第10話:オマエ、本当に女子中学生?
逃げ出したオカマデショーンは、施恩がエテクーンに追わせている。その位置が落ち着くまで待機している魔法少女たち……その間には気まずい空気が流れていた。紅明の醸し出すピリついた雰囲気が、その主な原因だ。
「舞ちゃーん!どうなったの!?」
昇降口から愛彩が駆け出してきたとき、舞はこの脳天気な友人がいたことに心底感謝した。
「愛彩ちゃん!翔ちゃんはもういいの?それにエスパーンダは?」
「翔星くんは気がついたから、ぶちょーが保健室に連れてった。それから、パンダは消えたって、先生たちが騒いでたよ」
「消えた?」
「よく分かんないけど」
舞と愛彩がそんな会話をしている傍らで、施恩が紅明に話しかけた。
「紅明さん、デショーンの動きが止まったわ。場所は分かるかしら?」
施恩の脇に、どこかのビルの入口を映した映像が楕円形に浮かび上がっている。エテクーンの視界が映し出された、「スレイブ・ビジョン」だ。じっと映像を見る紅明だが、分からないらしく首を振る。
「中央通りのラーメン屋さんを曲がった先」
愛彩が上げたそんな声に、魔法少女たちは困惑の表情を見せた。
「ありがとう、助かったわ……でも、どうしてそんなところのことを知っているのかしら?」
紅明が言うのも無理はない。中央通りのラーメン屋を曲がった先――そこはいわゆるこの町の悪所で、女子中学生が好んで近付くような場所ではないのだ。
愛彩は顔を背けて聞こえないふり。その顔にはあからさまに「ヤベー」と書いてある。
「まあいいわ、行くわよ。スペース・フォールド」
紅明が右手を脇に突き出しながら発声すると、その手首より先が消えた。よく見ればドア1枚程度のサイズの、鏡のようなものの中に手首から先が突っ込まれている。それは、鏡ではなく、そこだけが「中央通りのラーメン屋」の風景になっているのだった。
「舞は初めてだったわね。これは離れた場所とこことの間の空間を折りたたんで接続しているのよ。魔力消費が激しいから、早く通って」
何が起きているのかわからない様子の舞に、紅明が簡単な説明をする。
「よっし、次こそやっつけてやるぜ!」
「花園君、またね」
友梨佳と施恩はさっさとその切り取られた景色の中へ進んでいった。
(……よし、わたしも頑張ろう)
「愛彩ちゃん、いってくるね」
景色の中に駆け込む舞。
「あっ、いいな!私も!」
愛彩はそれを追おうとしたが……
「それはだめよ」
紅明は冷たくそう言うと、自分もその景色の中へと進んでいき、愛彩が追いついたときにはそこは全くもとの通りになっていた。
「つまんないの……」
振られた愛彩が振り返ると、花壇脇のプランターに散水しようとしている花園君と目が合った。
「先輩、ハゼリソウ、好きなの?」
「芽を見ただけで分かるなんて、詳しいなあ。僕は良く分かんないんだけど、生徒副会長の趣味なんだって。生徒会の依頼で園芸部の1年の子が種を撒いたんだよ」
「よく見れば、分かるよ。草が生えてる。取っていいい?」
悪所に出入りし、異様に植物に詳しい。しかも男子の先輩に気軽に声をかける……彼女は底知れない女子中学生であった。
◆
友梨佳の自宅にはダニーの他にもう1体のメントルが過ごしている。先日まではワーヌも一緒に過ごしていたのだ。
そのメントルは、友梨佳の本を数冊積み上げたものを机代わりに、その上においた小さな顕微鏡を覗いていたが、ふと、その顔を上げて学校の方向を見た。
「ああ、これが、プロトジェの感覚……ようやくなのね」
◆
大発展通り‒‒夜になると怪しい看板が光り違法な客引きがうろつく悪所である。そして昼間は、人通りが少なく乾いた空気が支配する……そんな「日常」はデショーンが降り立ったことで一変していた。
『デショーン!』
デショーンの咆哮に、人が通りから我先にと逃げ出し、ビルの裏口から飛び出していく。
通りに店を構えるオカマバー「夜光蝶」のマスター、かおるは完全にデショーンと鉢合わせの形になった。
『オマエ、オカマデショーン!』
「ええそうよ……って、えええ!デショーン!?」
『オカマデショーン?』
3頭身の化粧が濃い巨大なマッチョが首を傾げる。相手が素直にオカマだと認めたことが意外だったのかもしれない。
「オ、オカマだったらどうだっていうのよ?」
『デショーン……』
デショーンは肩を落とし、寂しそうな仕草をする。最初は巨大なデショーンに驚いたかおるだったが、バーのマスターという職業柄、気落ちした相手を放っておける性分ではなかった。
「なんだか辛そうね。ちょっと待っててちょうだい」
そして店に戻った彼は、少しすると一抱えもあるクリスタルの花瓶を抱えて戻ってきた。
「はい、薄いけれどもカルーアミルクよ。これでも飲んで落ち着いて。あなた、大きすぎて店に入れそうにないから、外で悪いけど」
店に戻ったかおるは花瓶の中身をバケツに移し、手早くよく洗って店にある限りの牛乳を注いだ。それにコーヒーリキュールの大瓶ををまるまる1本加えてすりこぎでステアし、抱えて持ってきたのだ。
総重量20kgにもなるそれを軽々運んでこられたのは、女性的で華やかな衣装の内側に、鍛え上げられた筋肉を隠し持っているからだ。
『デショーン?……ウマイデショーン!』
デショーンは一瞬警戒するような仕草をしたが、かおるの手から花瓶を受け取ると一気に飲み干した。が、その顔がみるみる赤みを帯び、足元がふらつく。
「あらいやだわ、飲めない質だったのね……カルーアミルクだってちゃんと言ったのに」
オカマデショーンの中身は中学生の来栖先輩である。カルーアミルクと聞いて、それがアルコールであると分からなかった……そんな不幸な事故だった。なお、デショーンが人間に戻ったとき、アルコールの影響は残らないことが分かっているのでこの件は未成年飲酒には当たらない。
「追いついたわ、デショーン!観念しなさい!」
路地に紅明の声が響いたのはそんなときだった。
デショーンが人間に戻ったときにアルコールの影響が残らないって、何でそんなピンポイントなことが調べられてるんだよ……




