第31話:戦慄のかす巻き
翌日、舞は紅明とともに加納先生に呼び出された。
「丹生さん、大奈さん、週末は大変だったみたいだね」
何か叱られるのではないかと内心ドキドキしていた舞は、どうやらそうではなさそうな雰囲気に安堵した。
「先生、提出した報告書、何か変でしたか?」
「えっ、紅明ちゃん、もう報告書出したんだ……」
昨日、帰宅したのは夕方。舞はとても疲れていたのでご飯を食べてお風呂に入ったらまた眠くなってしまい……今日は宿題が出せなくて先生に注意されてしまった。
それなのに、宿題どころか報告書を書き上げるだなんて、舞には想像もつかない偉業である。
「その書類のことだけれども、不備があったわけではないよ。魔法少女協会に送ったら、至急調査をしたいという連絡があってね」
◆
初めて入った応接室は、とても居心地が悪かった。
「魔法少女協会調査員の柚木佳那です。丹生さん、大奈さんというのはあなたたちで間違いありませんね?」
調査員だと自己紹介した柚木の態度は決して高圧的ではなかったが、その冷たい印象が舞の肩を固くした。
「この調査は禁忌魔法の行使についてのものです。私の質問に、嘘のないように答えて下さい」
舞は問われるままに、カロリックを使った状況を説明した。だが、カロリックがどんな魔法なのかを説明しようとすると……
「ええと、ワーヌが考えた熱?の原子を無理やり作って投げる魔法だって言ってたけれど……私も良く分かんない」
「ワーヌというのはあなたのメントルのアントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォワジエのことですね?カロリックは確かにラヴォワジエが考案した元素とされています。それを作り出す魔法ということで、間違いありませんね?」
「……たぶん。ねえ、ワーヌ、それでいいのかな?」
「間違いない。正確にはカロリックを考えた当時、原子という概念はなかったから、舞君の表現には若干の問題はあるがね」
「原子と元素の違いは今は重要ではありません。さて、大奈さん。そのカロリックを使用したら、デショーンはどうなりましたか?」
柚木の無機質な声が、ワーヌの「教育」を断ち切った。
「……凍りました。すごい勢いで」
「熱の元素カロリックを使った結果、激しく凍りついたということですね」
柚木の目がスッと細くなったので、舞は萎縮した。
「本当に凍りました。どうして凍るのか、ワーヌから少し聞いたけれども……全然分からなくて……」
「ふむ、舞君には少し難しかったかもしれない。私から説明しよう……」
ワーヌが割り込もうとしたが、柚木は許さなかった。
「今は事実の確認をしています。原理は調査対象ではありません。大奈さん、デショーンは激しく凍りついた。見間違いや勘違いではありませんね?」
舞は泣き出した。
「本当に……凍ったもん……何でそんなに何度も聞くの?」
たまりかねた紅明が抗議する。
「舞は無闇に嘘をついたりしないわ。脅かすならこれ以上話はできない。前の担当の人はこんなに厳しくなかった」
舞は驚いて紅明を見た。大人相手にそんなことを言って良いのだろうか?
「魔法少女には調査に応じる義務があります。活動開始時に提出してもらった届出書に、そう明記されていたはずです。以前の担当者のことは関係ありません」
「調査?取り調べとの間違いじゃないの?」
舞はいたたまれなくなって、半泣きで紅明を止めようとした。
「ちょっと、紅明ちゃん……私大丈夫だから」
「私が不愉快なのよ。なぜ、私たちを嘘つきだと決めつけるの?」
怒りを含んだ問いかけに、柚木は不思議そうに首を傾げた。
「間違いのないように調査をするのが私の職務です。ところであなたの態度は事実と違うことを口にする人間の特徴と一致しますね。より調査に正確を期する必要を認めます」
その後、調査は4時間近く続き、舞はすっかり疲れてしまった。特に、話が紅明の変身に及んだ時の心労は、本当に酷いものだった。
「丹生さん、あなたの変身がうまくいかなくなった原因は禁忌魔法の威力が強すぎてメントルを1体活動不能にしたことのトラウマと記録されていますが、半年たってもまだ、トラウマが強いのですか」
「その話、今回の調査と関係ありますか?」
紅明の態度は反抗的だったが、舞はその表情から怯えの感情を読み取った。
「はい。大奈さんは、あなたがフォトン・トーペードを使えなかったので自分が禁忌魔法を使用したと言いました。であれば、その原因であるあなたの変身不全について確認する必要があります」
紅明はうつむいて、呻くようにつぶやいた。
「思い出したく……ない……」
紅明がメントルを1体活動不能にした……衝撃的な事実に舞は強いショックを受けたが、彼女があまりに辛そうで、それどころではなく心配になってきた。
「紅明ちゃん……無理しなくてもいいよ……」
だが、柚木はこう言い放った。
「いいえ。無理だろうが何だろうが、魔法少女には回答する義務があります」
紅明はもう、黙ってポロポロと涙を落とすばかりだった。舞はオロオロしながらそんな彼女の背中をさすり、慰める以外に何もできない。
彼女がやっと口を開くのには、15分もかかった。
「自分の……フラコンを見るたびに……みくる先輩の……割れたフラコンを思い出して……とても……辛くて……」
(みくる先輩って、誰だろう?)
舞は気になったが、とてもそれを聞ける雰囲気ではない。紅明のことが心配で、可哀想で……それも本当なのだが、聞かずに我慢した自分が偉いと心のどこかで自画自賛し、そんな自分が嫌だなと思った。
◆
何度も同じことを繰り返し聞かれる、取り調べのような調査が終わったのは20時を過ぎた時刻だった。
「丹生さん、大奈さん、お疲れ様。遅い時間まで大変だったね。これ、千道さんから」
加納先生が差し出したのは皿に載ってラップをかけられたロール状のものだった。
「見たことないお菓子。なんだろうこれ」
「かす巻きというお菓子だそうだ。ものすごく甘いから気を付けてほしいと言っていたよ。電話をかけておうちの人を呼んだから、そこで食べて待っていていいぞ」
「わあい。紅明ちゃんも食べよう?」
泣きはらした顔の紅明はコクリと頷いて、職員室の一角のテーブルに着いた。
(なにこれ甘すぎ!おいしい!)
紅明に続いて腰を下ろした舞は、一口食べて気に入ったが、紅明はそうでもなかったらしい。
「甘すぎるわ。千道さんには悪いけど……私はもういい」
そんな紅明はほのかに笑っていて、舞の気持ちも少し軽くなる。
「そうか、じゃあ、先生も一口……(もぐもぐゴクリ)……うげえ、こりゃ甘い。大奈さんよくパクパク食べられるな!」
加納先生が変顔をしたので、とうとう紅明も破顔した。
(良かった……愛彩ちゃんに明日、お礼言わないと)
すっかり安心した舞の思考は、いつものごとくあらぬ方向に飛んでいく。
(それにしても、こんな時間なのに職員室には先生が何人もいる……大人って大変だな)
脳にガツンと来る糖分の暴力は、心配された一人、加納先生の仕事を少しだけ早く終わらせるグッドジョブでもあった。
【タイトルのネタ元】
ONEの漫画「ワンパンマン」(2009年〜)の登場人物「戦慄のタツマキ」




