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魔法のプロトジェ バーニングマイ  作者: 衛府 恵
File 6: ザイニンデショーン事件
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第40話:クレアおばさんの止痛

「うううーっ、うううーっ!」


愛彩は巨大な注射器を手放してアスファルトに倒れ、右肩をかばいながら唸っていた。ジェノム・エディター2は解除され、猫の耳もグリズリーの手足も元の姿に戻っている。


(困った、肩がすごく痛がっていて、動けない)


《あなた、面白いメタ認知の仕方をするのね》


(こうすると、ちょっとガマンしやすくなる)


《早く治しなさいよ》


(無理)


《ジェノム・エディターで人間の遺伝情報を発現させれば、ケガした状態を上書きできるじゃないの》


(それ、変身解いたら激痛)


《へえ、意外と賢いわね。じゃあ、ちゃんと治療したらいいわ。クイック・リジェネレイション、ジェノム・エディターのようなまやかしではなく、本物の再生魔法よ》


「コノヤロー!待て!」


「待てませんなあ。お前のような野蛮なのろまに追いつかれるはずもない」


愛彩の視界の端で、赤井がスハルトを追い回し、スハルトは赤井を揶揄するようにパンダの仮面を見せつけながら飛び回っていた。愛彩はマジカル・シリンジを左手で拾いながらその場に座り、その針先を自分の右肩に向ける。


「南無三、クイック・リジェネレイション」


(あっ、痛くない)


ぺちゃ


電柱の影ではマッカーシーが気を失って墜落したが、誰もそれには気付かなかった。愛彩が痛む肩に注射器を向ける様子を見てしまい、耐えられなかったのである。


《肩関節の整復自体は自分でする必要があるわ。両手の指を祈るように組んで腕で輪を作りなさい。右膝を立てて輪の中に入れて、膝の前に手を組んだ格好に……そうよ。そのまま後ろに仰け反って》


Davos法による肩関節の整復だ。肩関節がはまり込んだ感覚と同時に、肩が燃えるように熱くなったので愛彩は思わず声を上げた。


「わっ、わっ、何これ」


《破壊された体組織を急速に再生しているのよ。バーニングマイのクイック・リアクションの限定版と思ってもらえばいいわ》


「じゃあ、入院だ……」


愛彩は、オカマデショーン事件の後、舞が横紋筋融解症で入院したことを知っていた。


《察しがいいわね。損傷した体組織が大量に分解されているから、あなたの血中ミオグロビン濃度は既に危険な値よ。戦闘が終わったらすぐに人工透析を受けるのがお勧めね》


組織の修復が終わって肩の熱が引いていく。愛彩はだるそうに立ち上がりながら赤井を見た。一瞬のアイコンタクト――赤井はその意図を悟ったらしく、奇声を上げてますます激しくスハルトを追いかけ始めた。


「狂ったのですか、このアカは!収容所に放り込んでやりますよ!」


「うるせえ!てめえこそ、ワルの臭いをプンプンさせやがって!」


スハルトは、愛彩が首をコキコキと動かして右手に注射器を持ち直したのに全く気付いていない様子だった。


「さて、どうしよう」


《あいつの持っている仮面を破壊するのよ》


その心の声を聴いた愛彩は、注射器を構えた。


「ジェノム・エディター、シャコ・パンチ」


《なんでシャコだけ日本語なのよ》


(マンティス・シュリンプは長い)


愛彩の右腕がモンハナシャコのそれに変化し、注射器を構える。


「えい」


カシャアアアン


彼女が投げた注射器が命中し、パンダの仮面はあっけなく砕けた。


「赤井さん、超ナイス。うまく気を引いてくれた。ありがとう」


スハルトは体に亀裂が入り、蒸発するように黒い靄に変わっていく。


「お……おのれ、油断したわ……ぐ、ぐ、ぐぎゃああああああああああ!」


叫びながらだんだんと降下し、地面に着くと同時に消えてしまった。


その後には、黄色いフラコンが1つ、残されていた。


◆◆◆


思えば、それは4月。舞に再会したときからだった。


「オキシジェェェン、ブラストォ!」


デショーンに突進し、ワンドを振り下ろす舞。その姿は紅明のフラッシュバックを呼び覚ます。


「はあああ!コメットォ・シュータァァァ!!」


ロケットエンジンを輝かせ、裂帛の気合いで突撃する品治先輩。


自分にはない力強さと燃え滾る熱い心……舞の戦いを見れば見るほど、紅明の心は少しずつ軋んでいった。


◇


不安定になりつつある自分を自覚した紅明は、ヨガを始めた。心の問題は、少しだけ軽くなった。


ヴァーサナー


ヨガの大切な概念だ。自分の潜在意識にある罪悪感、それと向き合うことができたと思った。しかし……


《変身シーケンスレディ、イニシャライズ……エラー》


初めて変身シーケンスが止まったのは、オカマデショーン事件の時だった。変身の失敗は、友梨佳に見られてしまった。友梨佳は魔力が制限された紅明のために無理をして戦った。紅明は罪悪感と焦燥感でいっぱいいっぱいだった。魔力切れが迫る中で展開したスペース・フォールドのゲートを、全員が通過し切ったときには心底安心した。


