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Drused Race  作者: 鈴生
彼女
92/100

92. 反撃

 見下ろされる形で話を進められるのは癪だったので、渋々ながらもリエラを隣に座らせることにした。ご丁寧なことに、私が淹れた紅茶の入ったマグカップを持って、彼女は座り直した。私と同じシャンプーの香りがして、眉間に皺が寄った。

「で?自分で一服盛ったって?」

 忘れられもしないあの一言を、そのまま彼女に投げかける。

 彼女は流麗な流し目でこちらに視線をやってから、マイペースにマグカップを傾けた。こくりと喉が動いたのが見えた。

 含み笑いをしながら、仄暗い目付きでリエラは言った。

「…ええ。」

「…一応訊いとくけど、何の目的で?」

 わざとらしく見開かれた瞳に、部屋の照明の光が当たっていた。彼女の虹彩はほとんど黒に近い茶色だった。

「まさか、ご自身の魅力にお気づきでないのですか…?()()()、さま。」

 それを鼻で笑い飛ばす。

「お前のことだから端から私が目的だろ。どこまでが計画の内かなんて考えたくもないけどな。あの夜、夜這いでもする気だったか?」

「…もし、その通りだと、申し上げたら?」

 予想していた答えを聞いて、軽く舌を出して答える。

「死ぬ気で抵抗しただろうな。あんな状態でも正気は残ってんだよこっちだって」

 手元に口を当てて、上品にくすくすと笑い声を上げた彼女が、身体を預けてきた。もう好きにさせてやることにした。これだけばっさり切った以上、今以上に踏み込んでくることはないだろう。


 彼女の、()()の仕方は、ここまで嫌というほど身体で学んできた。

 もう、折れない。

 私は、スズメバチなのだから。


 人間らしさすら切り捨てるほどに冷酷な、私の持つ本来の演算処理能力が戻って来たのを感じ取る。頭の回転が、ここ最近の中では最高潮に達していた。

「いつあれを飲んだ?なんでガレージに行った?取り巻きの男どもは誰だ?全部答えろ。」

 こちらを焦らすかのようにゆっくりと瞬きを繰り返すリエラの様子を伺うことなく、飲みかけだった紅茶を一気に呷る。その勢いで、肩にもたれ掛かっていた彼女のバランスが崩れかけて、その温かな身体が離れて行った。

 今度はもう、その温かさを追うことはなかった。

「…あの夜、レースが終わって、わたくしは、セイカさまの後を追っておりました。」

 言葉を挟む気にはならなかった。そのまま続けさせる。

「お煙草を吸っているのを見て、声を掛けようかと思いましたの…でも、スサミさんがいらっしゃって、わたくしの出る幕ではない、と思いました…」

 こくりと彼女の喉が動く。

「あのとき声を掛けていれば、わたくしはセイカさまを、どこかのお店へお誘いしようと思っておりましたのに、その機会を奪われてしまって、どうしようもなく悔しくって、寂しくって、わたくしは、そのまま…」

 視線が揺らぐ。

「セイカさまの、カインのお休みになっているガレージに行って…薬を口に含んで、それで…思い込みましたの…」

 膝の上で組まれた手が、組み直される。彼女の頬が紅潮したのが見えた。

「…セイカさまと、一つになれたら、と…」

 その直後に、苦々し気に吐き捨てられる。

「わたくしにとって薬なんて、要りませんでしたわ。だから、すぐに吐き出しましたの。」

 思わず顔を顰める。聞いていた話と違う。

「自分で飲んだっつったよな?」

「飲み込んだなんて一言も申し上げておりませんわ。」

 いけしゃあしゃあと告げられて、呆れ返る。顎をしゃくって、続きを促す。

「そのままカインに身体を預けて、どれほどの時間でしょうか…ぼんやりしておりましたら、足音が聞こえたんです。いくら妄想に耽っていても、わたくしは整備士(メカニック)ですから…足音がおかしいということには、すぐに気付きました。」

 真剣な眼差しで、こちらに視線が向けられる。

「あの男たちは、スミスさんの名前を、挙げておりました。スミスさんに、雇われたのでしょう…セイカさまの、カインを、壊すために。」

 不思議と、スミスの名前を聞いても、感情は一切動かなかった。脳裏で、あのレースの後に控え室(ロッカールーム)の扉の先で沈んだ目をした彼を思い出す。レース場のガレージで、意味ありげな言葉だけを残して去って行ったアンナを思い出す。

