死屍柴ヒルイの闘い 黒百合の女帝
橘の殺気の篭った声に三人の傑物がピクリと反応するよりも早く、君江が飛び出した。
アンラッキーは警戒心を強め、迎撃に備えナイフを構えた……が、向った先はアンラッキーでもヒルイでも竜胆でもなかった。
君江は音もなく絨毯を蹴ると、瞬時にササカワを間合いの中にいれ、鉤爪を振るった。三本の刃がササカワの顔に三本の線を作ると、ずるっと顔がずり落ちた。
「なっ!」
アンラッキーが予想外の行動に思わず声をあげると、君江は血飛沫を上げるササカワを一瞥することもなく駆け抜け、門脇の額に鉤爪を突き立てた。
一瞬のことだった。一瞬のこと過ぎて、ササカワも門脇も声一つあげる事無く息絶えた。
君江は鉤爪を引き抜き腕を振るい脳しょうと血を振り払った。
「弱卒など要らない。それが社長のお言葉です」
抑揚のない言葉を発すると、視線を水仙に送り、すぐに視線を外し己が主である橘に向けた。
次の指示をいただくために。
橘は満足げに笑みを返す。そして歪んだ笑みを浮かべなおし水仙をむいた。
「水仙組長は……怯えちゃないかい?」
橘は水仙から返ってくる答えを分かっていながらも、質問を投げかけた。
水仙は戸惑う様子もみせることない即答した。
「いいや」
傑物の実力を見せられても、怯えてはいなかった。
怯えとは恐怖が作り出すものであり、息子の敵を討つこと以外は考えていない彼には浮かびえない感情だった。
彼の心を埋めていた感情。それは怒り以外の何者でもなかった。
息子の愛刀を強く握り締め、息子の死の原因を作った死屍柴ヒルイと、自分の息子だけを助けた竜胆に射殺すような視線を送った。
今の彼は死など恐れない。恐れる事は敵を撃つことが出来ない事だけ。
死を恐れないものは恐怖を感じることなどなかった。
「そりゃあ良かった」
満足げに呟くと橘はゆっくりとソファから立ち上がった。
「数も減り、こっちはもう三人しか残されちゃいないようだし……私も動くとするか」
キャリーバックまで武器を持つヒルイたちに警戒する様子もなく悠然徒歩を勧めると、中から己の獲物を取り出した。
「さて……私自らヒルイさんに引導を渡してやろうかね」
橘が取り出した獲物。それは黒の革のグローブと、刀身が黒色の刃渡り二十センチほどグリップまで黒色のナイフだった。
「ハンティングナイフか……」
ナイフの刀身を見つめアンラッキーが呟いた。
「化け物を狩るにはピッタリの武器だろ?」
ハンティングナイフは獣の解体を行うために作られたナイフだ。獣の皮を剥ぐ鋭さと、骨を絶つ破壊力を加味した武器だ。
橘は両手にグローブをはめ込むと、ハンティングナイフのグリップを強く握りこんだ。
すると、橘から発せられる雰囲気が変わった。
十大組織序列一位の長であった、絶対的な支配者から、死屍柴ヒルイに比類すると言われる、裏世界でも最上位に位置する黒百合の暗殺者へと。
「待たせたようだね。さあ、始めようか……いいや、終らせてやろうか……この腐りきった世界を」




