第50話:君がッ 訂正するまで 殴るのをやめないッ!
友梨佳が小学校に着くと、校庭では大勢の児童が騒いでいた。
「化け物だ!」
「逃げろ」
「デショーンっていうんだよ」
この頃、デショーンの出現はまだ珍しく、友梨佳の町ではこれが初めてのことだった。デショーンの実在性すら疑問に思っている人も多く、小学校でも特に対策は考えられていなかった。
だから、デショーンが暴れ始めたのを見た児童は勝手に校舎の外へと逃げ出し、教職員は児童を守ろうという使命感だけでデショーンに立ち向かっていたのだった。
「あっ、魔法少女だ!」
友梨佳が校門に姿を現すと、児童の1人が指さして叫んだ。その声を聞いた途端、友梨佳のエンジンはパワーを失い、彼女はストンと着地して立ちすくんだ。
叫び声に反応した児童が何人も、校門に向けて走ってくる。
「助けて!」
「デショーンをやっつけて!魔法少女!」
「う……」
友梨佳は返事をしようとしたが声にならない声しか出せない。足も、地面に縫い付けられたように動かない。
《友梨佳君、しっかりするのである》
ダニーの励ましも効果なく、彼女は心ごと凍りついてしまったようだった。
『算数女!』
『助けて!』
『キモいんだよ!』
『魔法少女!』
目の前で助けを求める児童と、友梨佳をいじめたクラスメートの姿がオーバーラップする。
(怖い……)
友梨佳の膝が、カタカタと小刻みに震えはじめた、その時。
バシャーン! 「キャー!」 『ドーセ!カンニングデショーン!』
校舎の3階の窓ガラスが破れ、児童の悲鳴とデショーンの絶叫が響いた。
――どうせ、カンニングでしょう!?
その言葉を聞いた友梨佳は呆けたように破れた窓を見た。そして、脚ばかりか全身がふるふると震え始めた。
「……してない」
校門にたどり着いた児童がそのつぶやきを聞いて、思わず1歩後ずさる。
「してない。カンニングなんて、してない……自分ができないからって、カンニングとか、言うなあっ!」
キイイイイイィン
ジェットエンジンがパワーを取り戻し、ノズルから吹き出すガスが陽炎に揺れる。友梨佳は顔を紅潮させて窓をにらみながら、ふわりと宙に浮いた。
《あれは許されざる存在である。能力の高い者を妬み、不正であると主張する……友梨佳君、その怒りこそ、そなたの中に眠っていた激しい渦なのである。そしてそれは、吾輩の怒りそのものでもある。往くのである!!》
「うん。許さない。行こう」
ギューン!
友梨佳が窓に向かって一直線に加速すると、激しい風が巻き起こった。
「うわあ!」
一番近くにいた児童が、驚いて尻もちをついた。
◇
ガシャン!ガシャン!
『デショーン!カンニングデショーン!』
「キャー」「うえええん」「嫌ーっ」「しっかり押さえて!」
3階の廊下では、カンニングデショーンが教室の扉を開けようと暴れていた。扉の向こうでは机が積み上げられ、児童と教諭が懸命にそれを押さえている。
「止めなさい!」「扉から離れろ!」
男性教諭が2名、不審者対策用のさすまたを構えている。その背後では、ケガをした教諭を別の職員が引きずって退避しようとしていた。
割れた窓から友梨佳が進入したのは、さすまたを構えた教諭たちとケガをした教諭の間だった。
カンッ!