「へえ。」

 妙に平坦な声が出た。眉根にほんの少し皺を寄せたリエラが、私の目を覗き込むようにして様子を伺ってきた。

「セイカさま…?」

「なんでもない。あとは?それだけ?」

 一瞬言葉に詰まったリエラが、ぎこちなく頷く。

「え、ええ…わたくしからお話しできるのは、以上ですわ…」

「そう。」

 足を組んで、肘掛けに右肘を置いて思考に耽る。

 レーサーとして見覚えが無いのは当然だった。スミスが雇った人間で、かつ、雇い主に直接的な悪影響を及ぼさない存在となると、ある程度使い捨てができる下級レーサーだろう。グランプリなんて一生縁もないような連中だ。

 きっとあのときにガレージにいた男たちは、もうドルーズドにはいないだろう。スミスからすれば、任務に失敗した連中を囲っておく理由もない。それに、下級の連中は囲いから解き放った途端に雇い主である彼に反逆しかねない。危険因子は潰しておくべきだ。

 そう考えると、彼が会場で一切糾弾されなかった理由も、あの告発の場で冷ややかな目をしていたこともすべて説明がつく。

 彼が裏工作の親玉か。


「リエラ。」

 マグカップを両手で包み込むようにして、少しずつ紅茶を飲んでいた彼女の肩が、びくりと震えた。

 この指示は、正しい。

 だって、ここは、ドルーズドなのだ。手段なんて、選んではいけない。ルールは観客だけが決めるものだ。

「お前に任せることは、二つ。」

 肘掛けから身体を起こして、組んでいた足を解く。

 逃さないように、真っ直ぐに、彼女の揺らぐ両目を見つめる。

「一個目。カインの整備。好きにしていい。私が乗れるように、完璧に仕上げること。」

 見つめている彼女の目が、歓喜と不安でまた大きく揺れた。

 彼女の肩を左手で掴む。右手を動かすにはいささか痛かった。

「二個目。アンナとスミスを、グランプリ決勝戦(ファイナル)で、潰せ。お前も、あのバディも、私たちよりも早く出走するはずだ。私のために、障壁を潰せ。」

 目が零れんばかりに大きく見開かれた目を覗き込む。肩を掴む力を弱めてはならない。耳元で囁く。

「逃げるなよ、私の、整備士、リエラ。」

 彼女の手元で、両手が忙しなく組まれては解かれているのが見えた。

 ふっ、と耳に息を吹きかけると、彼女の身体が大きく跳ねた。その反応に満足して身体を離す。ソファから一足先に立ち上がって、ブランケットを畳みながら話しかける。

「天気悪いけど、夕飯でも食べ行かない?デリバリーでもいいけど。あ、てか一晩借りるって言ってたけど、それ今夜でいい?リエラの服洗って乾かすから泊ってってよ。整備についての話もしておきたいし。」

 急な切り替えに、目を白黒させながら、リエラはなんとか私の言葉について来ていた。

「…え、っと、よろしいの、ですか…そんな、お夕飯から、お洗濯まで…」

「さっきまでの、私の全部を骨の髄まで食い尽くさんばかりの勢いはどうした?」

「…いえ、その……セイカさま、」

 言い淀んでいる様子だったので、何を言われるか察した。

「寝室に入らせるかよ。…ああでも、仮にも客人だしな…ソファで寝かせるなんて整備士にさせていいことじゃねえな…」

 ぶつぶつと呟きながらカップをキッチンに持っていく私を追いかけるようにして、リエラもついて来た。シンクにカップを置く私を、後ろから抱きしめられる。

「同じベッドで寝るのは、いけませんか…?」

「それが一番合理的だな、夕飯どうしたい?」

 顔を見なくても、彼女が不貞腐れたのがわかった。でもそんなことに取り合う必要なんてない。

 カウンターで、ずいぶん慣れた左手を使って端末を操作する。デリバリーでも外食でもこの時間ならまだ店は選べる。

 後ろからすっと伸びてきた手が、端末をすいすいと操作して、注文カゴにトルティーヤを入れていた。しれっとポテトとドリンクも付いている。自分も同じ店のハンバーガーを頼むことにした。ポテトもドリンクももちろん付けるが、もっと重たいものも食べたい気分だったので、最も看板メニューの揚げ鳥も多めに注文した。残れば次の日に食べればいいだけの話だ。


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