第24話:支配の魔法少女はね、ずっと他者との対等な関係を築きたかったんだ
「舞、この週末、時間はあるかしら?」
中学校生活にも少し慣れてきたある日、舞は紅明から声をかけられた。
「紅明ちゃん!週末、特に何もないけど……どこか遊びにでも行くの?」
舞は声を弾ませた。入学前から憧れを抱いていた紅明──だが、学年が違い部活動もしていない彼女とは魔法少女としての戦闘中以外、接点があまりなく残念に思っていたのだ。
「土曜日、施恩が出る大会の応援に行くわ。あなたも来るかしら?」
「大会?レトロゲーム?それともプログラミング?応援はいいけど、見て分かるかな……」
舞としては施恩の応援は吝かではない。だが、レトロゲームにせよプログラミングにせよ、自分が見て分かるとは思えなかった。
「水泳よ。知らなかった?施恩はパラスイマーなの」
「パラスイマー?」
「障害者の水泳選手のことよ」
「えっ、そうなんだ!施恩先輩すごいなあ!行く行く、絶対行く!」
舞は思い出した。カナヅチデショーンの事件のとき、確かに施恩先輩は言ったのだ。
『泳ぐのは、歩くよりは多少得意ですよ?』
◆
「悪いわね、施恩。車に同乗させてもらえるなんて」
「うん、施恩先輩ありがとう」
当日、舞と紅明は施恩の車に同乗して会場に向かっていた。高級セダンの後席に、3人仲良く並んでいる。
エディとアルは助手席に座っていたが、車が出発して間もなくうつらうつらとし始めた。居眠りすら優雅なエディ、ひっくり返っているアルと、その様子は対象的だ。
ワーヌは車は酔うと言ってフラコンの中で休んでいる。
「良いのですよ、席は空いていたのですから。それに、大会前はどうしても気が張ってしまって……あなた達と一緒のほうが心強いです」
明らかに高級と分かる内装を汚さないように――ガチガチに緊張していた舞は、左隣に座る施恩を見た。
「施恩先輩でも、緊張するんだ……」
「しますよ。でも、舞さんのほうが何だか緊張しているようですね?」
2人は笑い合った。そこへ堂峰家の運転手、渋井から声がかかる。
「お嬢様、すっかり緊張が解れたのではありませんか?舞様のようなご友人が来られて、本当に良うございました」
その低く渋い声――いわゆるイケボというやつだ――に舞はどうしようもなく恥ずかしい気持ちになり、顔を真っ赤にして慌てた。
「そんな、私、何も……それに、友人というか……後輩で……」
「あら、私は舞さんをお友達だと思っているのに、そんなことを言われると悲しいですよ?」
施恩がおどけてみせると、舞はまた笑った。
「もう、施恩先輩……」
「お友達なら先輩ではなくて、施恩ちゃん、ですよ」
「えっ」
舞が施恩を見詰める。施恩は顔を徐々に赤く染め、そして目を逸らした。
「施恩、今のは無理があるわ。誰もあなたのことをちゃん付けで呼んだりしていないじゃない」
右端から紅明の呆れたような声が届く。
「紅明ちゃん、と舞さんに呼ばれているあなたのことが……その……少し羨ましかったのです。舞さん、今のは忘れて」
「し、施恩ちゃん……ちょ、ちょっと緊張するけど……うん、お友達、大丈夫」
施恩の訂正を制止するように、舞がちゃん呼びを決行する。施恩は目を見開き、呼吸を忘れて舞を見た。
「舞、お友達って、緊張し合わない間柄のことだと思うのだけど?」
紅明の再び呆れたような、だが先程よりも柔らかな声……そして沈黙。舞は高級車の静粛性に密かに感心していだが、ふと施恩を見て狼狽した。
「ちょ、施恩先……施恩ちゃん……」
何事かと紅明が身を乗り出して覗き込むと、施恩の頬を涙が伝っている。
「おかしいですね……私、どうしてこんなことで涙が……」
施恩には、歳が近い友人がいたことがほとんどなかった。
彼女が幼い頃から運転手を務める渋井はそのことを心配し、彼女の両親にも何度も訴えていた。だが、お嬢様で車椅子という属性の壁は厚く……レトロゲーム繋がりの大人の友人を拵えるのが精一杯だったのだ。
「あっ、そうそう……あった!」
舞は持っていたリュックをゴソゴソと漁ると、四角いものを引っ張り出した。舞が始めて飢餓で入院した時に渡された、ゲームガイ風フレコンエミュレータだ。
「これ、持って来たんだった。パズルでポン、練習したから……」
ポーチから取り出したハンカチで涙を押さえていた施恩は息を呑んだ。
「私……浅ましくもこんな事もあるかもしれないと期待して、自分の物も持って来ていたのですよ。……対戦しましょう」
涙もすっかり引っ込んで、ハンカチの代わりにいそいそと自分のエミュレータと通信ケーブルを取り出す。
今どきケーブル接続……それは、エミュレータを作らせた施恩のコダワリだ。
「お嬢様、悪い癖が出ますよ。折角のご友人を失わないようにお気を付けて下さいませ」
「分かっていますよ」
渋井に注意され口を尖らせた施恩だったが……手加減は一切なく、舞は全く相手にならずに一方的に負け続けた。
紅明はゲーム機を勧められても手にしようとしなかったが、施恩の超絶プレイや舞の練習プレイを上機嫌で見て過ごした。そしてこんなことも思うのだ。
(友梨佳も来られれば良かったのだけれども)
残念ながら、友梨佳は今日はこれとは別の大会に出場予定なのだ。パラ水泳の試合は普通の水泳よりずっと機会が少ないので、友梨佳は施恩の応援を優先するように、と言ったのだった。




