第48話:「誰であるかそれは‼」「あなたよ‼」「別の人である‼」
引き続きキツめのいじめ描写があります。苦手な方はご注意ください。
「算数女」「算数オタク」「算数バカ」……
友梨佳はこれまでに、算数が好きなことを褒められこそしたが、貶されたことなどなかった。だから、彼女にとって、それがいじめの理由になるというのは天地がひっくり返ったに等しい衝撃だった。
算数の授業で、手を挙げただけでクスクス笑いされる。担任は笑った児童を厳しく叱ったが、全く効果はなかった。
しまいには、算数の授業が始まっただけでチラチラと友梨佳を見ながらヒソヒソ話が始まり、どこからか小さく切った消しゴムを投げつけられる――とうとうある日、後ろの席の児童にコンパスの針で背中を刺された。
友梨佳は痛みよりも恐怖を感じ、何も言わずにぽろりと涙を落とした。
その翌朝は、頭痛が酷くて学校を欠席した。
その次の朝は、頭痛を我慢して朝食を食べた。しかし、気持ち悪くなってそれは全部吐いてしまった。
朝になるたびに何かしら問題が起き、欠席が続く。両親は心配したが、学校に行くように説得することは、なかった。
◆
「算数、もう、きらい」
友梨佳がそんなことを口にした日、両親は何度も確認をしてから算数の教材を友梨佳の部屋から運び出した。
見るのも辛かった教材がなくなった部屋で一人、友梨佳は泣いた。
(どうして……嫌だったはずなのに……)
膝を抱えてうずくまっていると、不意に声が聞こえた。
「真理を求める心が折れる音がしたのは、ここであるか?」
声の主は、15cmほどの人形のマスコットだった。フリルのついたシャツにキュロット、大きなボタンがついた上着を羽織り、頭にはいかにも中世ヨーロッパの貴族といった印象のくるくると毛が巻いたかつらを被っている。
「……誰?」
「吾輩はダニエル・ベルヌーイ。数学者である」
「ダニ……ええと、お母さーん!!」
急に現れた珍妙な存在に不安を覚えた友梨佳は母を呼んだが……残念ながら昼間、両親は留守なのだった。
友梨佳は恐怖を覚えた。
「お化け!」
ギクシャクとした動きでベッドに這っていき、布団に潜り込もうとするが――被ろうとした布団がふわりと妙な動きをして部屋の隅に落ちた。
ベルヌーイがちょっと部屋の気流を操作して、布団を剥ぎ取ったのだ。
「ひぃ、ひぃい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
ベッドの上でお祈りするように体を丸める友梨佳を見て、ベルヌーイは呆れたように言った。
「そう怯えるでない。吾輩はそなたを導くためにここに来たのである」
友梨佳は恐慌状態で口をパクパクさせるばかりだ。ベルヌーイは嘆息し、続けた。
「吾輩がここに来たのは、そなたに真理を愛する心と偏見と戦う意志があるからなのである。それを導くのがメントルたる吾輩の役目なのである」
それを聞いた友梨佳は、枕を引き寄せて抱き締めながら、座ってベルヌーイの方を向いた。そして、おずおずと口を開いた。
「算数の先生……のお化けじゃないの?」
それを聞いたベルヌーイは右手で顎を撫でた。
「ふむ、やはり、そなたは賢いのである。吾輩が数学者を名乗ったので数学を教えに来たのだろうと考え、さらに、真理を求め偏見と戦うことを導くのだと説明されてすぐにその認識を修正しようとしておる。なお、お化けといえばそんなものかも知れぬが、少なくともそなたに害を与えに来たのではないのである」
友梨佳は目を逸らした。
「算数は、もう嫌いだもん」
「数学に、好きも嫌いもないのである。吾輩は数学のない人生などよく分からないのである。好きでも嫌いでも、数学はただ、数学なのである」
「算数……数学、勉強させようとしない?」
ベルヌーイは腕を組み、少し悩んだ。
「……数学の知識を授けようというのは吾輩の本能のようなものである。だが、学ぶことを強要することは無意味である」
「じゃあ、メントルって何?えーと、ダニエ・ベルニューイさん」
ベルヌーイは名前を間違えられて片方の眉をピクリとさせたが、それについてはそれ以上の反応を見せなかった。そして彼が両手を天に向け集中すると、ぽん、と緑の小瓶が現れた。
「メントルたる吾輩は、プロトジェたるそなたが偏見と戦うための導き手である。そしてこれが、その力をそなたに授けるフラコンである。受け取るが良いのである」
ベルヌーイがフラコンを差し出しながら近付くと、友梨佳の目はその神秘的な輝きの小瓶に釘付けとなった。
「きれい……これは何なの?」
「フラコンというのは香水瓶のことである。香りをまとうことは、人間がその香りという性質を帯びることと相違ないのである。このフラコンは、ただの香水瓶とは違って、そなたに香りばかりでなく魔法少女という性質を与えるものなのである」
友梨佳はフラコンを手にしながら問いを重ねた。
「魔法少女って、あの、変身して敵と戦う?そんなこと、できそうにないけど……」
受け取ったフラコンをあちこちの方向から眺める友梨佳に、ベルヌーイは力強く告げた。
「魔法少女に必要な資質は、真理への探究心と、偏見を許さない意志である。魔法少女というのは、偏見が形をなしたモンスターであるデショーンと戦うための力を与えられた存在なのである」
「デショーン?」
「いかにも。そして今、そなたが通う学校に、デショーンが出没しているのである」
「学校……」
友梨佳はベッドにフラコンを置くとうつむいた。
「学校へ行こうとすると、頭やお腹が痛くなるの」
ベルヌーイは腕を組み、胸を張った。
「心配は要らないのである。魔法少女は強いのである。先程そなたは数学はもう嫌いと言っておったが、その原因が学校にあるのであろう?吾輩が想像するに、その原因こそがデショーンを生み出した偏見なのである。それが倒されれば、きっと気持ちの問題は改善するのである」
友梨佳はしばらく、ベッドを見詰めて黙っていた。そして、フラコンを両手で包むように手に取り直した。
「ダニエ・ベルニューイさん、学校が嫌で、怖くて、でも……そんなの良くないと思って……助けて……」
ぽろぽろと涙がベッドに染みを作るのを、ベルヌーイはしばらく静かに見詰めていた。
「ダニーである」
「え?」
「吾輩のことはダニーと呼ぶが良いのである。ダニエル・ベルヌーイとは発音しにくいのであろう?メントルとプロトジェの関係は特別なものであるから、愛称で呼ぶことを許すのである」
「じゃあ、ダニー。どうしたら、学校が怖くなくなるの?」
ベルヌーイ、もといダニーは自分の服装を見回してシワを伸ばし、折り目を正した。
「そのフラコンを掲げて唱えるのである。変身のコマンドは、マジカルフロー・シーケンス・イニシャライズ、である」
【タイトルのネタ元】
吾峠呼世晴の漫画「鬼滅の刃」(2016〜2020年)
嘴平伊之助と竈門炭治郎の掛け合い「かまぼこ権八郎‼お前に勝つ‼」「誰なんだそれは‼」「お前だ‼」「別の人だ‼」




