第51話:俺の顔を見忘れやがったか!
初めて魔法少女として戦った翌日。
友梨佳は今日も登校できなかった。それどころか、朝、布団から出ることすら拒否した。
恥ずかしいパジャマ姿を学校で大勢に見られたからである。
とはいえ、人間はずっと布団の中にいることはできない。どうしてもトイレに行きたくなった友梨佳――着ているのは、昨日、学校に迎えに来た母親に無理を言って買わせた無難なデザインのパジャマである――が階段を降りると、洗面所には父親がいた。
「ももももも、ももも。もももも」
「……おはよう、パパ。歯磨きしながら喋っても分かんないよ」
そしてトイレを済ませると、歯を磨き終えてヒゲをそっていた父親はその手を止めて言った。
「友梨佳、どんな魔法少女になったのかと思っていたけれども、よく似合ってたね。あんなに可愛い魔法少女、他にいないんじゃないか?良かったねえ」
友梨佳は首を傾げた。
「どうしてわたしがどんな格好をしていたのか分かるの?」
「動画や写真がSNSに上がってるから」
「えっ、見せて!」
友梨佳は父親が操作したスマホを覗き込んだ。昨日、学校に向かうために道路を低空飛行していた様子が動画になって投稿されている。
それを見た友梨佳の顔がみるみるうちに真っ赤に染まった。
「パパ、それ消して。恥ずかしいよ」
「無理だよ、パパが投稿したんじゃないんだから。それに可愛いからいいじゃないか」
「パパのバカ!嫌い!」
友梨佳は怒って階段を駆け上がり、部屋に籠もった。
父親は電気シェーバーとスマホを取り落とした。シェーバーは壊れた。
◆
トントントン
「友梨佳君、入らせてもらうのである」
「……」
返事のない部屋にダニーが入ると、友梨佳はベッドで布団を被っていた。ダニーは一方的に話を始めた。
「昨夜ご両親と話をしたのである。魔法少女協会という所から連絡があったそうで、夕方に色々と話をしに来るのである。ご両親は少し早めに帰って来られるそうなのである。ちゃんと着替えをしておいたほうがいいのである」
布団がモゾモゾと動いた。
「何でもそなたはこれまでで最年少の魔法少女なのだそうなのである。その関係で、色々と話し合いが必要らしいのである」
「……魔法少女、もうやだ」
布団の中からくぐもった声がすると、ダニーは眉を下げた。
「それは困るのである。昨日の連絡では、デショーンは立て続けに同じような場所に出現しやすいということだったそうなのである。それで、そなたが何度も戦うことになるだろうから、色々調整が必要だということなのである。そなたが魔法少女を止めたら、デショーンが野放しになってしまうのである」
「なんでわたしなの?恥ずかしいし、いやだよ」
友梨佳は布団から顔だけを出した。ダニーはベッドの端に腰を下ろした。
「魔法少女には資質があるのである。それが、真理への探究心と偏見を許さない心なのである。吾輩はそなたのそのような資質を頼りにここに来たのである。もっとも、その資質は今にも失われそうになっていたので大変焦ったのである」
「ええー、そんなの他の子でも持ってるでしょ?」
「そうでもないのである。この世の人のほとんどは、自分で物を考えることができず、簡単に正解を知りたがるのである。それで、物事を簡単に決めつけてしまう、それが偏見なのである。そなたは、答えを知ることよりも、なぜそうなっているのかを知ろうとする娘なのである。これはそなたが思うよりもずっと稀有なことなのである」
ダニーがそう言うと、友梨佳は起き上がって布団を2つに折りたたんだ。
「出てって」
「吾輩は信じているのである。そなたはまた戦ってくれるのである」
ダニーが言い募ると、友梨佳は怒った。
「これから着替えるの!」
「それは失礼したのである」
ダニーは慌ててベッドから飛び立つと、部屋を出て行った。
◆
着替えを済ませた友梨佳がパジャマを持って1階に降りると、ダニーはリビングでテレビを見ていた。ちょうど、番組が始まるところである。
暴れん坊銭形
(メントルって、テレビとか見るんだ……)
その様子を横目に、パジャマを洗濯機に入れるためにリビングを横切る。戻れば今度は冷蔵庫を開けて、用意されていた昼食を取り出して電子レンジで温めた。
「ダニーはご飯、要らないの?」
「メントルはプロトジェの魔力で作動しているのである。食事は不要である」
「ふうん。いただきます」
少し遅めの昼食を食べながら、何となくダニーが見ている番組を眺める友梨佳。やがて食事を終えた彼女は食器を洗い、それが終わるとダニーの隣に座った。
『俺の顔を見忘れやがったか!』
『はて、お前の顔など知らぬのう……』
テレビ画面では時代劇のヒーロー、銭形次郎長が啖呵を切っていた。そして、江戸を締める博徒の親分、次郎長が大勢の子分を平伏させるシーン……
『は……次郎長親分!』
慌てて平伏する小悪党。そして(ドラマの尺の都合もあるので)早速手のひらを返す。
『くくく……天下の銭形次郎長親分を斬れば、この脇坂役右衛門こそ江戸の親分よ……野郎ども、やっちめえ!』
立ち上がる小悪党、脇坂役右衛門。その眉間に寛永通宝が1枚突き刺さる。銭形次郎長が投げ銭を放ったのだ……
(かっこいい!)
友梨佳のまだ幼い感性に、そのシーンは強烈なインパクトをもたらした。魔法少女として戦う力を得た彼女にとって、それはほとんど初めて見る、戦士の手本だったのだ。
昼下がりの再放送で目にした「暴れん坊銭形」を動画配信サービスで検索すると、何と、実にタイミングが悪いことに全話無料配信のサービス中であった。登校拒否の彼女の慰みにと、動画配信サービスの利用が許されていたのがいけなかった。
そして、第1話から視聴を始め、4話目を観ている最中に魔法少女協会の来客があった。夢中で暴れん坊銭形を観ていた彼女は、来客にそれを邪魔されて機嫌は最悪であった。
【タイトルのネタ元】
テレビ朝日制作の時代劇「暴れん坊将軍」(1978〜2002年)
吉宗の決め台詞「余の顔を見忘れたか!」




