第22話:これは、書類であっても文章ではない
「あっ、施恩先輩おはようございます!」
廊下で施恩と行きあった舞は、ファイルを1冊抱えていた。
「報告書?舞さんの担当は『オカマデショーン』のものでしょう?これから提出だなんて、ちょっと遅すぎではありませんか?」
「えへへ、入院とかしてたし、作文とかも苦手で……」
苦笑いで答える舞。それを見た施恩は眉をひそめた。
(何だか嫌な予感がしますね)
「舞さん、それ、少し見せてくれませんか?」
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魔法少女活動報告書
報告者:大奈 舞(1年)
事件名:オカマデショーン事件
1.事件が起きた日時
夕方くらい。
2.事件が起きた場所
調理室と、下駄箱の前のところ。
3.事件の概要
料理同好会でパンケーキ作ってたら来栖先輩が急に「おか おか オカマデショーン!」ってなって体が大きくなってデショーンになりました。
すごいびっくりしました。
翔ちゃんが「デショーンだ!逃げろ!」って言ったけど翔ちゃん白目で倒れちゃって、愛彩ちゃんがフライパンから落としてたしパンケーキも床にくっついててカオスでした。
私は変身して、友梨佳ちゃんとか紅明ちゃんとか施恩先輩とかみんなで戦いました。
最初友梨佳ちゃんと紅明ちゃんが戦っていたけれどもだめで、施恩先輩が手伝ったらちょっとだけうまくいった。
でも友梨佳ちゃんと私が一緒にフレイム・カーテン!ってやったら火の壁ができて、すっごい熱くてお花がやばい!って花園先輩が叫んで慌ててデショーンに移動させました。
そのあと中央通りのラーメン屋の裏の路地に行ってかおるさん(オカマのおねえさん)がミルクのお酒あげてたらデショーンが酔っ払っちゃって顔真っ赤になって筋肉がキラキラ光って私も筋肉すごい成長しちゃってブーツがパン!って破れて最後デショーンが光って消えました。
あとエスパーンダマミ(パンダ仮面の人)が「撤退だ!」って言って消えました。
学校に正体言うなよ!って言われたけどもうバレてると思うので書きます。
4.自分が行った対応
がんばった。すごくがんばった。
筋肉がついた。あと熱かった。
5.被害状況
ブーツが破れた。制服がきつくなって買いかえた。来栖先輩のおでこが赤くなった。入院した。
6.原因と思われること
翔ちゃんが料理部に入ったこと。デショーンがお酒をのんだこと。
7.反省点
もっとたくさんご飯を食べておけばよかった。筋肉が急に増えると服がやぶけるので気を付ける。かおるさんはやさしくてつよい。
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(これは酷いですね……)
施恩はしばらく言葉に迷った。
「舞さん、提出が遅れているようですけれど、このままこれを出すのはお勧めできませんよ?」
舞は背中を丸くした。
「一生懸命、書いたけど……」
(こんな態度をされるとはっきり言いにくいですね……ヒッ!)
どうすれば良いかと思案していた施恩は背中にゾクリと寒気を感じた。見れば、すぐ隣でエディがワナワナと震えている。彼女は持っていた扇子をパチンと閉じると舞の目の前に飛んでいき、ビシリとそれを突きつけた。
「あなた、いったいこれは何なんですの?」
舞は目をぱちくりとさせる。
「え、ほ……報告書……」
「ええ、タイトルにそう書いてありますわね。ですが、これは書類であっても中身は文章とは言えませんわ」
その言葉はカミソリのような鋭さだ。舞の目じりにじわりと涙がにじむ。
「だって……」
「だってではございませんわ!まずここ!『夕方くらい』とは何事ですか!その場に居合わさせた方が何人もいらっしゃったのでしょう?あなた、どなたかに何時頃のことだったかお聞きになりまして?」
舞は顔を青くした。確かに、誰かに聞けばよかったのだ。
「次!『下駄箱の前』ではなくて、そこには『昇降口』という歴とした名前がありましてよ!あなたは言葉の意味というものを大切にしていないのですわ!」
舞の顔色は青いを通り越して真っ白だ。なぜ、下駄箱の前などと書いてしまったのだろう……
「さらに!『料理同好会でパンケーキ作ってたら』とは、誰が料理をされていたのです?報告書の文章に主語を欠いているのは、肉体に魂が宿っていないようなものですわ!」
舞はカタカタと震えだした。小学校で習った「主語」「述語」……舞は深く考えたことがなかった。
「『すごいびっくりした』だなどと、あなたの感想を書いてどうするのです!
……言い出したらキリがございませんね、あなたは人に何かを伝えるという行為、言葉そのものを冒涜されているのですよ!」
言葉そのものを冒涜――その一言が、舞の胸に最も深く突き刺さった。舞はこの報告書で自分が何を伝えようとしているのか、まともに考えてなどいなかったのだ。
(……紅明ちゃんや友梨佳ちゃん、施恩先輩がかっこよく戦ってくれたこと。かおるさんが優しくて強かったこと。ちゃんと伝えたいのに……私、バカだった……)
「主語なき文は、魂なき肉体
述語なき言葉は、虚空に消える叫び
時系列の迷宮に囚われし事実たちは
永遠に彷徨う亡霊の如く……」
エディはついに怒りのポエムまで披露し始める。施恩は慌てて止めに入った。
「エディ、落ち着いて」
「おだまりなさい!いいこと、舞さん?特訓ですわ。私があなたを矯正して差し上げます」
振り向きざまに施恩へと圧を発して黙らせたエディは、そのまま舞の指を両手でつかんでぐいぐいと引っ張り始めた。
「え、ちょ、施恩先輩、助け……」
反省し、ぺしゃんこに凹んでいた舞だったが、エディに引張られ始めると心の底から恐怖と戸惑いが湧き上がってきた。が、助けを求められた施恩は力なく首を横に振った。
「エディがそうなったら、もう止まりません。諦めてください」
それを見て、魂の抜けたような顔で自習室に引きずり込まれる舞。
エディこと、エイダ・ラブレス――世界最初のプログラマとして知られる彼女だが、その父は大詩人として知られるバイロン卿だ。彼女はロジックが全ての冷たい女性だったのではなく、コンピュータがその形を成す以前から「機械が芸術を生み出す可能性」に言及したロマンチストで、父親譲りの詩的センスの持ち主でもあったのだ。
そんな彼女が、ロジックも文章表現も破綻した舞の書類を、許すはずもなかった。
◆
【嘆きの自習室】
時折響くエディの容赦ない指導の声、舞のすすり泣き……
それを耳にした生徒たちから広がった噂にはこれでもかと尾ひれがつき、やがて、ふたば中学校に新たな学校の怪談が生まれたのだった。




