第46話:あの子に足りないものは!それは――情熱思想理念頭脳気品謙虚さ誠実さ!そして私には―― 速さが足りない‼
紅明がクレアー・ヨ・ヴァーサナーを名乗ってバイアースの幹部に堕ち、戦いの果てに他の4人の魔法少女が全員失神するという大事件、その翌日。
4人の中で登校したのは施恩だけだった。
ブルーアローではない、普通の車椅子。ハンドリムを回してエレベーターに乗り、教室がある階へと向かう。
「やっぱり、舞ちゃんは来ていませんでしたね。友梨佳さんと愛彩さんは入院中ですし……今、デショーンが現れたらどうしたらよいものでしょうか……」
施恩の心は悲しみで一杯だ。ブルーアローを失い、仲間だった紅明がバイアースの側に寝返ったのだから、それは当然のことといえる。だが、彼女には気高く常に優雅さを忘れない、最高のメントルがいた。
「ミス・堂峰、そのような弱気なことでどうします?今、あなたの他にデショーンに対抗できる方がいらっしゃらないのであればこそ、気をしっかり持たなければなりません。悲しんだところで、ブルーアローもミス・丹生も戻っては来ないのですよ?」
普段とは異なる「ミス・堂峰」という改まった問いかけを、施恩はありがたく思う。しかもこのメントルは、冷徹なようでいて実は情に厚いのだ。エディは目を伏せて扇子で口元を隠し、こう続けた。
「わたくしも皆さんのことは心配しておりますのよ、ミス・丹生のことも含めて。ですが、一番は施恩、あなたのことが大切ですわ。デショーンの出現に備えて気を張ってでもいないと、あなたの心が持ちませんもの。是非、そうなさって」
「善処します。ありがとうございます、エディ」
そういって施恩がほほ笑むと、エレベーターが止まって扉が開く。だが、施恩もエディも絶句し、その場の時が一瞬止まる。
その扉の前を、紅明が早足で横切って行ったのだ。
◇
ガッ、ガチャガチャ……
「あっ、扉が……エディ」
「心得ましたわ」
我に返った施恩がエレベーターから出ようとすると、扉が閉まりかけて車椅子が挟まった。施恩に促されたエディが「開」ボタンを押して――慌てて廊下に出てみると、通り過ぎていた紅明は、大きな音に驚き、振り返ってこちらを見ていた。
「紅明さん……」
名前を呼び、言葉を探して沈黙する施恩に対し、紅明は小首を傾げて見せた。
「おはよう、堂峰さん。朝からエレベーターに挟まって、間抜けね」
「堂峰さん」という他人行儀な呼び方に、施恩は息を飲んだ。そんな彼女に代わってエディが進み出る。
「ごきげんよう、ミス・丹生。それとも、クレアー・ヨ・ヴァーサナーとお呼びした方がよろしかったかしら?まさか、堂々と登校なさるとは驚きですわね。どういうお心づもりでいらっしゃいますの?」
「休む理由がないもの。聞かせてやりなさいよ、マスチェン」
空間がブロックノイズに乱れ、マスチェン――アノニマス・エコーチェンバーが姿を現す。
『クレアー・ヨ・ヴァーサナーこと丹生紅明は法的には魔法少女に違いなく、魔法少女は戦闘による損害を免責されます。それがSNSの集合知が出した答えだっての。逃げる必要も、隠れる必要もないと思う』
その口ぶりに、エディが口元を隠していた扇子を引き上げた。ネットに散らばった言葉を継ぎはぎしたようなしゃべり方への嫌悪を感じているのだ。
「魔法少女?あれがですか?」
施恩の疑問が、彼女たちの他に誰もいない廊下に落ちた。
『魔法少女管理法施行令第3条に、魔法少女はフラコンにより変身して魔法を行使する者、と記されていることが検索されました』
「だそうよぉ、堂峰さん。ワタシたち、な・か・ま、なんですって!アハハハ、ばっかじゃないの?大人も、法律も、本当にバカみたい!」
紅明は壁にもたれ、おかしそうに笑った。唖然とする施恩の隣で、エディが流し目で紅明を見ながら口を開いた。
「あら、でしたら魔法少女の義務も果たす必要があるのではなくて?今回の報告書、あなたがお書きなさいな。添削して差し上げますわよ?」
「いやよぉ。だって、ワタシ悪い子なんだもん」
その時、廊下の角を曲がって加納先生が現れた。
「見つけたぞ!丹生さん、生徒指導室に来なさい!」
「しつこいわよぉ、先生。行かないってば!」
紅明はダルそうにもたれていた壁から離れ、息を大きく吸い込むと叫んだ。
「キャー、加納先生の痴漢!セクハラ!来ないで〜!!」
「な、何を」
うろたえる加納先生を置いて、紅明は廊下を駆け出した。
「じゃあね、堂峰さん。また殺し合いましょう?」
「あ、待ってください……」
かけられた声が聞こえなかったように去っていく紅明を追おうとして車椅子を進めようとした施恩は、すぐにムダだと気付き、くるりとその場で反転して加納先生を見た。
「おはようございます、加納先生。紅明さん、自分は法的には魔法少女のままなのだと仰っていましたが、本当なのですか?」
加納先生は苦虫を食い潰したような顔で、呻くように答えた。
「おはよう、堂峰さん。協会からは、彼女の扱いは保留するがとにかく昨日何があったか、本人から事実確認をしろと言ってきているんだ。しかしあの態度ではな……」
「先生への事情説明でしたら、私が対応しても構いません」
施恩の申し出に、先生は眉を下げた。
「それはありがたいが……君の場合は授業優先だ。放課後、職員室に顔を出してもらってもいいかな?」
「はい」
その日、施恩はもう一度紅明に会おうと休み時間のたびに車椅子を走らせたが、避けられているのか結局接触することはできなかった。クラスメートによると、授業には出ているらしい。どうしても移動が遅くなる車椅子ではなかなか彼女に会えないことを、施恩は心底悔しく思った。
【タイトルのネタ元】
サンライズ制作のアニメ「スクライド」(2001年)
18話「ストレイト・クーガー」の名シーン、「お前に足りないものは!それは――情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!そして何よりも――速さが足りない‼」




