第43話:空耳あわわわ
「友梨佳さん!合わせてっ!」
紅明から奪い取った大きなスプーンを手にした友梨佳は、施恩の叫びに慌てて身構えた。
「おおっと、そうか!よし、任せろ!」
ブーヤンに押されながら打ち上げられてくる紅明は目を閉じ、首に力が入っていないらしくガクガクと不安定に揺れている。意識が飛んでいるのだろう。
(デショーンじゃないんだから、ダメージを与えればいいってものかどうか分かんねえな。でも、変身したままでいるってことは、ちょっとやそっとのことじゃ死にゃしないだろ)
自前の長物であるオールを右手に、巨大スプーンを左手に持った友梨佳は、翼のエンジンを噴かして紅明に向けて加速する。視界の端では、ブルーアローが砕けて施恩が地面に叩きつけられた。
(畜生!施恩が……)
紅明を押し上げているブーヤンがブロックノイズにかき消されていく。
「おっらあ!目え覚ませこのバカ!」
友梨佳は空中で前転しながら回転力を使い、オールとスプーンを同時に紅明へと振り下ろした。
バコン!シューン、ボクッ!
叩き落された紅明は一直線に地面に叩きつけられる。
「あちゃー!お、ど、どうなってんだこりゃ!?」
空中で戸惑う友梨佳。
はじめの「あちゃー!」は、紅明が放心状態の舞の目の前に落ちてしまったという失敗への驚き、後半の「どうなってんだこりゃ!?」は確かに握っていたはずの巨大スプーンが消えてしまったことへの驚きである。
◇
(何言ってるの、紅明ちゃん……?クレアおばあさんって、意味わかんない……)
舞にとって憧れの先輩だった紅明の豹変。聞き慣れないクレアー・ヨ・ヴァーサナーという名乗り。強い衝撃を受けた舞は、茫然自失だった。
ボクッ!
そんな舞は目の前で起きている戦いが自分のことではないどこか遠くのことに感じられて……だから、すぐ目の前に紅明が叩き落とされて地面に大の字にめり込んだのは、彼女の主観では本当に突然のことだった。
「ひぃ!……って、紅明ちゃん!?」
我に返った舞は、思わず紅明に駆け寄ろうとする。だが、その体は途中で硬直し、動きを止めた。
ザクッ!
紅明を追うように大きなスプーンが飛来して、舞と紅明を隔てるかのように地面に突き立ったのだ。スプーンの柄に埋め込まれた紫色の宝石が、ギラリと舞を威嚇するように光ったので、舞は2歩、後ずさりした。
「大丈夫……なの?紅明ちゃん……」
舞が戸惑いながら見ていると、あお向けに地面にめり込んだ紅明の目がパチリと開き、眼球だけが動いて舞を見た。
『痛ったーい!さすがに少し効いたわぁ……あら、舞じゃない?そんなアホ面でこっちを見て、一体どうしたのぉ?』
そしてスプーンの方に手を伸ばすと、スプーンは勝手に地面から抜けて、くるりと回りながら紅明の右手に収まった。
『ユビキタス・マリス』
彼女がそう告げると、舞の眼前がブロックノイズのようにブレて――気付けばさっきまで地面にめり込んでいたはずの紅明が、中腰になって舞のことを見上げていた。
「……!」
突然のことに、舞はまた1歩後ずさる。紅明は右手にスプーンを持ったまま両手を腰に当て、ちろりと舌を出して唇を舐めた。
『酷いじゃない、そんなに怯えて。私、あなたのお友達じゃあないのねぇ?』
「そ、そんなことないよ!紅明ちゃんは大事な」
ずいっ
紅明が一歩近付く。舞は思わず口を閉じた。
『ねえ、舞ちゃん。あなた、その大事な大事な紅明ちゃんを、一番傷つけてきたのはあなたなの。自覚、ないでしょ?』
言いながら紅明は舞へと迫っていき、とうとうほとんど舞と紅明はおでこがくっつく寸前にまで近付いた。
その言葉を聞いた舞は真っ青で、全身が小刻みにカタカタと震えている。
「わ、私、そんな……紅明ちゃ」
『その名前を気安く呼ばないでちょうだい。今の私はクレアー・ヨ・ヴァーサナー。あなたたちの敵になったの』
舞はその場にぺたりとへたり込んだ。そのまま紅明を見上げると、上空では友梨佳が何かと対峙していた。
「もう遠慮はいらねえな!覚悟しやがれ!」
叫ぶ友梨佳がオールを突きつけているのは、何と紅明だ。舞は上空にいる紅明と、目の前にいる紅明の間で視線を往復させる。
「ど、どうなってるの?紅明ちゃんが2た……きゃあ!」
バチィン!
「紅明」の名が舞の口から出た瞬間、大きなスプーンが振るわれて舞は張り倒された。
『物分かりの悪い子ね!お前はもう、私のことを紅明ちゃんと呼ぶな!』
舞はそのまま下を向き、ベソベソと泣き始める。
「……でも……クレアおばあさんなんて……変な名前……」
その場の空気が、絶対零度にまで冷え込んだ。
クレアー・ヨ・ヴァーサナー
クレアYoバーサNaー
クレアおばーさん
酷く間抜けな聞き間違いである。
『はああああぁっ?!クレアおばあさんじゃないわよ、このバカ!お前のことはじわじわと苦しめてやろうと思ったけれどももういい!今すぐ殺してやる!』
ガキイン!ガキイン!
激高した紅明は何度もスプーンを振るい、舞を叩いた。だが、うずくまった舞の背中の放熱翼が広がって――スプーンが振り下ろされる度に火花が散るだけでほとんどダメージが通らない。
『なんなのこの子、ムカつく、ムカつく!このおっ!』
紅明は完全に我を忘れ、舞に近付いて髪を鷲づかみにした。
「痛い、痛いよ!」
『フーッ!フーッ……食らえ、フォトニック・ブラスト!』
血走った紅明の目が見開かれ、そこから凄まじいビームが放たれる。
「いやあああっ!」
ビームの直撃を受けた舞は髪をむしられながら紅明の手を離れ、地面に体を擦りつけながら吹き飛ばされた。そして、建設中の建物の壁面をぶち抜いて内部に叩き込まれる。
ガラガラガラ
屋内に組まれた足場や資材が崩れ、舞はその下敷きになる。とっさにクイック・リアクションの身体強化で抜け出した彼女は、そこで力尽きて倒れた。体力や魔力が尽きたわけではないのだが、そこから飛び出して紅明に立ち向かう気力など、ありはしない。要は心が折れたのだった。
『出て来ないようね……いい気味だわ』
そう呟いた紅明の姿は、ブロックノイズのように欠けていき、その場から消え失せた。
【タイトルのネタ元】
テレビ朝日系列の深夜バラエティ番組「タモリ倶楽部」(1982〜2023年)の名物コーナー「空耳アワー」




