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【49】子供達と触れ合うようになって

2018.10.31


子供達と触れ合うようになってから、色々と気付かされることがあります。この気付きは、僕にとっては、貴重な無形の財産となることだろうと、感じております。


先ず、子供と大人で違うところがあります。


その大きな違いのひとつが、

子供には、建前があまり無いところです。


子供にも、ハニカムような部分はありますが、建前のように、取り繕うようなところや何かを隠すようなところ、ゴマかすようなところは、あまりありません。


子供達が喜ぶので、僕は、ギターを弾きながら歌を歌わせてもらっていますが、その子供達の反応を観察させて頂いておりますと、


一人ひとりの子供達の命が持っている素直さや、正直さがやはりあり、しかも、それを意識しなくても、たやすく披露してくれます。


心のキャッチボールを素直にしてくれる感触があります。


また、建前が無いぶん、自分自身が抱いている理想や欲求に向かって、直接働きかけやすい、状態にあるように感じます。


「理想や欲求に向かって直接働きかける力」


もしかしましたら、この力や在り方が、人を成長させる原動力のひとつになるのではないかと、僕は感じております。


子供はグングンと日に日に成長していきます。ある意味で、周りからの影響も受けやすい時期でもあります。


大人達の責任としては、この多感な時期に、人間として最良のなにかを提示したり、最良のなにかを感じさせてあげることが、大切になってくるのでは、ないでしょうか。


「最良のなにか」の「なにか」についてですが、これこそが、「LOW OF ONE」に基づく「愛」であると、僕は捉えております。


「世界はひとつ」「One for all , All for one」「oneness」などの愛や意識の在り方です。


逆に、こういった「愛がベース」にならなければ、他の知恵や技術や形状というものは、あまり意味を成さないように感じております。


実力があり、能力があるからといって、一人ひとり、一つひとつの命を軽んじるような、子供達には、育っていって欲しくありません。


しかも、そのような在り方は、やがて歪んだ社会や、無理のある憂鬱な社会を創り出してしまう種になってしまいます。


また、神様のお計らいによって、やがて是正が求められる機会が出来事として、訪れることになるとも、思います。


僕は「愛がベース」であれば、なんでもかんでも、よりよくなっていくことだろうと、思っておりますし、楽しい世界になるし、良い流れや、良い社会創りの一翼を担っていける逸材に、成長していくように、感じております。


そもそも、能力や実力とは、担われている役割や使命の性質の違いであって、元々、一人一人には、神様があてがわれております、聖性や神性、枯れることがない永久なる花、可憐なる花を授かっていると、僕は思っております。


教育とは、その花を感じとり、見極めて、土壌となり、大気となり、太陽となり、月となり、水となり、その花を育てていくことだと、思うのです。


しかも、教育する側も、人間ですので、

先生と生徒は、共に、育っていく関係性であると、僕は思うのです。


一方的ではなく、相互的に。

フラットに。


また、暴力を含む指導は、やはりよくありません。暴力に向かうときは、惰性に流されて、どこかで愛や知恵をあきらめているので、暴力的指導に向かって、しまうのです。


愛が本物であれば

手をださなくても、必ず

子供達には伝わると、僕は思います。


このようなことを

改めて、感じ、はじめております。



『想像 ~ユグドラシル~』


このような意識に立ったときに

私達はどうなっていくのであろうか。


目に見える神秘は美しい、しかし、

目に見えない神秘はもっと美しい。

それは目に見えない

美しさが母体となり、根源となるから。


目に見えないところ

人の目に気付かれないところで

美しく生きよう。


秘かで美しいところにおられる

愛とひとつになろう。


このような意識に立ったときに

私達はどうなっていくのであろうか。


自分自身の外側に見えるものは

実は、自分自身の内側にあるもの。

自分の心や命のフィルムで

この世界を映し出している。


自分自身にとっては

不都合な現実やストーリーが

押し寄せて、展開しているように

見えて、感じたとしても

全ては、よりよいものとなっていくために

全ては、ハッピーエンドに向かっている為に

現実が訪れ、物事が起きている。


その苦しみを乗り越えれば、知恵となり

その悲しみを乗り越えれば、慈悲となる。


今、あなたはこの世界が

どのように映りますか?


あなたやこの世界全体に

祝福があらんことを


このような意識に立ったときに

私達はどうなっていくのであろうか。


この世界は、ひとつの大きな木。

ユグドラシル。


幹となるのが

愛と生命の本質。超意識。神様。


枝葉となるのが

人々や万物に流れる命。

咲く花の色も実も違う。


たとえば、人々や命を殺したときに

自分自身を殺したことになる。


たとえば、自分自身を大切にしたときに

人々や命、神様を大切にしたことになる。


なにひとつとして無関係なものはない

そこに他人事など、ありはしない。


このような意識に立ったときに

私達はどうなっていくのであろうか。


地球上にある大気によって

この瞬間も、命を存続出来ている。


善人も悪人も問わず、この大気は、

私達の内側にも、外側にもあり続ける。


この大気の働きこそが、

神様の愛の一翼

ではないだろうか。


愛は大気のように、

気が付けばそこにあり、

気が付かなくてもそこにあり、

識別もなく、ひいきもなく、透明で、

ひたすら全ての命を育み、

ひたすら全ての命を生かし、

成り立たせるエネルギーや

パワーなのでは、ないだろうか。


このような意識に立ったときに

私達はどうなっていくのであろうか。

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