◇


そして、今日。


『オマエ、ザイニンデショーン』


デショーンの絶叫を聞いて、覚えたのは納得感だった。


(罪人……そうか……私、罪人に決まっているじゃない……)


変身が解ける。


「……紅明」


アルはただ、彼女を空中から見下ろし名前をポツリと口にして黙った。


「おい、しっかりしろ紅明……紅明!」


駆け付けた友梨佳が崩れ落ちそうな体を支えて声をかけるが、それはどこか遠くで響いていて、自分に関係ない言葉のように感じる。


「紅明ちゃん!紅明ちゃん!しっかりして!」


舞の声には、紅明は苛立ちさえ感じた。


(私には最初から、この子みたいに愛される魔法少女になることなんて無理だったのよ。もう、放っておいて!)


自分を現場から引き離そうと体に回された友梨佳の腕。それが無性に気持ち悪い。


「嫌、触らないで!」


拒絶の声に一度、舞と友梨佳が自分から離れてくれる――それに安心を覚えた自分に、自己嫌悪がさらに募った。


◇


友梨佳が舞を抱えて離陸した後、紅明はぼんやりとその場に突っ立っていた。そして、不意にその耳が捕らえた声に、瞳孔を収縮させた。


「コメットォォォ・シュータアァァァッ!」


一筋の星と化してデショーンに突進する舞が叫んだのは、品治先輩の技名。


(……あなたはそうやって、ずっと私の罪を、突き付け続ける……もうやめて……)


消え入りそうな意識。そこに、デショーンからさらなる追い討ちがかかる。


『デモ、ザイニンデショーン……』


その声に、紅明の心の中で何かが決定的に壊れた。彼女は血色を取り戻し、その人相が険を帯びる。


「……ぁぁぁあああああああ!腹が立つ!腹が立つ!私は罪人!そんな分かり切ったことをクドクドクドクド!」


アルはそんな紅明を見て、悲しそうな顔をしながらフラコンに吸い込まれていく。そして……


ジジ……ジジジ……


空間が揺らぎ、黒い頭巾を被った幽霊のようなアンチ・メントル、アノニマス・エコーチェンバーが姿を現した。


「おい、罪人。被害者の気持ちを考えろ」


「分かってるわよ!もう、魔法少女なんてやめてやるわ!」


アノニマス・エコーチェンバーの無機質な声に、怒気をはらんだ声で答える紅明。そして、アンチ・メントルは紅明の紫のフラコンに1滴、黒い液を垂らした。


フラコンは、一瞬で真っ黒に染まる。


そして、空中にくるくると回転しながら上昇して、いつの間にか赤髪で眼鏡をかけた老婆の仮面に変わっていた。


崩れそうな足場の下から友梨佳に引き出されようとしていた舞が

舞の手を引く友梨佳が

空中をたいして速くはない、それでも全速で紅明のもとへ向かっていた施恩が

失神したジェンメイを担いで現場に着いたばかりの愛彩が

……異様な雰囲気を放つ紅明に一斉に注目する。


紅明は、老婆の仮面を手に取り、頭上に掲げて宣言した。


「メタモルフォーシス・イン・ペッカトリクス・レミニシェンディ」


アノニマス・エコーチェンバーが老婆の仮面と融合する。そして、くるくると回りながら上昇するそれは黒い雫を撒き散らして紅明の体を汚した。同時に紫色の光線が足元から布を織るように走査しながら上昇し、黒と紫の衣装を着せていく。仮面は棒のように引き伸ばされ、巨大なスプーンに変化して彼女の右手に収まった。


そして、紅明は紫と黒のゴシック調のエプロンドレスにファンシーながら巨大なスプーン、両頬に涙のように紫の星が散らされた姿となった。


『ああ、腹立たしい。腹立たしいわ。みんな大嫌い。この、クレアー・ヨ・ヴァーサナーの前に、さっさと跪きなさい!』

【タイトルのネタ元】

グリコの製品群「クレアおばさんのシチュー」(1999年〜)

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