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【書籍化】破滅フラグの悪役貴族、主人公ルートを先回りしたらヒロイン達が激しく執着してくるようになった  作者: むらくも航@6シリーズ商業化


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第9話 まさかのペア

「では各ペア、探索を開始してください」


 昼前の学園敷地内に、教師の声が行き渡る。

 号令と同時に、生徒たちは一斉に動き出した。


 ──ひと組を除いて。


「なぜですか……」


 青ざめた顔でつぶやいたのは、コノメ。

 その隣にはアスラが立っている。


「くじ引きじゃ仕方ないだろ」

「……」


 朝、コノメはアスラに辛辣(しんらつ)な対応を見せた。

 彼とは関わらないつもりが、よりによって授業でペアになってしまったのだ。


 授業内容は単純。

 学園の庭に点在する素材を集め、簡単なアイテムへ加工して提出する。

 薬草からポーションを作ったり、木材を削って簡易武器を作ったりすれば良い。


 来週の“大型演習”に向けた、探索の基礎訓練らしい。


「必修授業だしな」

「…………」


 拒否すれば留年のため、やらない選択肢は無い。

 コノメは一息つくと、すぐに顔を引き締めた。


「仕方ありませんね」

「お。やっと協力する気に──」

「わたくし一人で終わらせますので、あなたはそこにいてください」

「って、おーい!」


 冷たく言い切ると、コノメはスタスタと歩き出した。

 課題が記された紙も彼女が持っているため、アスラは後を追うしかない。

 だが、コノメの迷いのない足取りに、アスラは尋ねる。


「待て待て。場所が分かって歩いてるのか?」

「はい。学園の隅々まで、どこに何があるかは把握済みですので」

「ひえっ」


 さすがは賢者の使者だ。

 普段からの癖で、地理や素材配置は頭に入っているらしい。

 昼寝スポットくらいしか把握していないアスラとは雲泥(うんでい)の差だった。


 そんな調子で、コノメは薬草に樹液など、次々に素材を回収していく。

 アスラはその背中を見ながら思った。


(使者として働く時はこんな感じなのか……)


 今のコノメは、“社畜モード”。

 無機質な目には何の感情も持たず、機械的に体を動かしている。

 淡々と最短ルートを進み、仕事を遂行するのみだ。


(賢者の時はもうちょい柔らかいんだけど)


 だが、賢者と接する時のコノメは愛(あい)嬌(きょう)があった。

 尊敬する相手の前だからか、声色も和(やわ)らぎ、しっかり表情も出る。

 その時のコノメは年相応に可愛らしい。

 

 それだけに、今の無機質さが余計に際立って見えた。


(学園でもあの姿を表に出せば、もっと楽しいだろうに)


 と、そんなことを考えている内に。


「回収完了しました」

「……マジかよ」


 授業開始から十五分程度。

 結局、一瞬も迷うことなく、コノメは素材を回収し終えた。

 どう考えても全ペア中で最速だ。


 残るは加工して、提出用に整えるだけ。

 しかし、コノメは一人で作業に取り掛かった。


「では、引き続き手出しはしないでください」

「ここでも除(の)け者……」

「あなたの手が入れば作業が遅れますから」


 コノメはその場に正座し、薬草をすり潰して液体を混ぜ、木片を一定サイズに揃(そろ)えていく。

 すべての作業が流れるように速い。


「最速最短、必要最低限で一定の価値を出す。これがわたくしのやり方です」

「タイパにコスパ……これが社畜なのか」

「“しゃちく”?」

「あ、いや、働き者だなって」

「……そうですか」


 言葉を交わす間も、コノメの手は一切止まらない。

 アスラはそんな彼女を見ながら、ふと聞いてみる。


「普段から、寄り道とかしないの?」

「寄り道とは」

「帰る途中でちょっと違う道を通ってみたり、新しい店でもないかなって遠回りしたりさ。普段と違うことするのって、けっこう楽しいぜ!」

「楽しい……」


 対して、コノメは一息ついて返した。


「その感情に意味はあるのですか?」

「え?」

「そんなことをする時間があるなら、一秒でも早く体を休め、一秒でも早く動く。それが正しき姿でしょう」

「……おぉう」


 冷たい返答だった。

 授業を通してのコノメを見ると、アスラには彼女の背景が透けて見える。


(普段のコノメは想像以上だな……)


 コノメにとって、生きることは働くこと。

 幼少から叩き込まれた価値観により、彼女は動いていなければ落ち着かない。

 そんな感情は歪(ゆが)み、今では“役目を果たしていない自分には価値がない”とすら思ってしまっている。


(その価値観で生きるのも大変な気がする)


 コノメの価値観は、想像よりずっと深く凝(こ)り固まっていた。

 不幸中の幸いか、アスラという人格で接したからこそ見えた姿だ。


 これは何とか突破口を見つけてあげたい。

 そう思いながら、アスラはすっと手を伸ばす。


「なあ、このポーション借りていいか?」


 手に取ったのは、すでに完成された小瓶。

 コノメはじろりと冷たい視線を向ける。


「何をする気ですか。それはすでに提出できる品質ですが」

「ちょっといじるだけ」

「三秒までなら」

「みじけー。ま、そんだけあれば十分」

「!」


 アスラは指先に淡い光を灯した。

 それにはコノメの目がわずかに鋭くなる。


(この魔力制御……)


