第23話:シフォンケーキは難しいって分かっていたのに……なんでちゃんと量ろうと思わなかったんだろう
「ああ〜、また潰れた」
その日、舞はまたシフォンケーキに挑戦し、失敗していた。
「シフォンケーキのレシピには、全部の手順に意味があるのよ。どうせ、レシピをよく読んでいなかったんじゃないの?」
そんな懐疑の目を向けてくる来栖先輩が、片手に持った皿に載っているのは和菓子……のように見えるが着色したすり身を蒸し上げたもの――要するにかまぼこである。今日も彼女はタンパク質の摂取に余念がなかった。
「レシピはちゃんと読んだけど……よく混ぜるとか、切るように混ぜるとか、メレンゲは固くなりすぎてはだめとか、よく分かんないんだもん」
「では舞君、今回のシフォンケーキは、前回の失敗から何を変えたのかね?」
困り顔の舞に、ワーヌが問いかけた。
「……どうって……うーん、何がどうと言われても……」
「闇雲に試行錯誤するのは感心しない。失敗した時は、何が原因かを考えて、その原因に手を加えるのが解決への道だ」
「でも何が原因かなんて……」
眉を下げる舞に、小林先輩が助け舟を出した。
「舞ちゃん、これは、中に大きな空洞ができているから冷める途中で潰れたのよ。これはメレンゲと生地がよく混ざっていないときの失敗だわ」
「そっか、ありがとう小林先輩。じゃあ次は気をつけるからきっと大丈夫かも……じゃあ、潰れちゃったけど食べちゃおう」
そんなふうに話を終わらせようとする舞にワーヌが呆れたような目を向ける。
「舞君、今回は、メレンゲと生地とをどのように混ぜたのかね?」
「どうって……生地にメレンゲを入れて、ヘラで切るように……っていうのがよく分からなかったから、平べったい面に沿って、さっくりと何回も動かした感じ」
「あー、それじゃ混ざらないわー。ボウルの底から生地をすくい上げてメレンゲに被せる感じにするといいよ。切るようにっていうのは、あんまりグチャグチャかき混ぜないようにってことだから」
来栖先輩が頬張っていたかまぼこを飲み込んで言った。
「そうなんだ。ありがとう、来栖先輩」
そしてフォークを手にしようとする舞に、再度ワーヌが言う。
「舞君、それを記録したまえ。ノートはどこかね?」
「ノート……記録……カバンは教室にある……」
「料理というのは化学とよく似ているようだ。実験条件と結果を記録し、結果の原因を考察してそれを記録に残す。そしてそれが次回の実験条件の根拠になる。その繰り返しが真理への道なのだよ」
「……真理……料理なんてそんな大げさなものじゃないよ?」
舞はヘラヘラと笑って再びフォークに手を伸ばす。その手首を来栖先輩がパシ、と掴んだ。
「ちゃんと話聞こうか?レシピ帳もなしにケーキを焼こうだなんて、スイーツ舐めんなよ?シフォンケーキは繊細なんだ。そんなじゃ一生マトモに焼けっこない」
「……え、あ、う……ごめんなさい……」
先輩が鋭い視線で見つめて来るので、舞は顔を青くした。掴まれた手首がちょっと痛い。
「まあまあ、夢珠ちゃん抑えて……でも舞ちゃん、たしかにレシピ帳はあったほうが良いわ。ちゃんと書いておかなかったことって、忘れるもの。折角良い分量を見つけたのに忘れてしまったら、悔しいじゃない?」
「……確かにそうか。レシピ帳、用意します。小林先輩、来栖先輩、ワーヌ、ありがとう」
小林先輩に諭され、舞は素直にレシピ帳を作ることを約束した。
「わ、分かればいいのよ。次はうまくできるといいね」
そんな舞の態度に来栖先輩は少し恥ずかしそうだ。
「あらあら、夢珠ちゃんったら……さあ、舞ちゃん、お茶でもどうぞ」
小林先輩は、ニコニコしながらお茶を差し出した。
◆
その頃、授業終了と同時に急ぎ帰宅した愛彩は、母と共に来客を迎えていた。
「改めて、魔法少女協会調査員、柚木 佳那と申します。本日は報告書にありましたアンチ・メントルについてお話を伺いに参りました。まず、お母さん、アンチ・メントルとは、いつ、どういう経緯で会ったのですか?」
「はい、ジョセフは私がここでブログ記事を書いているときに言った独り言に反応して声をかけてきて……」
塔子はジョセフ・マッカーシーとの出会いと交流を語った。その出会いはデショーン化の2週間ほど前だという。話が進むにつれ、ジョセフが塔子の抱えていた危機感、孤独、そういったものに巧みに付け込んだ様子が詳らかになっていった。
「お母さん、なんであんな怪しいやつに、と思ったけど……何か仕方なかった感じ」
愛彩のポツリとした呟きに、塔子は頬を赤らめて目を逸らした。
「お母さん、どうかしてたわ……ごめんなさいね」
柚木はタブレット端末に記録を書き込みながら、無表情で言った。
「では、確認したいことがありますのでいくつか質問を。まず、アンチ・メントルと出会ったのは……」
彼女は一度聞き取った事実を繰り返し2度も3度も塔子に尋ねた。聞き取りの終わった頃にはすっかり夜も更け、愛彩はひどく空腹を感じていた。
「本日は長時間、ご協力いただきありがとうございました。また不明点などあれば、調査に応じてください」
そう言って柚木が帰ると、母は申し訳なさそうに言った。
「夕食、1品作ってあるけど足りないわね。冷食でいいかしら」
「うん、用意手伝う」
冷蔵庫に入れられていたポテトサラダは市販のパック品に刻んだきゅうりとハムを混ぜたものだった。母が箸や小皿を並べ、冷食の白身魚フライと冷凍されていたご飯をレンチンしている間に、愛彩は冷蔵庫で見つけた、昨日消費期限が切れていたもやしでオムもやしを作った。
「驚いた。手際がいいわね」
「部活で覚えた」
本当は、それはかおるが店で作ってくれたものの省略版なのだが……愛彩は正直に言うのが良くないことのような気がしてとっさに事実と違うことを口にした。
(料理同好会に入っていて良かった)
彼女が放課後に夜光蝶に通っていたことは母は知っていて、母はかおるに挨拶をしてもいる。だから、かおるのことを口に出すこと自体に問題はないはずなのだが……
「ただいま」
愛彩がそんなことを考えていると父親が帰宅してきた。
「あっ、お父さんおかえり。ご飯は?」
「食べて来るって連絡は、してないよ」
その日、千道家は随分久しぶりに家族で静かな食卓を囲んだ。