友梨佳が着陸すると、澄んだ足音が廊下に響く。
デショーンに対峙していた教諭たちは驚いて思わず振り返り、デショーンは扉に手をかけたまま友梨佳の方を見た。
友梨佳はケガをした先生がいるのに気付いて心配そうにそちらを確認した。彼らは事態がよく分からず唖然としているが、どうやらケガの程度は大した事なさそうだ。
それが分かると彼女は表情を引き締めてデショーンの方を向く。
「先生、3年2組の伴地です。あれを倒しに来ました」
「どうやって入ってきたか知らないが、危ないから離れなさい!」
教諭の1人がそう言ってさすまたをデショーンへと向け直す。デショーンはその様子を見て、扉から手を放した。
『バンチ……オマエ、カンニングデショーン、サンスウオンナ!』
「うるさいっ!!自分ができないからって、人がカンニングしたとか言わないで!バカ!」
『デショーン!』
「先生どいて!」
デショーンが扉から離れてドスドスと友梨佳に向けて歩き出すと、友梨佳も先生を押しのけてそちらに向かった。
『ドーセ!カンニングデショーン!』
「してない!」
友梨佳はオールを短く持ち替えると素早く振り抜いた。
バチィイン!
オールの平らな面がデショーンの顔面を激しく叩く。
『イタイデショーン!』
デショーンは片手で顔を覆うと、もう片方の手で友梨佳に殴りかかってきた。
ガキイン! 『デショーン!』
叩き据えるように振るわれた拳は狙いを外し、友梨佳の肩を覆う頑丈な装甲を直撃した。妙にしっかりした装甲は逆に、デショーンの拳を痛めつけた。
『イ、イタ、イタイデショーン……』
デショーンはその拳を見詰めながら後退して友梨佳と距離を取った。
《相手は自滅したのである。畳み掛けるチャンスである。加速魔法、ラピッド・ストリームを使うと良いのである》
友梨佳はオールを槍のように構えた。
「訂正して。わたし、カンニングなんてしてない」
『デモ、カンニングデショーン?』
ぽたり、ぽたり
廊下に友梨佳の涙がこぼれた。構えたオールの先が小刻みに震えた。
「どうして?なんでそんなこと言うの?もう嫌い。大っ嫌い!ラピッド・ストリーム!」
空中に緑色の矢印が出現する。友梨佳は不自然に加速してデショーンに突進した。
『デショーーーーン!!』
ドガアアアン
デショーンは後ろへと吹き飛び、廊下の突き当りに大穴をあけて外へと放り出された。友梨佳はそれを追って駆け出す。
「待ちなさい伴地さん!」
制止する男性教諭の声を無視して空中に飛び出した彼女が下を見ると、職員駐車場の一角に黒い靄の塊のようなものが見える。
《あれはデショーンが倒されて、人間に戻ろうとしているのである。そなたの勝利なのである》
友梨佳は空中でホバリングしながらその様子を観察していたが、やがて職員駐車場へと降りていった。そして、黒い靄を噴き出す須藤のすぐ近くに降りると、無言でオールを振り上げる。
《いかん、止めよ!変身強制解除!》
「どうして!?邪魔しないで!」
変身が解けた友梨佳は悲鳴のような叫び声を上げた。そして、須藤に馬乗りになって顔面に拳を振り下ろした。1発、2発、3発。須藤は失神したまま殴られるがままだった。
「手が痛い。うわあああん……」
友梨佳は殴るのを止めて泣き出した。拳よりも、心が張り裂けそうに痛かった。
◇
そして彼女は気付いていなかった。
日曜日の朝に放送されている、人気の女児向け番組のキャラ物パジャマ――その格好を、かなりの数の児童や教職員に目撃されていることを。
【タイトルのネタ元】
荒木飛呂彦の漫画「ジョジョの奇妙な冒険」(1986年〜)Part 1「ファントムブラッド」
ジョナサン・ジョースターが爆発的な怒りを見せたシーン「君がッ! 泣くまで 殴るのを止めないッ!」
ダニエル・ベルヌーイが生まれたベルヌーイ家は3世代で優れた数学者を8人も輩出しました。彼の父、ヨハン・ベルヌーイもまた数学者でしたが、この父は息子の中で最も才能にあふれていたダニエルに激しい嫉妬を向け、その業績「流体力学」を盗んで自分が出版したことにして息子を盗用者に仕立て上げようとしました。ダニエルは父との関係を改善することを望み父自身のことを憎んではいなかったようですが、嫉妬により人を貶めることへの怒りや嫌悪は、持っていたことでしょうね。




