第42話:ブーストモジュール作動!魔導機関臨界点へカウントスタート!
《施恩、ヴォルテックユリカと共闘なさい。あなたお一人ではパワー負けいたしますわ》
エディが助言する。施恩にもそれが最善策だとは分かっていた。
(わかっています。でも、友梨佳さんからあのスプーンを取り返される危険は避けたいですね)
「チェンジスレイブス。バード、アウト。ブーヤン、イン」
施恩はスレイブを入れ替える。現在のスレイブはブーヤンとエテクーン。この2体の組み合わせは使用経験が多く、戦術ライブラリが充実しているのだ。
その様子に、紅明は一度構えを解き、呆れた仕草をしてみせた。
『ブーヤンに、エテクーンねぇ?いい加減、あなたのそのレトロゲーム趣味にも飽き飽きよ。はっきり言えば、キモいわね』
施恩の目がスッと細められ、バイザー内で光が激しく踊った。
「言いましたね、紅明さん。許しませんよ……プログラム完了。やりなさい!ブーヤン!エテクーン!」
《落ち着きなさい施恩……ああ、もう、何を言っても無駄ですわね……》
レトロゲームのことをバカにされると熱くなってしまう……紅明は施恩のそんな欠点を適確に突いてみせた。
とはいえ、この挑発は紅明にとって諸刃の剣でもある。怒りに任せて組まれたプログラムではあっても、蓄積されたライブラリはこれまでの戦いで最適化され、研ぎ澄まされているのだ。
エテクーンが動体視力の限界に迫るスピードで手足や頭といった体の末端を攻撃して紅明の体勢を崩す。紅明はバランスを保とうと体幹を維持しながら、ブーヤンの突進を予測して防御する。そんなふうに防戦一方となっていた彼女だったが――
パシ!
良い音をさせながら左手でエテクーンを捕まえると、
バコォン!
戸惑うように一瞬動きを止めたブーヤンを蹴り飛ばした。
『はぁっ、はぁっ……わたし……これまで何回もあなたのプログラムを見てきているのよ?だいたい、分かっているんだから……がっ!?』
ドサリ
紅明は衝撃を受けて地面に倒れ伏す。彼女のさっきまで立っていた位置、その背後にあたる場所に浮遊しながら、施恩はその様子を見下ろしていた。スレイブたちが紅明を攻撃している間に、彼女は静かに死角へと移動していたのだ。
「私のプログラムは何度もご覧になったかもしれませんが、拳を振るうところをお見せしたのは初めてでしたね?」
そう告げる施恩の足元で、部品が1つ、音を立ててブルーアローから脱落した。踏ん張りの利かない空中で施恩が繰り出した拳、その反力を打ち消すために無理をさせてしまったのだ。
《施恩、ブルーアローは既に修復が難しいほどに壊れつつありますわ。残念ですが、その価値を最大に活かす決断をなさってはいかがかしら?》
「……!」
施恩は真っ青になり、動きを止めた。
エディが提案しているのは、ブルーアローのリミッターを解除する「ブーストモジュール」の使用である。通常でも30秒の使用制限があるそれをこの状態で使えば、ブルーアローは完全に壊れてしまうことは明らかだった。
(私は……感情に流されてなんてことを……)
《しっかりなさい。このままでは何もしなくても数分でブルーアローは機能停止、そのままスクラップでしてよ。どうするのが一番良いか、分かりますわね?》
施恩の頬を、一筋の涙が伝う。彼女はそれを確かめるように、震える手を頬に当てた。
「いやです。お父様の、ブルーアロー……私のせいで……」
そんな施恩の逡巡をよそに、倒れ伏していた紅明が立ち上がる。
『……やってくれたわね、親がお金持ちなだけのお嬢様のくせに。あなたみたいな障害者が、調子に乗るんじゃ』
「うるさいっ!」
施恩が紅明の言葉を遮って悲鳴のような声を上げた。
「こうなったのは私のせい。でも……あなたがそんなふうにならなければ!もう……こちらはどうしたらいいのか分からないのに、余計なことを言って……」
紅明は構えをとると、凶暴な笑みを零した。
『へえ、お利口な「施恩ちゃん」がそんなふうになるなんてね。あなた、意外にこっち側の人間だったんじゃない?』
それを聞いた施恩は頭を振り、両手で自分の頬をパアンと叩く。
「みっともないところをお見せして申し訳ありません、紅明さん。それにしても、わざわざ私がそちら側に堕ちそうだと教えてくださるなんて、随分親切ですね?お礼にもう一度、下肢障害者の腕力を味あわせて差し上げましょうか」
そして心の中で問う。
(取り乱してごめんなさい、エディ。現状のブースト持続時間の見込みは?)
《3秒というところですわ》
数字だけを返す回答に、施恩は内心で感謝する。そして静かに紅明に向き合うと、拳を握りしめた。
「ブースト・オン」
《ブーストモジュール作動。魔導機関臨界点へカウントスタート》
ガシャン!
ブルーアローに隠されていたノズルが前後に2つずつ、左右に1つずつ露出する。そして、圧縮された光の粒子が青白い炎のように噴出すると施恩の体を暴力的に加速させた。
カウント3。
「はあああっ!」
前のめりに突進する施恩に対応できず、紅明の目が見開かれる。だが施恩もまた万全ではなく、制御をやや失って左側にコースがずれていく。それでも――
「ぐっ!」
紅明の顔が苦痛に歪む。施恩がすれ違いざまに振るった右フックは、右肩あたりを打ち抜いていた。
カウント2。
反転した施恩は再加速。紅明の寸前で拳を振り上げ打ち据えようとする。
「食らいなさい!」
「舐めないで!」
紅明は両腕をクロスさせてガード。しかし施恩は体をひねるようにして、あお向け気味の姿勢に。このような立体的な機動は、普通の人間の認識の範囲外だ。ゲーマーの施恩だからこそ、できる芸当だといえるだろう。その状態で打ち下ろすようなパンチを紅明の顎にヒットさせれば、紅明は打ち上げられるように浮き上がる。
そして、施恩はそのまま体当たり。
カウント1。
「ぬぬぬぬっ」
施恩は歯を食いしばり、紅明をかつぐような形で上昇。しかし、
ドン!
「きゃあっ!」
カウント0を待たずに前面のノズルの1つが爆発。
姿勢を崩した施恩はとっさに紅明の脚をつかむが、ノズルの1つを失ったせいで動きにスピンがかかる。
「放せッ!」
振り回されながらもがく紅明。
「ブーヤン!」
施恩の叫びに応えたブーヤンが突進。
カウント0。
パーン!
ブルーアローは、破裂するように砕け散った。元より覚悟を決めていた施恩は無言。しかし――
「あああああっ!」
その直前、施恩に放り投げられた紅明は絶妙なタイミングでブーヤンに弾かれ、上空へと打ち上げられ悲鳴を上げた。
「友梨佳さん!合わせてっ!」
絶叫しながら地面に叩きつけられた施恩はゴロゴロと転がりながら変身が解けてぐったりとする。
(ごめんなさい、ブルーアロー……)
「施恩様ーっ!」
建設現場に転がるように駆け込んで来る渋井の声を聞きながら、施恩は意識を手放した。
【タイトルのネタ元】サンライズ制作のアニメ「新世紀GPXサイバーフォーミュラ」(1991年)アスラーダがブースト作動時に発するセリフ「ブーストポッド作動!エンジン臨界点へカウントスタート!」




