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【書籍化】破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった  作者: むらくも航@6シリーズ商業化


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第8話 社畜使者

 「ふう……」


 とある大部屋で、アスラは息をついた。


 学園が始まって、およそ二週間。

 アスラには疲れが溜まっているようだ。


(なぜこうなった?)


 夢に見た学園生活。

 そこでは昼寝して、授業は最低限で流し、のんびり過ごせると思っていた。

 そのために、先回りして最強の三役職を手に入れたのだ。


 だが、現実は違った。

 主に二人の執着によって。


(リーゼルにセレス……面倒が確実に増えている!)

 

 リーゼルは放課後の度に誘ってくる。

 セレスは目が合う度に勝負を仕掛けてくる。

 どちらも悪い子ではないが、怠惰な日常からは遠ざかっていた。


(ポケ〇ンバトルじゃないんだからさあ……)


 そんな内心が態度に出ていたのだろう。

 すると、すぐそばに控えていた少女が、心配そうに口を開いた。


「大丈夫ですか、賢者様」

「ん? おう──ではなく。うむ、心配はいらない」


 アスラは慌てて口調を切り替える。

 今のアスラは学園の怠け者ではなく、“賢者”なのだから。


 ここは賢者の間。

 分厚いじゅうたんが敷かれた大部屋で、変装をしたアスラはいかにも偉い人が座る椅子に腰かけている。

 絶賛、賢者のお仕事中だ。


 もっとも、今日の仕事内容は「待機」。

 緊急時以外はぼーっとするだけ。

 ここで唯一の雑談相手である少女は、アスラの返事にほっとする。


「それはよかったです」


 少女の名は──コノメ。

 小さめの体に、銀色のショート。

 背筋がぴんと伸び、落ち着いて見える一方で、せっかく可愛い顔にはうっすら疲れが浮かぶ。


 コノメは、先代から賢者に仕える“使者”だ。

 しかし、その業態はブラックである。


「賢者様のお仕事は大変でしょうから」

「……いやいや」


 アスラは仮面の下からじっと視線を返した。 


「君の方がよほど大変そうじゃ? 先月はちゃんと休めた?」

「はい。今代様のおかげで、先月の残業はたったの(・・・・)200時間で済みました」

「お願いだからもっと休んでぇ!」


 思わずアスラの素が出る。

 しかし、コノメはきょとんとして首をかしげる。


「先月は一回、お休みもいただていますよ? わたくしにとっては天国のような職場です」

「それじゃ“社畜使者”だよ……」


 使者の仕事は多岐(たき)にわたる。

 各所の報告整理、国の魔法研究の管理に、国民の緊急呼び出しなど。

 ほぼお国の“雑用係”として機能させられている。


 ちなみに、これでもかなり減った方だ。


(俺も片付けたり他に回してるはずなんだけど、まだそんなにあるのか。先代までどんだけブラックだったんだよ……)


 アスラは細い目を浮かべる。

 また他に掛け合おうと静かに決意すると、話題を変えた。


「で、学園の方はどう?」


 そんな社畜使者のコノメは、アスラと同じ学園の一年生だ。

 ただし原作では学園に登場しない(・・・)。

 賢者の使者を専業にしており、青春とは無縁の立場だった。


 しかし、この世界では──。


「俺勧(すす)めた理由は分かった?」


 アスラが進学するように進言したのだ。


 理由はいくつかある。

 一つは休息を与えるため。

 アスラはコノメの進学を口実に、仕事を減らすよう手回しした。


 もう一つは、この年の子は学校に行くべきと思ってのこと。

 しかし、コノメは少し視線を下げる。


「……いえ、まだ学園には意味を見出せておりません」

「え?」

「賢者様は信頼しております。わたくしの事を思ってのご進言だと、理解もしているつもりです。それでも──」


 コノメは静かに膝をついた。


「やはり、わたくしの使命は賢者様をお支えすること。我が一族が代々してきたことです。学園にいる間、賢者様のお傍を離れるのはどうしても……」

「……」


 その小さくも健気(けなげ)な姿勢に、アスラは口を閉ざす。


(うーん、難しいねえ)


 コノメの家系は、代々賢者に仕えてきた一族だ。

 それ自体は立派なことだが、アスラにはその生き方が健全に思えなかった。


(だってそれって、最初から生き方を決められてるようなもんじゃん)


 “縛られて生きる”。

 アスラが嫌う事の一つだ。

 だが、厄介なことに、コノメ自身は現状を幸せだと信じている。


「賢者様にお仕えする。それが、わたくしの至上の喜びなのです」

「……そっか」


 悲しくも、アスラはますます確信した。


(生まれた時から、そう教え込まれてきたんだろうな)


