第36話 本物の三役職
「見せてやるよ」
アスラはケインへ剣を向けた。
その手に持つのは、剣聖専用の神器──【天聖剣】。
また、背後には賢者専用の【天聖杖】が浮かび、腰には武神専用の【天聖帯】が巻かれている。
「本物の三役職の力を」
“三種の神器”だ。
役職の象徴をその身に携え、アスラはケインを真正面から見据える。
その存在感は、今までの比ではない。
対するケインは、目を泳がせていた。
「こ、この……!」
真っすぐ向き合っては、本能が理解してしまうからだ。
“これには勝てるはずがない”と。
その正気に心が引っ張られないよう、ケインは魔力を放出する。
「俺を憐れむなァ!!」
再び【四大天使】を具現化させたのだ。
だが、先程までとは違う。
刺客側から吸い取った魔力を加え、数十倍の威力に膨れ上がっている。
その特大の魔法と共に、ケインはアスラへ迫った。
しかし──。
「どうした? 動きが単調すぎるぞ」
「……ッ!」
アスラが張った結界の先は、一ミリ足りとも進めない。
元々規格外だった魔法の威力が、【天聖杖】でさらに上乗せされているのだ。
すると、今度はアスラから前に出る。
「俺の番だな」
「チィッ!」
ケインは魔法での防御は間に合わない。
ならばと、刺客たちから搾り上げた闘気を急速に練り上げる。
闘気で固めた身体で耐えるつもりだ。
だが、やはりアスラは一歩上をいく。
「【闘魔融合】」
「!?」
ケインへ迫る中で、闘気と魔力を重ね合わせたのだ。
その、本来は決して混ざり合わない二つの力を。
両方の性質を持った拳は、全てを打ち砕く。
「はッ!」
「ごはぁっ……!」
アスラの拳がケインをぶっとばす。
闘気で身体を固めようと関係ない。
その強固な防御を、さらなるパワーで上回った。
ケインは勢いを止められず、そのまま遠くまで飛ばされる。
「ぐっ!」
しばらく飛ばされた先で、なんとか体を制御した。
たが、ダメージは大きい。
ケインは腹を抑えながら、前方に視線を戻す。
「──いない?」
しかし、アスラの姿が見えない。
どこに行ったかと気配を探る時には、背後に迫られていた。
「こっちだ」
「……っ!」
アスラはケインをぶっとばした後、それ以上の速度で接近していた。
手に持つ【天聖剣】からは、剣聖の業が飛び出す。
ケインがとっさに構えた、剣の上から。
「【剣聖の太刀】」
「ぐああぁっ……!」
目にも留まらぬ速さの剣技だ。
スパパパっという真空波の音は、剣の振りに遅れてやってくる。
ダメージを負いながら、ケインは死ぬ物狂いで距離を取った。
「ハァ、ハァ……ッ!」
ケインの表情が歪む。
ケインは刺客に仕込んだ魔法を起動させた。
彼らの魔力も闘気も、前代剣聖と前代武神の幻影の残滓までも吸い上げた。
陣営の“総力”を我が物としたはずだった。
なのに、目の前の一人に勝てない。
それも、圧倒的に。
(バ、バカな……)
数年前から用意してきた襲撃だった。
己が積み上げた全てをかけたはずだった。
それが、アスラの前では“いたずら”に等しい。
「う、うあああああああっ!」
正気を失ったケインは、やけくそにアスラへ突っ込む。
もはや賢者らしい理知も無い。
吸い上げた力をただ放出し、乱雑に攻撃しているだけだ。
──そんなものでは、アスラに届かない。
「潮時だな」
「……っ!!」
アスラは魔方陣で、ケインを縛り上げる。
今の彼を捕まえることなど、造作もない。
対して、ケインは呼吸が荒くなっていく。
「ハッ、ハッ、ハッ……!」
アスラには何も通用しなかった。
全ての行動に対して、その“上位互換”で回答をされた。
(これが、アスラ・ヴァルティオ……)
何をしても勝てる未来が見えない。
少なからず天才ともてはやされた自分が、こうも一方的に押し返される。
ケインにとって初めての経験だった。
(本物の三役職の、力か……)
魔法同士の戦闘では、まだ戦えていると思っていた。
極めた属性の差を考えれば、十分に善戦していると。
しかし、それすら思い上がりだった。
アスラが浮かばせた、巨大な魔法を見上げれば。
「【三役職の全天】」
アスラは再び奥義を展開したのだ。
綿密に準備した先程よりは小規模だが、辺りは結界に覆われている。
ケインを倒すだけなら、十分すぎる規模だ。
この魔法の発動が物語っている。
ケインとの攻防など、お遊びに過ぎなかったと。
(最後まで、こいつの魔力回復量を上回ることができなかったのか……)
魔法同士の戦闘から、アスラは依然として魔力の自動回復を続けていた。
結局、ケインが刺客の総力を挙げて戦った力は、それ以下だったのだ。
あまりにも単純で、あまりにも残酷な答えだった。
すると、アスラはふと思い出したように口を開く。
「おっと。その前にこいつを付けないとな」
「……?」
取り出したのは、三つの仮面。
剣聖、賢者、武神。
それぞれの任務時に付ける、変装用の仮面だ。
さらに、アスラは宙で反復横跳びを始める。
「【剣聖ステップ】」
「!?」
高速移動だ。
残像が重なり、三人の役職が同時に滞在しているように見える。
ケインは呆然としていた。
「この期に及んで何を……?」
「え、なにって」
対するアスラは、王都側を指した。
「誰か見てるかもしれないじゃん」
二人は戦いの最中、王都の上空付近まで上っていた。
まだ距離があるとはいえ、この位置なら正体を視認されるかもしれない。
この期に及んで、アスラは正体を隠したのだ。
心が折れていたケインも、思わず怒りが湧き上がる。
「貴様は、まだ正体だの平穏だのと言ってるのか!?」
「ああ、そうだ」
それでもアスラは即答した。
「お前はその程度だったってことだよ」
「!?」
「お前ごときが、俺の平穏を乱せると思うなよ」
「……っ!!」
その一言は、ケインに深く突き刺さる。
全てを賭した行動が、アスラの平穏すら奪えなかったのだから。
しかも、その事実を突きつけるよう、王都からは微かに声が届いている。
「剣聖様ーっ!」
「賢者様、今です!」
「武神様、決めてください!」
王都の人々の声だ。
彼らは恐怖の只中にいながら、空を見上げている。
そこに、三役職という希望が見えるから。
ケインの肩が、全てを諦めたようにだらんと落ちる。
「……は、ははっ」
何も出来なかった。
何一つ奪えなかった。
それどころか、アスラの地位を押し上げる結果にしかならなかった。
今回の件で、自ら証明してしまったのだ。
アスラが“最も役職としてふさわしい”と。
すると、アスラは静かに手を振り下ろす。
「夢を見るのは終わりだ。ケイン」
【三役職の全天】により、再び空に結界が張られている。
だが、各地点を制圧した時とは少し違う。
今は、全ての結界がケインの方向だけを向いている。
──確実にとどめを刺すために。
「【三役職・全天の罰】」
空から、魔法を帯びた巨大な剣と、巨大な拳が降り注ぐ。
一直線にケインに向かって。
ズオオオオオと響いた轟音は、勝利を告げるフィナーレだ。
「──終わりだな」
結界が消え、空からは光が差し込む。
それを見上げながら、アスラはつぶやいた。
「任務完了」
いつも通り、役職の任を果たした時のように。




