第25話:堂峰誠一郎です こんな顔してますが 内気な小心者です
「お父様!」
会場の入口で、施恩が声を上げる。
舞はたまげてた。実際に「お父様」という言葉が使われる場面を始めて目にしたからだ。
「着いたのか、施恩。調子はどうかな?」
渋井に車椅子を押されながら近づく施恩に声をかけた男を見て、舞はさらにぶったまげた。
(マフィア?ヤクザ?)
その一角は異様な雰囲気だった。
その男――施恩の父、堂峰 誠一郎は短い髪を生え際が極端なM字型のオールバックに撫でつけ、一目で上質と分かるスーツに磨かれた革靴を身につけて、片手にはガッシリとしたジュラルミンケースを下げていた。背は決して高くはないが姿勢よく隙のない佇まい、目は左右に離れた四白眼で眉毛がほとんどなく、鋭い眼光が自然と周囲の人を萎縮させるようだ。
傍らにはサングラスをかけたガタイのいい黒服の男が立ち、背後にはこれも近付きがたい雰囲気の、スラリとした長身の美女が付き従っている。
「絶好調ですよ。一緒に来ていただいたお友達のお陰です」
「そう」
短い返事。そして、その視線が舞と紅明を捉えた。
「丹生さんと、もう一人の子は初めてだね」
その問いに、渋井が車椅子を舞たちの方に向けながら答えた。
「施恩様の魔法少女の後輩で、お友達の大奈さんです」
「舞ちゃん、こちらへ。父を紹介しますね」
「ふひゃ」
「行きましょう、舞」
面食らっておかしな声を漏らす舞を、紅明が促す。緊張した舞はギクシャクした動きで近付くと、目を白黒させながら口を開いた。
「だ、大奈 舞です。施恩ちゃ、施恩しゃんの後輩をさせていひゃいまう」
その様子を見た施恩は、眉をひそめて父親に抗議した。
「もう、お父様ときたら、そんな怖いお顔をなさらないでください。笑顔ですよ!」
紅明も舞に注意した。
「おはようございます、堂峰パパ……舞、そんなに緊張しては失礼よ」
堂峰パパ――その呼び方に耳を疑った舞は、思わず紅明を見た。そして紅明がいつもは表情の乏しいその顔に、はっきりと驚きの色を浮かばせる瞬間を見た。その視線の先を追って誠一郎を見た舞は息を飲む。
ニタァ
その「笑顔」は完全に悪人のそれだった。
「驚かせてすみません、大奈さん。それに丹生さんには、いつも施恩が世話になります。今日は施恩のために来てくれてありがとうございます」
紅明は何とか驚きを飲み込んでコクリと頷いたが、舞は口をパクパクとさせた。すると、長身の美人が口を開いた。
「社長、お身内以外にその笑顔を向けるのはおやめくださいと、何度言ったらよろしいのですか?施恩様もお気を付けくださらないと……」
「ああ、これは失礼しました」
悪人笑いをひっこめて真顔に戻る堂峰パパ。施恩は苦笑――花の零れるような笑みは父親とは似ても似つかない――を舞に向けた。
「ごめんなさい、舞ちゃん。私にとっては普通なのだけれども……少し、お父様は誤解されやすいのです」
「どこが『少し』だと仰いますの?言葉は正確に使うべきですわ、施恩」
呆れ顔のエディが言うと、施恩は苦笑のまま小首を傾げた。エディは小さくため息をつくと他の2体のメントルと共に堂峰パパに近付く。その先頭に立ち、呆れた様子で口を開くのはアルだった。
「おはよう、堂峰パパ。相変わらずみたいだね」
「アル、あなたもお変わりないようで何よりです」
アルと堂峰パパが挨拶を交わすと、エディはまた小さくため息をついた。
「噛み合わない挨拶をなさらないでくださいまし……さて、ミスター堂峰、舞のメントルを紹介しますわ。こちら、ワーヌでしてよ。ワーヌ、こちら、施恩の御父上の『堂峰パパ』ですわ。おかしな呼び方ですが、ご本人がそう呼べと仰るので、皆そうしておりますの」
「ありがとう、マダム。私は大奈君のメントルをしている、ワーヌことアントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエだ。以後よろしく、堂峰パパ」
「よろしく、ワーヌ……それにしても、プログラマの先駆け、20世紀最大の科学者に加えて化学の父とは、子供たちは師に恵まれているようですね」
それから堂峰パパはメントルたちと話し込み始めてしまった。施恩はその様子を見ると、舞と紅明に声をかけた。
「もう、お父様ときたら、好きなお話になるとすぐ夢中になってしまって……私は渋井さんと受け付けをして選手エリアに行きます。後のことは父の後ろにいる秘書の栗田さんにお願いしてありますから、何でも頼ってくださいね。では、栗田さん、よろしく」
「う、うん。施恩ちゃん、応援しているから頑張って!」
「行ってらっしゃい、施恩。応援しているわ」
「ありがとう2人とも。では、行ってきます」
「お2人とも、また後程。私は介助者としてお嬢様と一緒に行きますので。舞様は初めてで驚かれたかもしれませんが、旦那様はあれで良い方ですので、どうか毛嫌いせずお付き合いください」
『どうか毛嫌いせず』
その言葉に舞はハッとした。
(そっか、施恩ちゃんのパパの見た目が怖いからって、私、ちょっと偏見持っちゃうところだったんだ)
「ねえ、紅明ちゃん。私、頑張って施恩ちゃんのパパと仲良くなってみるよ!」
「別に普通に接すればいいのよ」
そんな紅明の表情は、いつものように読みにくかった。
◆
パラスイマーの準備は時間がかかる。開会式まですることもないので、栗田の手配で一行は近くの喫茶店で過ごした。
メントルたちとの話が尽きない誠一郎は黒服の男――田岑というらしい――とともに席に着き、舞と紅明は並んで栗田の向かいに座った。
そんなふうに気を遣われた舞だったが、談笑する誠一郎が時折「ヒヒヒ」と笑いを漏らすのが気になって仕方なかった。偏見は良くない、と分かっていても本能的に感じる不気味さはどうにもならずとにかく居心地が悪い。
キィ、カラン
だから、喫茶店に入ってきた一行の中に見知った顔――エスパーンダ真美ことジェンメイを認めた舞は、相手が敵対勢力らしいにもかかわらず、何故かホッとしてしまったのだった。
「あっ、おはようございます、エス……じゃない、ジェン先輩」
「なゼ、お前たちがここにいるネ?」




