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BITTER CANDY ~黒い歴史の1ページ~  作者: 梅雨ゼンセン
第四章 ―彼女の告白―
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26.全ての始まりへ

「っ!」

 目が覚めて飛び起きると、そこは見慣れた部屋だった。

 僕の住んでいるアパートだ。

 僕はスーツ姿のままベッドに寝ていたようで、時刻は朝の九時を回っていた。

「……」

 なぜ、僕はここにいるのか。

 マンションからどうやって移動したのか。

 六原さんはどうなったのか。

 門崎さんはどうなったのか。

 疑問は多々ある。

 が、今はどうでもいい。

「ッ!」

 歯を食いしばり、僕はそのままベッドを降りようとした。

 その時だった。

 何かに触れたのは。

 生温かい、何かに。

「―――――――」

 それに気づき、僕は動きを止める。

 つぅ、と。

 背筋を冷たいものが伝い落ちる。

 何かが、ある。

 僕のベッドの、中に。

「……」

 さっきまでの勢いは完全に霧散していた。

 僕は間接の錆びたロボットのようにギコチナク、ゆっくりと、視線をベッドに下ろす。



 ベッドの足元の方が、異様に膨らんでいる・・・・・・・・



 その存在を感じて、冷たい汗が滲み、喉が干上がっていく。唾を飲みこむのさえ困難なほどカラカラに。 

「……」

 僕は……意を決して布団を引きはがした。

「ひっ――――――」

 喉が引きつる。耐えられず、奇妙な悲鳴が出た。



 そこにあったのは、遠野始音の形を・・・・・・・した何かだった・・・・・・・



 女性の裸体ではあるが、門崎三葉の入っていた人形とは違い、肌には艶と張りがありかつ血色も良い。

 容姿はそのまま遠野始音だ。間違いない。僕が間違えるはずない。

 けれども、その表情が致命的だった。

 眼は見開かれ、瞳孔も開き切っている。にもかかわらず口と鼻は呼吸を口返している。


 まるで金魚のよう・・・・・

 人ではない・・・・・


 生理的嫌悪感は抑えようとしても無駄だった。悪寒が止めどなく湧いてくる。

 こんなもの。

 こんなもののために……僕は……

 彼女は……僕と始音を……

「こんな……こんな……ッ」

 怖気や怒りや悔しさが綯交ぜになった感情が胸に満ちる。

 その衝動に身を任せて、僕は玄関へ走った。窓の外からノイズのような雨音が聞こえていたが、構わない。僕はそのままドアを開け放って飛び出した。

 スマホでもう一度日時を確認する。

 麻酔弾で撃たれたのが昨日の夕方。依頼の出来事も全て夢だった、ということはさすがになさそうだ。もっとも、これも夢でなければの話だが。

 あんな電車に乗ったせいで今も夢か現かはっきりしていない。もしかしたらこうやって走っているとまたあれに戻ってしまうんじゃないか、という不安は心の片隅にある。

 しかし僕はどうしても向かわなければいけない。

 どうしても、僕はあの『古書店』に。

「はあ……はあ……」

 雨の中全力疾走し、いつも通っているアーケードまで来る。今日は平日だがお昼前ということもあり、相応の人通りはある。お昼の買い出しに来ていたのであろう人たちは、びしょ濡れで息の荒い僕を怪訝そうに見てくる。まあ僕だって彼らの立場なら、そうしていただろう。

 しかし今はそんな些細なことに構っている余裕はない。

 膝に手を突き、深く息を吐くと、僕は再び走り出し、あの路地に向かう。そして曲がった先には、

「はあ……はあ……はあ……」

 やっぱり。

 路地に入った先、どれだけ探してもあの『古書店』の看板は見当たらなかった。

「……クソ」

 なら彼女はどこなのだ。

 僕は今すぐ陀宮さんに会わなければいけない。

 会って訊かなければいけないのだ。問いたださないといけない。

「彼女の場所を、あなたは誰よりも知っとるはずやよ……」

「……」

 気が付くと目の前に、塚井さんが立っていた。路地の真ん中、彼女もずぶ濡れになっているが、それを気にしている様子はない。

「塚井さん……なんですか?」

「そう。私はあの人の『(つか)い』や」

 まるで録音された音声をしゃべる人形の様に、光のない、無機質な目で塚井さんは言葉を発する。

 その無感動な口調の影響か、僕の心が奇妙に落ち着いていくのが分かった。

 しかしそれは安らいでいくという意味ではなく、怒りが静かに研がれていくよう、または焦点が絞られていくようだ。

「もう思い出しとるんやろう?」

「……」

「本来夢を見るのは記憶の整理のため。今回は見せられる夢やったけど、眠っとったあなたはきちんとそっちの夢もみてたんやろ?」

「……」

 始音とは関係ない、雨の夢。

 それはあの電車に乗っているとき、時折ノイズの様に入り込んできていた。

 それがもう一つの夢。

 なら、あれは……

「……分かりました。塚井さん」

 そう。僕はあの場所に心当たりがある。

 おそらく、あそこだ。

 僕とあの人が初めて出会った場所。

 僕はきびすを返すと、最後に振り向いて、

「機会があったら、またコーヒーをお願いします」

 彼女は自分を遣いだと言った。なら彼女に罪はない。むしろ僕は様々なところでお世話になった。

 その瞬間、彼女は少しだけ虚を突かれて目を丸くするが、次にはにこりと笑って、

「いってらっしゃい。優真君」

 そう手を振って、消えた。

 まるで雨の音に紛れるように、フワリと虹が消えていくように。

 それを僕は見送ってから、再び走り出した。



 彼女、陀宮奈々子さんの待つ、僕たちの始まりの場所へ。




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