 誰かに命じられた生き方を、本人が心から望むものだと思い込んでしまっている。

 そういう匂いが、コノメからはずっとしていた。


 だからこそ、アスラはコノメへ入学を勧めた。

 賢者に仕えること以外の楽しさや幸せ、普通の時間を知ってほしかったから。

 これが学園へ行かせた一番の理由だ。


 しかし、すぐに説得は難しそうなので、また少し話題を変えてみる。


「ちなみにだけど、学園への不満とかはないの?」

「不満ですか……あ。いえ、ありません」

「今の“あ”はあるね。言ってみなさい。先生、誰にも言わないから」

「さすが見抜かれてしまいますね。では」


 コホンと一息つくと、コノメは不満を話し始める。


「学園に一人、許しがたい者がおります」

「ほう」

「仕事とは関係がないため、わざわざ接触はしていないのですが」

「……その人の名前は?」


 少ーし嫌な予感がしながらも尋ねる。

 すると案の定、“彼”の名前が挙がった。


「アスラ・ヴァルティオという者です」

「……っ!!」


(うそーーーん!)


 アスラは仮面の下でショックを受けた。


「どうされましたか。名前に聞き覚えが?」

「い、いや全く! ところで、なぜその者が嫌いなんだ?」

「……あの者には規範がありません」


 そう言うと、コノメは一気に愚痴を吐き出した。


「平然と授業をサボり、振る舞いに品位もなく、学生らしからぬ態度で、ペラペラペラペラ……」

「ぐふぅっ!」


 コノメの愚痴は加速していく。

 その一つ一つが、アスラにはボディブローのように突き刺さった。


「あの、大丈夫ですか。やはりお疲れが」

「いえ、お気になさらず……」


(この子から言われる悪口きちー)


 それも大体正論だ。

 知らない誰かの陰口ならまだしも、コノメのような真っ直ぐな子からの指摘は普通に効いた。

 やがて言い切ったのか、コノメはすっと姿勢を正す。


「とにかく、そういう男なのです。偉大な賢者様からすれば、想像もつかないでしょうけれど」

「ソ、ソウダネー……」


 思わぬパンチを食らったアスラだが、考えは一貫していた。


(このまま、ただ学園に置いただけじゃコノメは変われない。仕えること以外の幸せも知ってほしい)


 そんな考えの元、アスラは命じる。


「では、君に任を与える」

「……! は、はい!」


 コノメはぱっと顔を晴らした。

 賢者から直々に任を授かることは、彼女にとって大変な名誉だ。

 だが、アスラから出たのは──。


「君には一週間の休暇を与える。今週は学園に集中しなさい」

「……え?」

「その間、“使者の仕事は忘れること”。いいね?」

「お、お待ちください!」


 コノメは思わず一歩前へ出る。

 期待していたものとは違ったようだ。

 賢者へ逆らうなどあってはならないと分かっていながら、コノメは聞かずにはいられなかった。


「それは、わたくしが頼りないからでしょうか! 足りない部分があれば、なんなりとご指摘ください! 必ず改めます!」

「違う。君のことを思ってだ。わかった?」

「…………はい」


 コノメは肩を落としながらも、賢者の命に従う。

 彼女は一礼し、賢者の間を後にした。


◆


 翌朝、学園にて。


(──とは言ったものの)


 いつものようにギリギリ登校したアスラは、教室へ入った瞬間に足を止めた。


 教室の隅、ぽつんとした席。

 銀髪に見え隠れするコノメの横顔が、沈んでいたのだ。


「…………」


 姿勢は正しく、表情も崩れていない。

 だが、付き合いのあるアスラには分かる。

 あれは落ち込んでいる顔だ。


(さすがにかわいそうだったか? いや、判断は間違ってないはず)


 一瞬考えを改めようとも思ったが、アスラはすぐに首を振る。

 これもコノメを思ってのことだ。

 心を鬼にして任は解除しない。


(とはいえ、何もしてあげないのも違うか。俺が命じたわけだし)


 すると、アスラは自然にコノメに近づく。

 あくまで他人のフリをして。


「あの、どうかされましたか?」

「……ん」


 声がかかると、ゆっくりとコノメがこちらを向く。

 しかし、それがアスラだと分かった瞬間。


「あなたでしたか。今すぐ消えてください」

「──え」

「消えないならわたくしが去ります。では」

「あ、ちょ」


 コノメはすっと席を立ち、スタスタと教室の外へ出て行く。

 一瞬も話す隙を与えてくれなかった。

 彼女の背中を見ながら、アスラは息をつく。


(し、辛辣(しんらつ)ぅ……)


 賢者には忠誠を尽くす一方で、アスラは嫌う。

 かといって、このまま放置してもコノメは変われない。


(これは苦労しそうだ……)


 そうは思いながらも、アスラはコノメを救いたいと動き始めた。

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