じゃ、ろくに戦えないくせに」
「今起きているデショーン騒ぎ、あなたの仕業なのですか?」
「知らないわぁ」
「どうだか……妙なことをしないか、監視させていただきますよ」
紅明は施恩を無視してスマホを触り始めた。施恩は行儀良く座ったまま、騒ぎが収まるまでその様子をじっと観察していた。
【タイトルのネタ元】
H.P. Lovecraftのエッセイ「Supernatural Horror in Literature」(1927年)の一節
The oldest and strongest emotion of mankind is fear, and the oldest and strongest kind of fear is fear of the unknown.




