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【45】七夕の日に

【45】


2018.07.07


今日は七夕。星に願い、神様にお願いごとを、願わせて頂く日ですね。僕の個人的な思いですが、願い事が毎年、成長していくこと、変化していくことが感じられます。「願い」というなかに、その時にしか、出せない味わいや固有の役割が、あると思うのです。また、その人にしか宿らない「願い」が。ひょっとしたら、その「願い」のなかに、神様がその人に、果たしてもらいたい「願い」が、込められているのかも知れません。


自分の「願い」と神様がその人に果たしてもらいたい「願い」が一致することって、僕はあると、思います。また、それは、神様とひとつになる、ということですから、大変素晴らしいことです。


僕個人的に「願い」をするときに、大事な点としては、


「有り難く、願わせて頂く」


というニュアンスです。自分自身の「願い」なのですが、神様からこの瞬時をも御命を頂き、呼吸もさせて貰っているのですから、その大きな御恩に報いるように、願わせて、頂くことが大切なように、僕は感じるのです。自分自身は、自分自身であって、また、それだけの存在だけではなく、多くの関わりのなかに自分自身があると思います。自分自身とは、「個」であると同時に、「全」に捧げられている存在でもあります。73憶咲いているのなかの、かけがえのない一輪の花であり、その可憐な一輪の花は、全体の為にも、花粉を散らす、存在でもあります。また、一輪の花が咲くには、土壌が必要であり、大気や水や日光が必要です。人間も同じように、自分以外の「他」の力が働いて下さっていて、ようやく、花のように、咲くことが出来る存在です。


また、神様の願いのことを「本願」と仏教では言いますが、その「本願」とは、大変有り難いことに、一人も、一つも、漏れることがなく、僕達を救いとって下さるという、大慈悲であり、無光量であり、有り難い「願い」であり、誓願であり、他力です。


その神様の子である僕達人間も、親である神様の「願い」を見習った方が良いと、僕は思うのです。


一年に一度、七夕という、今日この日に、いつもよりも、少しでも良いので、大きく深く、誠意と真心がある、血の通った、胸が震えるほどの「願い」を、神様や自然や人々に願うことが出来たのなら、大変素晴らしいことだと、僕は思います。


また、自分自身の純粋精神と一致することが出来たのなら、それは素晴らしいことだと、思います。本当の本当の本当の自分自身と一致出来たのなら、それは、神様との一致であり、周囲との一致であり、全てと一致すること、一体となることであり、愛と命の、ひとつなる道だと、思います。


あらゆる対象や状況と無条件に

ひとつになることこそが、愛。


あの世である、地獄から天国、神界までの全ての御存在と、この世である、全ての人々や自然の願いが、手を結び、よりよいものと、なっていき、より輝ける世界が訪れますように。


小さな家の小さな部屋より。

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