【40】ルール
【40】
2018.05.24
様々な規則やルール、掟、法というものがこの世界にはあります。それは、僕達が、よりよく暮らしていくための必要なエチケットのようなものとして、あるような気が致します。しかし、あくまでも、これらは、対処療法のようなものであると、僕は捉えております。何故ならば、本来のルールや規則、法や礼儀とは、一人一人の心のなかにある、良心こそが担っていると、僕は、思えてならないからです。この良心が育たなかった為に、「他」との共存が出来なくなってしまったので、一時的に、法律というものが必要になってしまったのだと、思います。
最終的には、孔子が唱えた「己に欲するところに従えど矩を超えず」が理想的な人間の在り方として、在り続けると、思います。つまり、自分自身が何を思っても、何を行動しても、宇宙や自然の理からは、外れることはありませんよ、という意味合いで、あります。僕は、この言葉を、モットーに生きていこうとしている者の一人です。初めに、この言葉を知ったのは、中学校の担任の先生であり、僕が入部していた野球部の監督でもあった御縁がある先生から、この言葉を教えて頂きました。その頃から、ずっと、僕の中で、大切に育ませて頂いている言葉なのです。
鎌倉時代の僧侶である親鸞は「破戒僧」などという事を言われていたみたいですが、それは、煩瑣になり過ぎた仏教の戒律を、在家者として、また、人々と一体となり生きていくために、生きた働きかけとして、親鸞が歩んだ態度や覚悟であったと僕は、捉えております。また、一重に他力による働きかけがあったからだと、思います。それと、イエス・キリストも安息日に働かれた時に、ファリサイ派の方々から咎められましたが、このようにおっしゃられました。「天なる父は、日夜働かれている御方だから、私も働きました」と。
良心こそ、また、良心と共にある愛こそに、本当の大切な賜物や掟、ルールがあるように、僕は、思います。良心の実践こそが、心に留めるべきことであり、いかなる問題の根本を解決する、万能薬と、なることでしょう。
一人一人のなかにある良心が育まれていかれますように。それによって、さらに、世界が彩り溢れる豊かな世界へと、導かれていかれますように。全ては、僕達一人一人の胸の内に。




