82. 鬨声
彼女が黙する間、一人で思考に耽る。リュカは、私たちの名前の由来を聞いただろう。父の、トカラの可愛がられていた過去を聞いただろう。トカラがイズモに心酔していく様を聞いただろう。でも、それ以上に私が知りたいのは、イズモが、王者の座に八百長という手段を使ってでも居座り続けているかもしれないという謎だった。
もちろんあの様子では、スサミは止めただろう。止めたけれど、止めきれなかったのかもしれない。彼は、父についての話を、懺悔だと言っていた。彼にとっては、これは、父に関する全ての事象は、罪に他ならないのだ。その根底にあるのはきっと、彼が唯一彼らを止められる立場にいながら、止めることができなかったという後悔だ。
イズモに、全てを聞かなければならない。彼は、明後日にレース会場に現れるだろうか。
「…ねえ、リュカ」
一言も発さない彼女に話しかける。
「イズモさんたち、来ると思う?」
「…来ないよ、行かないって言ってたし。」
諦めたような口調だった。彼女も彼の判断に抗議したのかもしれない。
「…そう、わかった…」
溜息しか出てこない。こうなれば、イズモに連絡を取る手段はあの文通しかない。あれ以来、一度も送られてこないはがきを書かなければいけないのかもしれなかった。スサミは、それに目を通すだろうか。イズモは、送ったとしてもそれに返信をくれるだろうか。
レースに関してはすぐに決定が下せるのに、他人に関してはそれが上手くできないのが苦しかった。悶々と悩み続ける。どうすれば、私は父の名を冠したグランプリの裏で動き続ける何かに接触できるのだろうか。
「明後日、正装で行く。」
唐突にリュカが宣言した。イズモとの連絡手段で頭がいっぱいだった私はそれに生返事をしてから、何か重要なことを言われたのではないかということに後から気付いた。
「…え、ごめんなに?」
「返事したのに聞いてなかったの?せ、い、そ、う!あのジャケット着て来てよ!?わかった!?」
急に彼女の語気が荒くなった。なんだかいつもの彼女に戻ったようで、少しだけとぼけたくなった。
「Yes, sir.」
オフィシャルでの共通言語で答えてやると、鼻で笑われるのが聞こえた。
「うっわ似合わな…」
「悪かったな育ちが悪くて」
いつもの言葉の応酬だ。素早いテンポで軽く交わされる言葉が心地よい。リエラのあの湿っぽい言葉とは違う。スサミの乾ききった砂のような言葉とも違う。彼女の言葉は、触れたら指先を引っ込めたくなるほどに燃え滾って生きている。
「そこまで言ってないんだけど。アンタにはドルーズドの言葉以外合ってないって意味。」
なんとなく、彼女が私に信頼を置いているということが、その一言から感じ取れた。私には、私が輝くための場所がある。それが偶然、私にとっては、ドルーズドだったというだけの話だ。彼女が輝いていたのはオフィシャルだったけれど、それも過去の話だ。彼女は、私の主運転手なのだから、ドルーズドで輝いてもらわなくては。
口の端に笑みを浮かべながら告げる。鏡を見れば、悪い笑みが浮かんでいるに違いない。
「じゃあリュカももうオフィシャルの言葉、似合わないね。もうドルーズドのレーサーなんだから。」
「はっ、何言ってんの?あったりまえじゃん。」
きっと、彼女も同じ表情をしているはずだ。
「ウチは、スズメバチの女王蜂。まじで不名誉だけど、ゴシップ曰く『枕営業担当』。そんでアンタの主運転手なんだから。」
これは、鬨の声だ。女王がお呼びだ。応えないわけにはいかない。
「スズメバチの片割れ、『下剋上担当』の副運転手として、リュカはもう私の主運転手以外のどこにも行かせないから。」
少しだけ間が開いて、互いに噴き出した。あまりにも、こんなの滑稽だ。電話をしているだけだというのに。
「ばかばかし…じゃ、ちゃんと明後日来てよね、正装で!」
「わかってるよ、ジャケットね、じゃあおやすみ。」
それだけ告げて電話を切った。




