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魔法のプロトジェ バーニングマイ  作者: 衛府 恵
File 5: ズルイデショーン事件
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第29話:社長の泣顔は最近ますます人間離れして参りましたな

「あっ、施恩ちゃんだ!」


河川敷でのデショーンとの戦いを終えた舞と紅明は、車で駆け付けた誠一郎らに回収された。今は、栗田が現場に残って後処理を引き受けている。


そして会場に戻ると、なんとか予選に間に合うことができた。そして、これから施恩の決勝、100m自由形だ。


プールサイドに施恩の車椅子が入ってくると、舞はピンクの、紅明は紫の大きなタオルを振った。応援席はプールサイドから離れているので、自分たちの魔法少女の色のをアピールして応援していると分かるようにしたのだ。


応援席が込み合っているのであれば迷惑だったかもしれないが、パラ水泳の応援席は程よく空いていたので特に問題もなかった。


施恩はその様子に気付いたようで、こちらに向かって手を振っている。


誠一郎はジュラルミンケースに入れて運んできた、バズーカのようなレンズのついたカメラでその様子を撮りまくっている。


少し離れたところでは、ジェンメイが他のシンガポール人と一緒にシンガポール国旗を振っていた。


施恩はプールサイドに車椅子を進めると、ピッピッピッピッピーッという笛の音に合わせて器用に一人でプールサイドに降り、水に入った。そして、自分のコースまで泳いでいく。残された車椅子は、渋井が運んでいくようだ。


施恩が自分のコースにたどり着くと、再度ピーッと笛が鳴って他の選手がスタート位置に着く。そして「Take your marks」の放送に続いて号砲が鳴り、スタート。


「頑張れ!」

「行け!」


舞と紅明は祈るような気持ちで応援した。


誠一郎は、鬼気迫る様子でシャッターを切り続けた。


やがて、ゴール。


パラ水泳は障害の種類と程度によって細かくクラス分けされている。施恩もまた、他のクラスの選手と一緒に泳いだので順位よりもタイムをみるという分かりにくさがあった。


ともあれ、無事にゴールしたことに喜び、必死に拍手を送る舞と紅明。


結果の発表があり、施恩は見事、クラス1位だった。


舞は紅明は当然のこと、誠一郎や田岑とも一緒になって喜んだ。満面の笑みの誠一郎の顔つきは悪魔のようにしか見えない邪悪さだったが――そんなことはもう、気にならなくなっていた。



「施恩ちゃんおめでとう!」

「おめでとう、施恩!」


渋井が押す車椅子で選手エリアから出てきた施恩に、舞と誠一郎が祝福の声をかける。


「結果は当然です。私のように恵まれた環境で練習できる選手は、他にいないのですから」


「旦那様は確かにお嬢様に最高の環境をご用意されていますが、お嬢様の努力なしに結果だけが出るはずがありませんよ」


施恩は謙遜したが、渋井が言うこともその通りである。


「私は、あなたが誰より努力していることを知っているわ。おめでとう」


紅明が言うと、施恩は顔を赤らめた。


「……そう真正面から言われると照れますね。どうもありがとう」


(なんかいいなあ、こういうの)


ほっこりした舞の耳が「クククククク……」と奇妙な音を捉える。そしてその音の方に首を回し――


「ひゃあい!」


と素っ頓狂な悲鳴を上げて尻もちをついた。


うつむき加減の誠一郎が、ボタボタと涙を流していたのだ。なぜか目を見開いて上目遣いになり、口を奇妙に歪ませている。まるで誰かを睨みつけ呪い殺そうとしているようだった。


「施恩、良かったねえ。ちゃんと努力が認められるというのは、幸せなことだなあ……」


誠一郎としては純粋に感動しているだけなのだが、紅明さえもその様子を見て2、3歩後ずさった。


「せ、せ、誠一郎様、ししし、失、失礼します」


田岑が黒服の内ポケットからレスラーマスクを取り出して誠一郎の頭に被せた。


「お父様ときたら……以前に泣き顔を見た方が失神してしまわれたことがあって、こうしてマスクを被せることにしているのです」


施恩が呆れたように説明する。せっかく少し感動的なシーンだったのが、台無しである。



帰路、3人の少女はそれぞれに疲労が溜まっていたので車が出発するとすぐに眠ってしまった。


助手席ではメントルたちが反省会をするようだ。ワーヌは車酔いを嫌がったが、浮遊していれば酔うことはないと言われ納得したらしい。


「まず、紅明君がなぜセーフモードでしか魔法少女化できなくなっているのか、それを説明したまえ」


ワーヌの問いに、紅明のメントルとしてアルが口を開こうとしたが、エディがそれを制して答えた。


「それは、本人の口から説明されるべきことですわ。ただ、彼女の禁忌魔法が関わった過去の心の傷のせいだとは申し上げておきましょう」


「その通りだよ。紅明は自分がみく……」


アルが続けようとしたが、エディにキッと鋭い視線を送られ口を閉ざした。


「アル、あなたは少しデリカシーというものが無さすぎですわ。乙女の過去の傷心をあなたが語るだなんて、考えただけでぞっとしましてよ」


そう言われ、アルは苦笑いして黙した。


「なるほど、であればその件はそれで良い。今日のデショーンは強敵だったので舞君の禁忌魔法を使うことになったが……日常的に禁忌魔法を解放するわけにもいくまい。何らかの対策が必要だろう」


ワーヌが話を進行させると、エディが驚いた。


「禁忌魔法ですって?それほどの困難がある戦いでしたの?」


「そうだ。舞君の禁忌魔法カロリックは終焉型だから、なるべく使用したくはなかったが……オキシジェン・ブラストを2回、フォトニック・インパルスを3回撃ちこんでも健在だったのでやむを得ない状況と判断した。デショーン化した人物の価値観に、相当根深く偏見が入り込んでいたらしい。偏見の強さに引き寄せられたのか、アンチ・メントルまで登場した」


「アンチ・メントル……あのジョセフ・マッカーシーですの?」


それに答えたのはアルだった。


「彼はエルンスト・リューディン。マッカーシーとは別のアンチ・メントルだよ。T4作戦やホロコーストといった、人類が犯した最大級の罪の、理論的支柱となった科学者だね」

【タイトルのネタ元】

松井優征の漫画「逃げ上手の若君」(2021〜2016年)

高師直から足利尊氏へのセリフ「殿の笑顔は最近ますます人間離れして参りましたな」

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