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Drused Race  作者: 鈴生
信頼
73/100

73. 権利

「少なくとも、偽の通達をでっち上げたのはリエラではない、ということは納得しました。」

 リュカに視線を向けて、問いかける。

「オフィシャルでも一緒だと思うけど、わざと故障しかけてる機体(マシン)をそのままレースに出すように、なんて通達あり得ないでしょ?」

「あるわけないじゃん、オフィシャルのこと何だと思ってんの?」

 にべもなく返される。確認がしたかっただけなのだが、思ったよりも痛烈に切り捨てられて次の言葉が見つからない。

 取り敢えず唐揚げを食べることにした。だいぶ腹は満たされていたが残すわけにはいかない。ジンジャーエールが運ばれてきて、空になったお冷のグラスと揚げ出汁豆腐の皿が回収されていった。


 そこまで何も言いそうになかったスサミが、唐突に話しかけてきて驚く。ほんの少し頬が紅潮していた。恐らくアルコールが回ってきたのだろう。

「どうする気だ。セイカ。噂がどこまで広がってるか分からんが、場合によっては本当に換装できなくなるぞ。」

 それについてはずっと考えていた。いつもお世話になっている中古店で用が足りればいいと思っていたが、彼の言う通り噂の発信源がどこまで何をしているかなど分かったものではない。視線がテーブルの上に落ちる。木目を目でなぞって行って、節になっている部分に辿り着いた。

 そこで、リエラとの約束を思い出す。

「…リエラに、連絡を取ります。…()()でしたら、きっと私の意図を汲んでエンジンを選んでくれるでしょうから。換装については全て一任します。もとより()()()では作業できないので。」

 枝豆を一心不乱に摘まんでいたリュカが愕然とする。

「正気!??」

「もとからその約束だったんだよ、整備(メンテ)任せるってなった時にエンジンについては話してた。最初はエンジン選びも作業工程も私が主導するつもりだったけど、今の状況だとできそうにない。だから一任する。」

 そこで()()()()を思い出して、視線を遠くにやる。

「……近いうち会わなきゃいけないし……」

 真横から視線を感じたのでそちらを向くと、リュカと目が合った。どこか同情されている目付きだった。

「かわいそ」

 ただし言葉の調子は伴っていなかった。自業自得だとでも言いたいのだろうか。控えめな笑い声が聞こえてきて、スサミの方を見る。彼は非常に楽し気に笑っていた。口元を手で抑えてはいるが、笑い声は漏れ聞こえていた。彼は笑い上戸なのだろうか。

「杞憂だったな。先ほどの話し合いは必要だったが、懸念していたほどではなさそうだ、お前たちは。」

 リュカと顔を見合わせる。彼女が小首を傾げてから、スサミに向き直った。

「そう見られてるんならいいんですけど…」

 スサミの目の冷ややかさはいつの間にか消え去っていた。代わりに小さな笑い声が絶えずに聞こえてくる。

「いいな、若いというのは。」

 笑い声の狭間で、彼がしみじみと言ったのが聞こえた。


 ほのぼのしているのか酒が回っているだけなのか、スサミは妙に楽しげだった。そんなところで悪いが、彼を巻き込まなければいけない問題が、私たちにはもう一つだけ残っていた。

「ねえリュカ、グランプリで、イズモさんとスサミさんが決勝戦(ファイナル)しか出ないって話、したよね」

 わざとスサミにも聞こえる音量で話しかける。意識はスサミに向けたままだ。彼がどう反応するかを見ていたかった。

 意外なことに、彼は何の反応も示さなかった。未だに口元には笑みが残ったままだ。瞳が見えないほどに目が細められている。唐揚げを口に放り込んで梅サワーで流し込んでいたリュカが頷く。

「……なんでそれにしか出ないか、知ってる?」

 彼女は首を横に振るだけだった。

 疑いたくはなかったが、念のためもう一度確認することにした。彼女がここで嘘を吐くメリットはない。それでも、どうか、知っていて欲しいと思った。ここで()()()()を初めて聞くのは、あまりにも酷だ。

「本当に、何も、知らない?」

 眉間に皺を寄せて、怪訝そうな顔で彼女は頷いた。

 目をきつく閉じる。口にするのは躊躇われたが、()()()が目の前にいるのだ。聞かないわけにはいかない。

「…イズモさんが、運営と癒着してるって噂を聞いたの。」

 リュカの目が見開かれた。

 アンナとスミスに聞いた噂ではあったが、そのあと他のレーサーに聞いたりして情報を少しだけ集めていた。トカラ杯はイズモが主導で設立されたグランプリであること。第一回から決勝戦にしか出ていないこと。毎年決勝戦で優勝したあと、会長と親し気に話すイズモの姿が目撃されていること。

 どれもこれも、リュカには隠していたことだった。彼女が追い続けてきた父親の陰に、こんなに人間の業だけを煮詰めた黒いものが渦巻いているなんて、知られたくはなかった。それでも、ここで言わなければいけない。イズモのことも、それに関わる、トカラのことも。それは、私の口からではなく、スサミの口から聞かなければならない。

 スサミの方を見ると、先ほどまでの表情の全てが、何もかも抜け落ちていた。顔面が蒼白になっている。赤みの差していた頬も、青白くなっていた。細められていた目が、少しだけ開かれていた。

「スサミさん。ご存知ですよね。往年のバディのイズモさんのことですから。父との関連も踏まえて、教えてください。」

 私たちには、知る権利がある。

「グランプリに、王者として君臨し続けるレーサーとして、あるまじき行為です。どうしてこうなっているのか、教えてください。」

 スサミの周りだけ、時間が止まっているかのようだった。


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