 賢者の使者であるコノメは、魔法に精通している。

 ほんの一瞬見ただけでも、アスラにそれなりの技量があるのは分かった。

 その直後、ポーションの色が緑からオレンジへと変わる。


「こんなのどうだ? ポーション美味しくしてみた!」

「は?」


 コノメは無機質な目のまま、アスラを見る。


「くだらないですね。回復薬にそんなもの求めてどうするのですか」

「でもさー、傷ついた時にさらに苦いもの飲まされるのって嫌じゃない? 特に子どもとかさ」

「それは……」

「まあまあ、とりあえず味見してみてよ」

「この、勝手に──!」


 促されるまま、コノメは小瓶に口を付けた。


(……美味しい?)


 今まで経験したことのない味だった。

 薬らしい苦味は消え、爽やかで柔らかい甘さが残る。

 固まっているコノメを見ながら、アスラはうなずく。


(前世で言うなら、オレンジジュースみたいな感じかな。この世界には無いからなあ)


 そんなことを考えつつ、コノメの反応をうかがう。


「どう? これでもくだらない?」

「……はい。考えは変わりません。そもそも飲食の本質は栄養補給です」

「うーむ」


 あくまで理屈は崩れないらしい。


(そういや、まともな食事してるの見たことないな……)


 美味しさより栄養、味わうより効率。

 常に働くコノメは、摂取する物にも思考が反映されていた。

 すると、アスラはゴソゴソとかばんを漁(あさ)る。


「じゃ、せめて一緒にお昼しない?」


 軽食を取り出したのだ。

 授業は長丁場が想定されており、生徒にはパンが支給されている。

 しかし、コノメは首を縦に振らない。


「結構です。もう作業が終わりますので、提出して一人で食べます」

「そう? せっかく小物も用意したんだけど」


 次にアスラが取り出したのは、小さなガラス瓶(びん)。


「じゃーん! いちごジャム!」

「……?」

「これをパンに塗(ぬ)ると美味いんだよ。ほれ、こんな風に」


 アスラはパンを半分に割り、スプーンで赤いジャムをたっぷり塗った。

 ふわっと甘い匂いが広がると、アスラは片方を頬(ほお)張(ば)る。


「うめー! ほら、せっかくだからあげるよ」

「……こんなものをもらっても」

「まあ、いいからいいから」


 幸せそうな声を出してから、アスラは残り半分を差し出す。

 コノメに強引に手渡しつつ、これに至る経緯を話し始めた。


「味を再現──じゃなくて、発明する魔法にハマった時期があってさ。最近ようやく形になったんだ」

「随分とくだらない所に力を注ぎましたね」

「そんなことはないよ。人にとって食は力だ」

「!」


 その言葉に、コノメの脳裏にぼんやりと記憶が過(よぎ)る。

 使者の多くの仕事は使いっ走りだが、たまに感謝をしてくれる者もいたのだ。


『いつもありがとうな』

『この野菜もらってくれ!』

『料理したら美味しいわよ』


 ただし、効率厨(ちゅう)のコノメは一度も持ち帰ったことがない。

 自分には不必要と、施設や子どもたちに寄付していた。


(あの者たちも、わたくしを労(ねぎら)おうと?)


 初めてそんな風に考える。

 そう思うと、胸の奥に小さな温かさが灯るような気がした。


 ちなみに、隣ではアスラがまだ語り続けている。


「想定してる果物が入手しづらくてさー、そこでこう補って……」

「なるほど」

「お、興味出た?」

「いえ。職業柄、理解はできただけです」


 そんな中、コノメは時計を見てハッとした。


(って、もうこんな時間! わたくしは何を楽しんで(・・・・)──いや、楽しんでなど!)


 我に返って慌てて立ち上がる。

 脳内スケジュールから、すでに三分以上超過していたのだ。


「では、わたくしはこれで」

「結局食べないんかーい! まあいいや、使っちゃったポーションは作り直しとくよ」

「はい、そうしてもらわないと困ります」


 きっぱり言うと、コノメは背を向けた。

 そのまま一人で、課題の提出先へとさっさと歩いていく。

 だが、手元のそれが気になって仕方ない。


「…………」


 アスラはジャムとやらのために、わざわざ魔法を開発したらしい。

 他に使い所はない、無駄な魔法だ。

 そうは思いながらも、コノメはパンをはむっと小さく口にする。


「……甘い」


 その表情には、少し色が灯っていた。


 それから、提出先に着いたコノメ。

 保健担当の教師から一つ指摘をもらう。


「あら、口の横に何か付いてますよ」

「……っ!」

「傷でも負いましたか?」

「こ、これは……」


 赤色の見たことない物だったため、教師は血と勘違いしたのだろう。

 だが、コノメは口元を拭くと恥ずかしそうにつぶやく。


「なんでも、ないです……っ」

 

 その手元にはジャムのパンは持っていなかった。

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