【28】太陽のアガペーラブ
【28】
2018.05.07
最近人々や草木、鳥や空、太陽を見ていると、思うことがあるのです。「柔和で、可愛らしい命を大切にしたい」そのような思いが感極まるほど込み上げてくるのです。おじいさんでしたら、走馬灯のように、その人が乳児期の頃から、幼年期、少年期、青年期、壮年期、老年期という具合で、感じるのです。一人ひとりに、一つひとつの命に、即して、本当に神様が大切に大切に育んでおられることを感じる度に、涙が出そうになります。万人と万物の神、全てを創造された、全ての源であられる、唯一の父、一者の神様の愛というものを感じているからかも知れません。
昨日は「告白」について書いていましたが、神様は、まさに、いついかなる状況と事柄におきましても、常に、恒常に、その無償の愛を告白されているということに、僕は、改めて気付かされているのかも知れません。神様の愛を感じとれる感性の襞のようなものが、育まれているのでしょう。
ギリシャの言葉で現すならば、アガペーを最近、強く感じているのだと、思います。元々僕は、エロスやストルゲーやフィリアは持っているタイプだと自己認識しておりましたが(特に同胞愛であるフィリア)、「LOW OF ONE」と、22歳の頃、出逢ったときから、アガペーが覚醒しだしまして(元から超宗派の傾向がありましたが)、それから8年経ちました今でも、アガペーラブが神様の大いなる力によって、育まれていることを、強く認識するようになりました。きっと、これから先も、昇天するまで、また、昇天後も、アガペーラブは、学び続け、感得するように、ご指導されていくことかと、思います。そうそう、『火の鳥』を昨日、全巻読み終えたのですが、まさに、火の鳥の心や精神、ストーリーの展開にも、アガペーラブを強く感じられるものがあり、触発されました。やはり、手塚治虫さんは、神業だったと、改めてその才能と情熱に驚愕し、感嘆致しました。
もしも、人々が無償で平等、公平無私、善人も悪人も照らし、あまねく命に、あたたかな愛と、叡智と希望である光を運ぶ、太陽のようなアガペーラブに目覚めることが出来ましたら、本当に素晴らしいことだと、思うのです。今、地球上では、アガペーラブをもっともっと必要としているように、感じることは、エネルギー問題や核戦争の危惧があるさなか、どうやら気のせいではないようです。
一人ひとりが「LOW OF ONE」の愛である、アガペーラブに目覚めていくことで、このあらゆる問題を解決していけると、僕は思っております。問題は、いつの日も、問題として浮上してくる時点で、解決の糸口も携えている、課題やテーマでもあると、僕は捉えております。何事にも、このアガペーラブの視点から物事を進めていき、行っていけば、必ず、よりよい方向に向かい、進展していくことでしょう。最後の最後は、そこに、愛や慈しみがあるか、どうかだと、思います。この奇跡の地球を、今後も、金剛石のような意志と心、また、柔和でたおやかな翼のような愛で、守っていきたいところです。
これから産まれてくる、かけがえのない一人ひとり、一つひとつの命の為にも、アガペーラブに、現代に生きる一人でも多くの方が、目覚めていかれますように。
ひとつなる太陽の下で暮らす、地球人の青年より。




