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Drused Race  作者: 鈴生
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80. 残存

 人間は、存外、丈夫で頑丈なものだ。

 手を深く切っても、鎮痛剤を酒で流し込んでも、案外重症にはならなかった。


 ぼうっとしたままの頭で、ベッドから部屋の天井を眺める。時間はわからない。意識を失うようにして眠りについてから、今やっと目が覚めたばかりなのだ。

 ベッドの横にあるカーテンから、オレンジ色の光が零れている。部屋の中は薄暗くてあまりよくわからない。シーリングライトの輪郭がうっすらと見えていた。

 寝返りを打つ気にもならなかった。頭の奥が霞みがかったように、思考がまとまらなかった。緩慢に瞬きをして、呼吸だけをする。

 じっとしていると、自分の脈動が聞こえてくるようだった。

 外からは時折車の走る音や子供の歓声、カラスの鳴き声が聞こえてくるのに、それが情報として一切認識できなかった。分かるのはただ一つ。


 まだ、生きている。


 身体にはおざなりに毛布がかかっていた。眠るときに引っ掛けたときのまま、ほとんど位置が動いていない。服装も外出用のパンツのまま、ベルトすら外していない。

 幸いなことに、風邪を引いたような感覚はなかった。喉の痛みも、鼻の不調も、呼吸器の不完全さも感じられない。頭痛はしているが、脱水によるものだろう。鈍痛が残っているが、寒気はない。むしろベッドの中は暖かすぎるくらいだった。

 瞬きの回数が増えていく。

 身じろぎもしないままゆっくりと息を吐いて、吸い込む。羽毛のような柔らかな微睡みが波のように寄せては引いていく。

 部屋の中の観察にも飽きてきて、目を閉じる。眠りは穏やかに、緩やかに、私を包み込んで行った。



 次に眠りの世界から引き戻されたのは、パンツのポケットに放り込まれたままの端末の振動によるものだった。一定時間振動しては止まり、また振動する。太ももでそれを感じ取って、薄く目を開ける。部屋の中は真っ暗だ。明かりが無くては何も見えない。暗闇に目が慣れるまでは時間がかかるだろう。

 色々と思考をする間にも、振動は止まらない。いささか鬱陶しくなってきて、ポケットをまさぐる。固く角ばった感覚が指先に伝わる。触れたとたんに振動は収まった。

 なんとか左手で引っ張り出して、画面を点灯させる。あまりの眩しさに目を瞑る。文字も何も読めやしなかった。ほんの少しだけ目を開けて、画面に表示される通知を確認しようとする。

 そこには、おびただしいほどのリュカからの不在着信があった。

「……やば……」

 声は聞いたことがないほどにガサガサだった。聞くに堪えない。もう一度目を閉じて、右手で軽く覆う。光に目を慣らさないと、画面なんて見ていられなかった。

 頭上に掲げるようにして端末を持ち、目を細めたまま指の隙間から画面を見つめる。いつから掛け続けていたのだろう。不器用に通知画面をスクロールしていると、また端末が震え始めて、着信画面が表示された。

 右側が下になるように寝返りを打って、端末を枕の隣に置く。軽く毛布を引き上げてから、画面をスワイプする。

「やっと出た!!!アンタ何してたの!!!???どんだけ掛けても出ないし!!!」

 どのくらいの時間が経過したのか知らないが、寝起きに聞いていい音量ではない。顔を顰める。目を閉じた。

「……ごめ……」

 呟くように返すと、即座に反応があった。

「何??風邪でも引いてたの??声やばいんだけど!!」

 なんとなく事実を言うのは気が引けた。やってはいけないことをした自覚はあった。それっぽく答えることにしよう。

「……そ……」

「体調管理くらいしっかりしてよ!!運営から通告来たのに、アンタその調子じゃ知らないでしょ!?ちゃんと端末に入ってると思うんだけど、異常だから連絡したの!!電話くらい」

 そこで不自然に声が途切れて、流石に疑問に思って画面を見る。真っ暗だ。画面に触ってもボタンを押しても何の反応もない。

 ああ、充電切れだ。


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