第27話:フォトニッククレアがコスチュームを蒸着するタイムはわずか0.05秒に過ぎない
舞と紅明はデショーンを追って喫茶店を飛び出した。
「マジカルバーン・シーケンス・イニシャライズ!」
《変身シーケンスレディ、イニシャライズ……コンプリート。バーニングマイ、スタンディングバイ》
「行こう、紅明ちゃん!」
「……ええ、そうね」
早速変身した舞に対し、紅明は紫のフラコンを握りしめ、ためらいを見せた。
(紅明ちゃん?)
そして軽く頭を振ると、フラコンを祈るように持ち直し呟く。
「マジカルライト・シーケンス・イニシャライズ」
弱々しい紫光を帯びたフラコンが紅明の手を離れ、その中にエディが吸収されるように飛び込む。だが……
《変身シーケンスレディ、イニシャライズ……エラー。代用シーケンス起動》
本当ならシンボル――紅明であれば、世界で最も有名な数式「E=mc²」だったろう――を輝かせるはずのフラコンは、光を失って落下し、紅明の手に収まった。
「エラーって……」
異常な事態に、思わず戸惑いを口にする舞。
「これは、私の犯した罪への報いよ……舞、あなたには、見られたくなかった……」
そう言いながら紅明はフラコンをしまい、銀色の筒を取り出した。携帯用のアトマイザーだ。紅明がそのキャップを外して自分に向かって香水を噴霧すると、薄っすらと紫に光る霧が彼女を取り巻き、ほのかなラベンダーの香りが拡がった。
紅明の手から離れたアトマイザーはくるくると回りながら次第に大きく変形し、右肘から先を覆う装具に変わる。そして、漂う霧は紅明に向かってわずか0.05秒で急速に集まり、気付くとその姿は魔法少女になっていた。
《代用シーケンスコンプリート。フォトニッククレア、セーフモード》
「行くわよ、舞」
「紅明ちゃん……今のって……」
紅明は答えず、舞の方を見もしなかった。もし、舞が彼女の前に回り込んだなら、その頬を一筋の涙が伝ったのを見たことだろう。
《セーフモードはシステムエラーに備えた緊急用の変身オプションだ。彼女には何か事情があるのだろう。舞君、今はデショーンに集中した方がよい》
「分かったよワーヌ。紅明ちゃん、とにかくデショーンを何とかしよう」
「……スペース・フォールド」
紅明が河原沿いの堤防とその場とを接続し、舞は空中に切り抜いたように現れた別の景色へと複雑な表情で駆け込んだ。
◆
『ショーガイシャ、ズルイデショーン!』
河原で暴れていたデショーンは目と口の形に穴があいた巨大なヘルプマークから手足が生えた姿をしていた。手足は、無数の紙を重ねたようになっている。
「悪趣味。施恩にはとても見せられないわね……まして、ジェンメイにこれを見られたら日本の恥だわ」
目尻にまだ涙を浮かべた紅明の表情が、徐々に怒りに染まっていく。
「フォトニック・レイ……フォトニック・レイ」
『コーゲキ、ズルイデショーン!』
紅明が装具から連続して光線を放つと、デショーンはよろめき、怒ったようだ。
『ズルイ!ズルイデショーン!!』
デショーンの手足から紙が放たれた思ったら、それが1枚1枚鳥のように羽ばたきながら紅明に襲い掛かる。
「フォトニック・ストーム!……うっ」
「紅明ちゃ、きゃあっ!」
紅明は飛来する大量の紙を光線の乱舞で迎え撃ったが、全ては防ぎきれず、鳥に群がられるように地面に縫い留められた。思わず駆け寄った舞にもまた、鳥となった紙が襲い掛かる。
『ゼーキン、オモイデショーン……』
デショーンの目と口が、悲しそうな表情を作る。
《落ち着きたまえ。紙なのだから燃やしてしまえばいい》
「分かった……クイック・リアクション」
紙と空気との反応を加速、燃やし尽くす舞。だが、紅明に纏わりついた紙を燃やしたら火葬になってしまう。
「紅明ちゃん、紅明ちゃん……」
舞は大量の紙に埋もれた紅明の隣に座り込み、紙をつかんでは引き離して手当たり次第に燃やした。
(何だろうこの紙……男の人?60000?)
舞はそれに「60000」と書かれているのに気付いた。さらに椅子に座った黒い服の男性と、その背後に立つ白い服の男性の絵、どうも英語ではないらしいアルファベットの文章も記されている。
舞が何とか紅明を助け起こすと、彼女はその紙の1枚を手にした。そして、少し間をおいてそれをぐしゃりと握りつぶして立ち上がる。
「……許さない」
「どうしたの紅明ちゃん?」
舞はとても嫌な予感がして声をかけた。
「……あなたは知らなくていいことよ。離れていなさい。あいつを消滅させるわ」
そして、右手をデショーンに向けると一言告げる。
「フォトン・トーペード」
――だが、何も起きなかった。
「フォトン・トーペード……フォトン……どうして……」
繰り返しフォトン・トーペードと唱える紅明の顔色がどんどん悪くなっていく。ただならない様子に舞はおろおろした。
「紅明ちゃん……落ち着いて、本当にどうしたの?」
紅明は右手を下ろし、下を向いて何も答えない。
《おそらく、禁忌魔法を使おうとしたのだ。セーフモードの制限のために起動に失敗したのだろう》
「禁忌魔法……」
舞のつぶやきに、紅明が反応した。
「そうよ。私の罪、禁忌魔法フォトン・トーペード……でも、必要な時に使えないなんて最悪ね。こうなったら……手数で圧倒するしかないわ」
『ズルイデショーン!』
その時上がったデショーンの雄たけびに反応するように、紅明は駆け出した。
「フォトニック・ストーム!」
光線の乱舞を発しながら、デショーンに突っ込んでいく様子は、いつもの冷静な彼女とは明らかに違っていた。
《舞君、紅明君を助けたまえ。セーフモードであのように魔法を撃ち続けたら、すぐに魔力が尽きてしまうだろう。先ほどのスペース・フォールドで、既にかなりの魔力を使っている》
「わ、分かったよワーヌ。クイック・リアクション!」
舞は紅明に襲い掛かろうとする紙の鳥を焼き払うと、自分も加速して彼女に続いた。




