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第15話:帰為上(帰るを上と為す)

「失礼しましたー」


「あっ、出てきた」


舞は職員室から愛彩が出てくるのを廊下の曲がり角から覗いて待っていた。フラコンを通して友梨佳から事情を知らされた彼女は、加納先生に呼び出された愛彩のことを心配していたのだ。


「大丈夫だった?」


「うん、あの先生は、脳筋ではなくて、加納先生。もう覚えた」


「愛彩ちゃん、記憶力いいのに人の名前覚えるの苦手だよねえ」


「記号みたいなもの覚えるの、苦手。電話番号とかも苦手」


「記号って……」


舞は人の名前を記号と言い放つ愛彩の言葉に戸惑いを覚えた。だが、愛彩と一緒に職員室から出てきたローザはそうでもないようだ。


「分かるわ。人の名前など、もとより個体の呼び分けのための記号に過ぎない。意味性のないものを覚えることは難しいし、私も人の名前を覚えるのは得意ではないわ」


「ワーヌ、どう思う?」


納得できない舞はワーヌにも意見を求めた。


「言いたいことは分かるが、名前は意味性を含む場合もある。例えば私のフルネームはアントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォワジエだが、この『ド』というのは貴族位にあることを示すものだ」


そのちょっとズレた回答に、舞の興味が切り替わった。


「あっ、やっぱりワーヌは貴族だったんだ」


「いや、この地位は便利だったので金で買ったものに過ぎんよ。私の家系は元は平民だ」


「買った?」


「ええ、その通り。フランス人の成金趣味ですわ。そして、その地位によって身を滅ぼした。違いまして、ワーヌ?」


そこに割り込んだのがエディだった。車椅子から、施恩も舞を見上げている。


「ごめんなさいね、舞さんを見かけて来てみたのだけれど……エディが突っかかってしまったわ」


「突っかかってなど……いえ、わたくしとしたことが、つい。失礼いたしましたわ」


エディはどこからか取り出した扇子を広げ、目から下を隠して軽く頭を下げた。


「舞ちゃん、多分だけど、貴族の話はワーヌにとって面白くない話。別の話にしよう」


愛彩が話題転換を図る。だが、これは愛彩自身にとっては藪蛇だった。


「そうだ、愛彩ちゃん!折角魔法少女になったのに、続けないってどういうこと?」


「……なぜ、知ってる?」


「友梨佳ちゃんがフラコンで教えてくれたんだよ!ねえ、一緒にデショーンと戦おうよ」


「フラコン……あれは、脳き、じゃない、加納先生が持ってる」


「どうして?」


「書類を書くように言われたけど、嫌だって言ったら取り上げられた」


舞は初日に紅明が言っていたことを思い出した。


『届け出の書類を出さないと、フラコンが没収される可能性があるわ』


まさか本当にそんなことが起きるとは信じられず、唖然としてしまう。その様子を見た施恩が愛彩に尋ねた。


「愛彩さん、私とお話するのは初めてですね。改めて、堂峰施恩です。魔法少女になれたからには、あなたには偏見と戦う心はあるはずです。それなのに、どうして魔法少女が続けられないのですか?」


「堂峰先輩……千堂愛彩です。続けられない理由は……フラコンがないから?」


施恩は一瞬、返答に詰まった。


「そ、それは確かにそうでしょうけど、そもそもどうして書類を書かないのです?」


「面倒だし」


その返答に、施恩はいよいよ頭を抱えた。


「面倒が理由で魔法少女をしないだなんて、何て呆れた……」


「私と違って愛彩ちゃんは作文得意なのに!それに、さっき、ええと、ローザから逃げ回ってたでしょ?最初から嫌だったんじゃないの?」


「舞ちゃんは時々ちょっとだけ鋭い。確かに最初から嫌だった」


「えー」


「いい加減にしなさい!」


舞が困って眉を下げると、ローザが愛彩へと大きな声を出した。


「あなた、自分が偏見にさらされている側だという自覚はないの?偏見と戦わなければ、『女だから』という理由だけで全てを奪われることもあるのよ!」


「ローザがそうされたことは知ってるけど……わたしは戦うより逃げるタイプ」


「減らず口を……」


「そのくらいにしないかローザ君。嫌がっている者に無理強いしても仕方がないだろう」


「ええ。レディがそのように喚き立てるものではありませんことよ?」


金切り声を上げるローザを、ワーヌとエディが窘める。だが、ローザはますます激高した。


「男の言うことはクソだ!それに女のステレオタイプを私に当てはめるなよクソビッチ!クソ!折角見つけたプロトジェがこんなポンコツだったなんて!みんなクソくらえ!!うわあああん!!!」


そして泣きながらどこかへ飛んで行ってしまった。上流階級のメントル2体はあまりの口汚さに絶句。


「……これだから、偏見も、それと戦うのも、くだらない」


愛彩の醒めたつぶやきが、職員室前の廊下に落ちた。



「職員室の前で騒ぐな!」


そこへガラガラと職員室の戸が開き、空気を読まず加納先生が顔を出す。


「はい!ごめんな……うえっ、ゲホゲホ……なにこの臭い!」


舞が驚いて謝るが、漂う臭いにむせ込んでしまう。


「なっ、一度帰って着替えてきたというのに、まだ臭うか?」


「加納先生、実は皆さん我慢されていて……今日はもうお帰りになった方が」


職員室の中からは別の先生の声。加納先生はがっくりと肩を落とし、職員室の中へと声をかけた。


「すみません、では、今日は早退することにします……」


そしてとぼとぼと帰っていく。舞たちは何とも言えず黙ってその様子を見送った。


「あれはスカンクの臭い。わたしのせい」


愛彩が告白する。


「何やったの、愛彩ちゃん?とりあえず、調理室に戻ろうよ。片付けしないと」


「うん」


「部活の途中だったのですね。では、愛彩さん、魔法少女の話はまた明日にしましょうか」


愛彩はゲンナリした顔つきを返したが、施恩はただ、優しく微笑むばかり。やがて、愛彩は根負けしたように零した。


「はい、先輩……いつ、どこにいけばいい?」


「放課後、レトロゲーム研究会の部室で待っていますね」


そんな約束をしたのだが……その晩、事態は誰もが予想だにしなかった展開を迎えることになる。

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